〈ゴースト・セクサロイド〉 - 2P レギオン
今、写真部で悪態をついている男は同級生の鷹木彰人だ。ぼくと彰人、そして美術部の猛尾和長は幼馴染みの関係にあり、常に三人でつるんでいる仲だった。彰人はおおよそ褒めるべき点のない悪友であり、ぼくの人生において気が付けば常にそこにあるかと思えば、目の届かないところで問題事を散らかしていることから陰毛の擬人化とも云える存在である。
ぼくがネットで〈アンブレイカブル〉と呼ばれる自分を見て悦に浸っているころ、その彰人が早川県警の収容施設でひもじい思いをしていたのだからもうたまらない。ぼくが成人していればさぞ旨い酒が飲めただろう――なんて楽観的な思いを抱けるほど、ぼくは無責任な男ではない。
「おい、なに俯いてンだよ。大丈夫か?」
ぼくは右手を立てて「ごめん」と一言謝った。それにしても――。
「誤認逮捕か」
ぼくが多々良田さんと話していあの日聞いたサイレンは、こいつをしょっ引くためにマムが手配したものだった。そうとは知らず、ぼくは〈好う候〉の集会に出るための準備をしていたわけだけれど、あのときは気にせず家に帰って正解だった。友人の捕まるところは見たくない。
「いや、少なくとも誤認じゃねえよ。オレは社会的に見てなんらかの罪を犯した。大型情報集合体の定めた、なんかの法律を違反したンだ。少なくともあの日、どっかのタイミングでな。けど伊ヶ出市のマムが――〈プラウダー〉がそれを明かさなかった。人間側の刑事法でオレを裁こうとしても、理由も証拠もないんじゃあ無理だろう。なんでこンな曖昧な世の中になってるのかねえ」
さすが親が警察官をやってるだけあって、なにかと詳しそうな口ぶりだ。
「それにしてもおめえ、オレが報道されたのに気づかなかったンかよ」
「だから悪かったって。あの日の夜はパフォーマー化の作業で忙しかったし、昼は昼で用事があったから。サイレンの音は聞こえてたけど」
「おめえはイイよなあ。〈アンブレイカブル〉……カッコイイぜ。オレは数年ぶりにテレビに出たってのに、犯罪者だもンな。はは……」
スターバックスでの惨劇はその日のうちにメディアに流れた。あのあと、ぼくらも駆けつけた警察官に事情を説明した。唯一の生存者であるぼくのパフォーマーの証言と、店内に設置されていたデバイスの記録映像。そして死んだパフォーマーの持ち主たちの証言。眞甲斐さんの指示で〈好う候〉の集会ということは伏せ、伊ヶ出大学の映画サークル部員たちの交流会ということになった。〈好う候〉のパフォーマーも死んでいたため、警察は持ち主の証言だけを信じた。ぼくのパフォーマーも、そのことについてはなにも話さなかった。
恐らくマムには、あの日ぼくらがやろうとしたことは知られていただろう。それでも警告がなかったのは、やはり安藤さんの立てたプランが現実にならなかったかもしれない。ぼくと分身は〈煤木理論〉による犯行だということを警察官には話さなかったし、あの場でぼくらがしていた会話は混乱に飲まれてだれにも知られることはなかった。唯一、聞いていた者がいるとすれば、それはぼくの傍にいた安藤さんだけだろう。
ネットのニュースによてば、マムはその件に関して「処理中」とだけ応えた。大型情報集合体のメンテナンスとカウンセリングを任されている特務技術者、そしてネール・デバイスの開発者でもあるマナミ・ウタミヤのコメントによれば、近々対策を公表する予定であるという。分身を殺された者の何人かは伊ヶ出市の総合病院に担ぎ込まれた。これから彼らは、再生成したパフォーマーと共にゆっくりと心的外傷を克服していくのだろう。
犯人はだれでなにが目的なのか。次の犯行があるのか。
その方法はなんだったのか。みんながそれに夢中になっていたせいか、彰人の逮捕のニュースはそれほど注目はされなかった。そしてそれが間違いだったことに関しては、マムはなんの発表もしなかった。支配者のそんなところに、ぼくは少しだけ腹が立つ。
「オレぁなんで捕まったんだろうねえ。まァもういいけどよう」
脳内に浮かぶ捜査線上には二つの道がある。ひとつは彰人が逮捕された理由を調べるための思考回路。もうひとつは、スターバックスで自殺したパフォーマーの謎を追うための思考回路。
マルチタスクが苦手なぼくはどちらに行くか決めなくてはならない。それでも、選択はすでにしていた。あの日、ぼくと話していた多々良田さんの本当の目的が知りたかったからだ。
「彰人。そのスチレンボードが見たい」
ぼくはこの悪友がなぜ云われのない罪を被ることになったのか。まずはそれを突き止める。そのうえでもし、多々良田さんにその責任があるとすれば、それは部室を貸したぼくの責任でもあるということだ。警察官の親を持つ彰人が、その一日を留置所で過ごした。
ぼくらは写真部に置かれていた、そのボードが入っていたらしき段ボールを開く。
すべて中身は空っぽだったが、たしかに何かが入っていたらしい。封が切られた形跡がある。
「あ、そうだ」
思い出したように彰人は云った。
「あれもあった。なンだっけ……なんたら部の看板」
「看板……。もしかして改奇倶楽部、か?」
「あァ。そだそだ。たぶんそれ。スチレンボードで作ッた看板が確かにあったレトロな文体でなァ」
「いや看板は木製だったはずだ。登山部のキャンプファイアで使われた」
あの日、多々良田さんにそう聞いていたが、今のところもっとも疑うべき人物の云った言葉を信用しているわけにはいかないのかもしれない。
それから、ほかの段ボールを開けて似たようなものがないか探した。けれど出て来たのは心霊写真だの、〈口裂け女〉に関する資料だの、岐阜で開かれている妖怪トーナメントの話が記録された外部メディアだの、正気を疑いたくなるオカルトマニアのコレクションだけだった。それがかつて〈改奇倶楽部〉の遺した備品。というより遺産だった。けれど、写真部の、もといその〈改奇倶楽部〉の部誌だけは見つからなかった。
そして最後の段ボールを開けると、そこに眠っていたのはでかくて旧い端末。何十年も前に使われていたらしいパーソナル・コンピューターだった。ぼくは舌打ちをして「厭になるな」と呟いた。
「旧時代の物理検索機だ。でもおかしいな、そこまで汚くない」
「最近まで使われてたッてことだろ。それか大事に大事に保管されてたか。まァどっちにしろそれも〈改奇倶楽部〉の遺産だろう」
パソコン本体には小さく「我ら改奇倶楽部/クラスタに非ずレギオン也り」と書かれていた。集団ではなく軍団。これがかつて改奇倶楽部を支えた理念だったのだろうか。
彰人はばかでかいため息を一つ吐いて、云った。
「帰るわ」
厭になったのはこいつも同じなんだろう。ぼくは「それもそうだな」と答えた。彰人は手を振って一足先に部屋を出て行った。ぼくは散らかしたままの段ボールをひとつ蹴飛ばして、ほんの少しだけ途方に暮れたあと部室に鍵をかけて帰ることにした。
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