ソルトな彼と、メレンゲよりも甘い恋/わたあめ

魔法のiらんど文庫/カクヨム運営公式

キラキラな君とダメダメな私

「おい、ほのか。俺の言うことを守らねぇってどういうことだよ?」

「……あ、あの……あの……」

ここは、うちのマンションのエントランス。

今、私が立たされてるのはそこの奥まった場所で人目に付きにくいすみっこ。

目の前には、私を壁際に追いやり、腕を組みながら立つ怜央れ おくんこと新田にっ た怜央くん。

見下ろしてくるその目は氷のように冷たくて、私はただただ小動物のようにフルフルと震えるばかり。

怒ってる。

すごく、すごーく怒ってる。

「いっ、いつも怜央くんに家まで迎えに来てもらうのは、とてもとても申し訳ないので、今日から1階に下りて待っていようかと思いまして……」

怜央くんの言うことを守らなかった理由を焦って話す私を、怜央くんがギロリとニラんでくるから語尾が小さく消えていく。

「あ? 何勝手に自分で決めてんだよ。俺は家で待ってろって言っただろ。そうだよな?」

「そ、そうですよね。でもですね、毎日わざわざ14階まで来てもらうのは申し訳ないなと思って……」

そこまで言ったところで、怜央くんが私の背後の壁にドンッ!と大きな音を立てて手をついた。

私の顔の真横に置かれた怜央くんの手。

大きな音にビクリと肩を揺らしながらも、怜央くんの影が私にかかるほど距離が近付いたことで、心臓はドキドキと駆け足するように速くなっていく。

どうしよう、顔が赤くなってる……かも。

「うるさい。ほのかのくせに言い訳すんな。ほのかは俺の言うことに“うん”って言ってりゃいいんだよ。明日からは家で大人しく待ってろ。わかったな」

間近に見える眉根を寄せた不機嫌な顔。

もう私はコクコクと勢いよくうなずくしかない。

「は、はい! 怜央くんの言う通りにします。本当に今日はすみませんでした!」

私の全力のおびを聞いて、怜央くんはやっと壁から手を離して私を解放してくれた。

怜央くんにバレないように小さく深呼吸して、大騒ぎしている胸を落ち着かせる。

今、私がどうして怜央くんに怒られていたかというと。

『朝は迎えに行くから家で待ってろ』って、いつも言われているのに、怜央くんに断りなくマンション1階のエントランスまで勝手に下りてきていたから。

でも、私の家はこのマンションの14階。

同じマンションに住んでいるわけでもない怜央くんに、毎朝うちの玄関まで来てもらうのは申し訳ないといつも思っていた。

だから、今日はエントランスで待っていたんだけど、なぜか怒られてしまった。

本当は怜央くんに、“ほのか気がきくな”って褒めてもらえるかも!って、ちょっとワクワクしていたんだけど……失敗しちゃったな。

「まったく。家で大人しく待ってねぇから、朝から変なやつに絡まれんだろうが?」

変な奴? 私誰にも絡まれてないけど?

一瞬怜央くんの言葉の意味がわからず首をかしげたんだけど、もしかしてとハタと気付いた。

そういえば、怜央くんがエントランスに入って来た時、私は同じマンションに住む違う学校の男の子に声をかけられていた。

でもそれは……。

「怜央くん、さっき私に声をかけてくれてた男の子は『変な奴』じゃないです。幼稚園のウメ組で私と同じクラスだった佐々木さ さ きくんです。『おはよう』って言ってくれただけですよ」

怜央くんはバラ組だったから、佐々木くんのことは知らなかったんだね。

「佐々木くんはこんな暗くて地味な私にも『おはよう』って言ってくれるいい人ですよ」

心配をかけたくなくて身振り手振りで説明したんだけど、なんだか説明すればするほど怜央くんの顔が険しくなってきているように感じる。

あれ、また怒らせてる?

「『いい人』だと?」

低い声が響いた後、私はほっぺたを怜央くんの大きな手でブニッと寄せられて、唇がとがる最高にブサイクな顔にされてしまった。

「俺もあいつのこと覚えてるけど『いい人』じゃねぇだろ」

「……う《゛》っ?」

ほっぺたをブニッとされているからまともな声が出せない。

「あいつ、幼稚園の時から女という女に見境なかったし」

え? 佐々木くんってそんな人でしたっけ?

