シーン7
藤山の名前を奪った老人の顔を執拗に殴り続ける。
エメル と鬼丸の会話の中にネイサンの話を少しだす。良い思い出だった、と話した内容を敵に聞かれる。鬼丸の命を奪いに来た使者がネイサンらしき人物の魂を連れてくる。耳に懐かしい声がエメル の鼓膜を揺らし、記憶が蘇る。顔が見える寸前に背後で鬼丸のクビをはねる。首は繋がっているが、死亡。最期の言葉を聞く。ネイサンらしき人物も消えている。エメル は鬼丸のもとへ走る。
2020/02/15 01:43
「そこにいろ」
エメルはベレッタを両手に持ち、鬼丸の命を取り立てにやってくる呪いの使者を迎え撃つ。
それはドアを開けてやってきた。
「さようなら、エメル」
エメルが振り返ると、筆を持ったまま真横に倒れた鬼丸がいた。
不自然な体勢だった。最後に、自分の意志で、力が無くなるその前に、イーゼルにかかったキャンバスを守るように。
脈は無かった。
キャンバスに掛けられた絵画の彼女は笑っていた。
満面の笑みではなく、ほんのわずかに見せる、さりげない一瞬の笑顔。
描かれているのは、エメルで間違いはないのだが、本人すら当惑するほど覚えのない表情だった。体の欠損部も丁寧に描かれており、だがそんなものをまるで意識する事すらないように見える。
キャンバスの中の自分は外の何かを見ていた、キャンバスの外にある何かしらの希望。形はないが、小さな幸せが外にはある、自分を偽る必要のない、何かが。
鬼丸の中にあった、言語になる前の、感情の核、心の風景だった。
エメルは力尽きた鬼丸をベッドに寝かせた。
「お疲れさま・・・・・・」
彼女はベッド脇の固定電話の受話器を取った。
窓の中の、小さな光りをいくつも灯したビル群の中に半透明に浮かぶ自分の姿を見た。いつもの顔だった。
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エメルはスーツとコートを纏い、メディア王の使いを待った。
鬼丸国綱は死亡し、作品とクローン体を回収しにやってくる。
鬼丸から預かっている封書はエメル宛になっていた。
使いっぱしり達の前で、封を解いて、中身も渡す。
任務は終わった。
嫌らしさを遺作に見る事はなかったが、CIAの工作員として顔が割れるのは困る。国際芸術祭の中止は決定したが、別の催しで展示されると厄介だ。CIAのアジア支局長から長官宛にメッセージを送ってもらい、メディア王を説得するように働きかけたが、果たして・・・・・・。
深夜4時の暗がりの大通りの中をただ一台のバンのライトが、闇を切り裂いてやってくる。ホテル前で止まるとエメルは目を疑った。
オペラグラスを放り投げ、エメルは部屋のカーテンを閉めた。
何を引き連れてくるか、わからない。
外からの狙撃を防ぐために周囲のビルを見下ろせる部屋を選んで正解だった。事件や任務は片づいたが、これから災いを連れてくる可能性は十分にあった。
扉が静かにノックされる。
荒く息をつぐ様が、扉の向こう側からでも伝わる。
エメルは玄関のドアを開くと、そこにはメディア王(名称:未定)がいた。走ってきたらしく髪は乱れ、サングラスも鼻の油でズレ落ちていた。
エメルは彼を素早く中に招き入れると、外へ顔を出して、周囲の様子を探った。安全を確かめ、ドアを閉じた。
「お供は?」
「・・・・・・最後はどうだった? 何か言ってたか」
「最後は絵 さよなら、と」
「絵はどこにある」
エメルは鬼丸から預かった封書を破り、中身を取り出した。
「絵は君のものだ、エメル」
突然、かけられた声に驚いた。
「それは委任状だろ、所有権を君に移すための」
エメルは書類を開いた。手書きの綺麗な文字で、メディア王の言う通りの内容が記載されてあった。
「私があなたに委譲すれば問題ないでしょう?」
「彼の意志を尊重する、と言った覚えがあるが」
メディア王はエメルに向き直った。
「絵の外に自由を感じる、そんな絵だ。私なら、金を使って彼に圧力をかける事もできたが。恐怖や束縛から産まれたものには闇が宿る。もう、そういうのはいいんだ」
「・・・・・・そういうものは」
頂にいる人間の悩みや心の奥に、エメルは関心がなかった。
ただ、ある一面で思い違いがあったようだ、それだけの事。
「最後まで、意志を尊重する。絵の中の君に笑っていてほしいからな」
この絵画の主体は外にある。外にある物が、ゆがめられた時、絵の中のエメルはどういう表情をするのだろう。自由は人々を幸せにする、そういう描き手の願いを摘み取る行為は、絵の印象を変えてしまう。
事情を知っている者に限られるが。
もっとも鬼丸国綱自身が何を思って描いたのかは、誰にもわからないけれど。
「・・・・・・絵が見たくなったら、CIAに連絡する。その子をよろしく頼む」
絵に対する扱いが非常に柔和だった。
メディア王は鬼丸の死体を担いで、外に出た。
鬼丸は眠っているように見える。
エメルはキャンバスをイーゼルに立てると、その上から優しく布を被せた。
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エメルはクローン体が未完で、筋力や細胞、臓器などが常人よりも弱い事を初めて聞いた。鬼丸がずっと絵を書き続けていたのは、少しでも実力を発揮できる体にするための訓練だった事を初めて知った。
足手まといだと感じていたが、彼には相当な負担だったようだ。
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