一緒だったのは幼稚園だけだったけど、私の記憶じゃ大人しい男の子だった。 

マンションでたまに会う時もそんな感じだし。

ハテナマークが浮かんでいる私を見た怜央くんは、私のほっぺたにかける力をもっと強くしてから、勢いよくその手を離した。

い、痛い……。

「だからいいなほのか、今度あいつが声かけてきたら激しく無視しろ! これは命令だ」

「命令!? は、はい!」

怜央くんに命令されると頷くしかなくなる私。

「それからもうひとつ、家から出る時に前髪のヘアピンを外すのは絶対に忘れんな。今度忘れたらただじゃおかねぇから」

「あ……」

さっきから怜央くんの顔がクリアに見えるって思ってたらヘアピンを外すのを忘れていたんだ。

急いでたからすっかり忘れてた。

ヘアピンを慌てて外そうとした私よりも早く、怜央くんがヘアピンを外して私の手の上に載せた。

「あ、ありがとうございます」

「……」

そのまま怜央くんはマンションのエントランスのドアに向かって歩き出す。

「怜央くんごめんなさい! 今度から気を付けます!」

私も慌てて追いかけて隣に並んだ。

怜央くんと私は幼なじみ。

母親同士が親友で、家も近所、幼稚園も一緒。

そして、小学校からは高校まであるエスカレーター式の私立、星華せい か学園に入ったから、高校になった今も同じ学校。

本当にもうずーっと一緒なんだ。

怜央くんはどう思っているかわからないけど、私はその“ずーっと一緒”がたまらなくうれしい。

一緒に歩く通学路は、今朝もキラキラ輝いて見えるよ。

「ほのか、ぼんやりするな。前から自転車来てる」

「わっ?」

咄嗟とっ さの行動がとれない私は立ち止まってしまったんだけど、次の瞬間には怜央くんに腕を引き寄せられて、私と怜央くんの体がトンッとぶつかった。

私と怜央くんの横を自転車が通り過ぎていく。

「どんくさい。もっとしっかりしろ」

「ご、ごめんなさいです……」

「行くぞ」

つかまれていた腕が離されて、体が離れた。

「あの、怜央くん、助けてくれてありがとうございます」

「礼はいいし、その代わりちゃんと前見て歩け」

「はい!」

怜央くんに言われた通りにちゃんと前を見ながら、頬は思いっきり緩んでいく。

私のこと、助けてくれた。

腕にはまだ怜央くんに触れられていたという感覚が残っていて、熱い。

さっきブニッとされたほっぺだってまだ熱いまま。

怜央くんに触れられた部分が、いつまでも焼け付くように熱く感じるのは、怜央くんの力が強かったから……だけじゃない。

それは、私の気持ちからくる熱感。

私、森下もり したほのかは、怒らせたら怖いけど、実は優しい怜央くんに恋しています。


私立星華学園の門をくぐると、他の生徒達たちの注目の的になってしまう私達。

ううん、注目されているのは“私達”じゃなくて、怜央くんだけなんだけれど。

なんてったって怜央くんは、テレビで観るアイドルにも負けないくらいの美男子だから。

長い並木道の先にある高等部の昇降口。

そこまでの道を歩いていると、女の子達が遠巻きに怜央くんを見ている。

「ちょっと! 新田くん来たよ!」

「今日もかっこいいし、王子だし!」

「お父様がパイロットでお母様はCA《シーエー》なんだって! 遺伝子からまぶしい!」

女の子達の桃色な視線と黄色の歓声。

「ほら、みんなで言うよ、せーの、新田くーん、おっはよーう!」

女の子達が目をキラキラさせながら、怜央くんに駆け寄ってきた。

「おはよう」

怜央くんがニッコリ笑ってみせると、「ひゃぁっ!」「かっこいい!」と、悲鳴のような声を上げ飛び跳ねる子もいれば、骨抜きにされてヘロヘロになる子もいる。

うん、わかる、その気持ち。

だって怜央くんの笑顔の破壊力ってすごいもんね。

怜央くんが私以外の人に見せる笑顔は、目も口元もキレイな弧を描き、そりゃもう雑誌のモデルのよう。

漫画だったら間違いなく“キラキラ”と“花”を背負っている。

まさに“王子スマイル”って感じ。

でも、怜央くんがすごいのは、ただ顔面偏差値が高いだけじゃないところ。

運動はなんでもできるし、勉強なんて小、中と全部学年トップだった。

そこまで“持ってる”怜央くんだけど、鼻にかけることなんてしないから、女子だけじゃなくて男子からも慕われている人気者。

私の幼なじみで好きな人は、こんなにもすごい人。

それは私の最大の自慢。

「にしても、森下は今日もくれぇなぁ」

「あの前髪ウケるし。あいつずっと下向いてっし」

「バカヤロウ声がでけぇよ聞こえんだろ。森下ってワラ人形と五寸釘ご すん くぎ持ってるらしいぜ、呪い殺されるぞ……」

「マジかよ! 見たまんまじゃん!」

……マジじゃないです。ワラ人形も五寸釘も持っていません。呪い殺すことも無理です。

その男の子達は私に聞こえないようにするためか、声を押し殺すように笑っていて。冗談で言ったんだろうけど、かなり傷つく。

でもそう思われるのも仕方ないかも。

だって私は、前髪を伸ばして目元を隠すことでなんとか生活できている、人とコミュニケーションを取るのが苦手なダメダメな人間だから。

ついでに、顔も頭もダメダメで果てしなくどんくさい。

こんな私だから自分に自信がなくて、いつもなるべく目立たないように行動している。

だから友達なんてできるわけもなくて、私は怜央くん以外まともに話せる人はいない。

なんでも完璧な怜央くんとは対極の私。

ショックを受けていると、笑っていた男の子達が急に顔色を変え、逃げるように走り去ってしまった。

急にどうしたの?と不思議に思いながら隣を見上げると、怜央くんが走り去っていく男の子達をニラんでいた。

「ってか、森下さんっていつまで新田くんのそばにひっついているつもりだろ? 小学校からずっとだよ」

今度は反対側から女の子の声が聞こえてきて耳が反応する。

「新田くん優しいから、友達のいない幼なじみを放っておけないんじゃない?」

「えー新田くん気の毒! あんな地味な子と一緒にいたら新田くんまで同類って思われちゃうじゃん!」

ヒソヒソと聞こえてくる声にうつむいた。

私は何を言われてもいいけど、私のせいで怜央くんの評判を落としてしまうのはイヤだな。

咄嗟に怜央くんから離れなきゃと思った私は、怜央くんから2、3歩下がって距離を取った。

怜央くんの隣が似合わないのは自分が一番よく知っている。

このまま少し離れて歩こうって思ったんだけど。

「ほのか、モタモタすんな!」

「へっ、あ、あの……」

怜央くんに腕をつかまれて隣に連れ戻される。

強引な怜央くんの行動に周りから小さな悲鳴が上がったけど、怜央くんは気にする様子もなかった。

「でも、私のせいで怜央くんがいろいろ言われるみたいで、そんなのイヤですから」

「ほのかがイヤとかそんなの知らねぇし」

「え……」

「ほのかは人一倍どんくさいんだから、離れてられると余計に手がかかる。必ず俺の傍にいろ。命令だ。わかったな!」

「は、はい……ごめんなさい」

恐る恐る隣を見上げると怜央くんもこっちを見ていて、バチッと目が合った。

一瞬見つめ合ってしまったけど、ハッと我に返り慌てて視線を前に戻す。

朝から、私のやること全部裏目に出て怜央くんを怒らせてばっかだな、私。

こんな私はきっと一生どんなに頑張っても、怜央くんに振り向いてもらえない。

だって、怜央くんはキラキラと王子様のように全部が素敵なのに、私はその逆で全部ダメダメだから……。


「じゃあな、ほのか」

「は、はい……」

自分が在籍するDクラスの前まで来て、あまりにもガチガチに緊張している私。

怜央くんは無言のまま数秒間、そんな私をジッと見てから自分の教室の方に向かって行った。

……あきれているのかな?

私がこんな風になっているのは、怜央くんと離れてこのクラスで1人っきりになるから。

もう高等部になって1ヶ月過ぎたのに、いまだに教室に入る前には緊張している私。

中等部の頃から毎年こんな状態だから、怜央くんに呆れられても仕方ない。

ホント、情けないよね。

星華学園の高等部は1年毎ごとに成績順でクラスが変わる制度で、Sクラスは成績トップのエリートクラス、その次はAクラス、Bクラスと続き、私のクラスは最下位のDクラス。

もちろん怜央くんは廊下の一番奥にあるSクラスに向かう。

教室も成績順に並んでいるわけで。

遠いなぁ、Sクラス……。

小さくなっていく怜央くんの後ろ姿を見ながら、溜息ため いきこぼれた。

Dクラスのドアの前で深呼吸をひとつしてから教室のドアを開け、俯いたまま自分の席に一直線に向かった。

「あ、森下さんおはよー」

「お、おは、おは、おはっ……います」

俯いたままの私なんかに声をかけてくれる優しい人にぺこりと頭を下げ、挨拶を返したけど、んでいる時間が長すぎて、言い終わった時にはもうそのクラスメイトは私の前にはいなかった。

「……」

っていうか、私も挨拶をもらってばかりじゃなくて自分から頑張らなきゃ、だよね……よし!

隣の席の上原うえ はらさんに挨拶をしてみようかな。

「お、おはっ……よ、ございます……」

「あ、森下さんおはよー」

上原さんが挨拶してくれた。

「おっはよー」

なんと、そのまた隣の下橋しも はしさんまで挨拶してくれた。

「ってかさミキちゃん、カラオケいこーよ? あっし、月9の主題歌、歌うし、女子力あげてくし」

「いーよ。行こ、行こ」

上原さんと下橋さんが2人の会話をし始めたから、挨拶以上に何か話せたわけでもないけど、すっごく嬉しい。

ホッと息をついて自分の席に座る。

よし、なんとか頑張って挨拶するミッションを成功させた。

きっと、呪われるだとか、ワラ人形だとか言われる風貌の私に、女の子達が“おはよう”って言ってくれるのは怜央くんのおかげなんだ。

怜央くんみたいなすごい人が私の幼なじみだから、こんな私でもちょっとは受け入れてもらえているんだと思う。

実際私は、イジめられたりしたことはない。

怜央くんはいつだってダメダメな私を守ってくれるヒーローなんだ。

SHR《ショートホームルーム》まではもう少し時間がある。

話す友達がいない私にとってはちょっと寂しい時間。

スクールバッグの中身を取り出していると、メールアプリが受信を示した。

あ、怜央くんからだ!

一気に私の中が“嬉しい”でいっぱいになって、口元が緩んでくる。

急いでアプリを開くと、《暇だ!》と描かれたスタンプが押されていた。

《私も暇です》と返すと、すぐに既読になって、《知ってる》って返ってきた。

もしかして、私がこのクラスで暇にしているのに気付いて、私のためにこんな風にメールくれたとか?

《つーか、暇なのほのかのせいだな。俺の言うこと聞かずにエントランスで待ってたから、いつもより早い電車に乗れちまったんだよな》

……私のためにメールを送って来てくれてるんじゃ……なかった。

それどころか、私のせいで暇だと怒ってる!?

サァーッと血の気が引いてきて、どうしようどうしようと焦ってしまう。

あ、またメールが来た!?

《この俺の暇さを、ほのかはどう責任取るつもり? なんか面白い動画送ってこい。今すぐだ》

面白い動画!? 今すぐ!?

慌てて動画アプリを起動させるけど、焦ってるから、どれが面白かったかとか思い出せない。

そうしているうちにまたまた受信。

《3》

3?

《2》

2!? カウントダウン!?

怜央くんがメールでカウントダウンを始めたことに気付いた私は慌てふためいた。

《1》

ちょっ、待ってー! カウント数が少なすぎるよー!

せめて5からにしてくださーい!

そうだ! これを送ればいいや!

送信! 間に合った!

怜央くんの気持ちを静めてもらうために送った動画は、私が飼っている“ハリネズミ”の動画。

昨日、私の手の上で丸くなって眠る、すっごく可愛か わいい癒やしの姿を動画に収めることに成功したんだ。

怜央くんもハリネズミの“バニラくん”のことを気にいってくれているからきっと喜んで…………。

って……あっ! 今思い出した!

その動画は私のお姉ちゃんのいちかちゃんが撮ってくれたから“バニラくん”だけじゃなくて、私もばっちり映っているんだった! 

しかもお風呂上がりのパジャマ姿。

その上、そのパジャマはママが『ほのかも乙女おとめならこういうのを着なきゃ』って買ってきたピンクの袖とか裾がフワフワしたやつだし!

残念な私には全然似合ってないやつなのに!

ど、どうしよう……!

慌てていたからとんでもない動画を送っちゃったよ……。

絶望のふちに立たされて、もう一度アプリの画面を見る。

既読になっているけど、動画に対してのコメントがまだ届かない。

さっきまでは、返信すっごく早かったのに……。

怜央くん引いてる! 絶対に引いてる!

全身から嫌な汗が噴き出してきた時、ピロンとメッセージを受信した音が鳴る。

うわぁっ、来た!

更に噴き出す汗を拭いながら、恐る恐る画面をのぞいた私は目を見開いて固まった。

《かわいい》

スタンプとかじゃなく、怜央くんが打ったその一言だけ。

カァッと顔が火照ほ てる。

違うよ。違うし!

怜央くんは、“バニラくん”を《かわいい》って言ったんだよ。

顔を赤らめるなんて、私ってばなんて図々ずう ずうしい!

怜央くんが私を可愛いなんて言うはず、200パーセントないんだから。

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