幾多の世界も☓☓の為に! -魔王は今じゃ社会人-
兎鼡槻《うそつき》
第1件目 ありふれたトラック転生
引き篭もるって大なり小なり理由があるだろ? 別に俺が酷い仕打ちを受けたのだけが原因って訳じゃない。俺が弱かったのも問題なんだよ。それはわかってる。
だからってソレを真正面から受け止める必要もないんだ。
確か、最初は三日学校をサボった所から始まった。水木金だ。別に土日に連なるよう狙った訳でもないんだが、ある日突然水曜日に三日くらい学校を休もうって思った。そしたら偶々、本当に偶然月曜日が祝日だったんだよ。まるで元の道に戻ろうとした一歩目を踏み外してすっ転んだ様な……そんな気分になった。
するとどうだ。
まず転んだ痛みを堪えるのに力が要る。転んだ情けなさを堪えるのに力が要る。立ち上がるのに力が要る。それらが全部済んだ後の俺にはすっかり元の道へ戻る力なんてなかったんだ。
「あのコンビニの”揚げチキ”ってこんなに美味しくなかったっけか。」
白い息が暗闇に溶ける。俺が存在する世界は家の中と最寄りのコンビニまでの間の道だけ。残りはネットで見た。まぁ、この道も深夜の風景しか知らないんだけどな。
気付けば三十四歳。来年にはアラフォーと呼ばれる歳だ。もう定年退職間近の両親は献身的に俺をおぶって墓に向かっている。俺が学生の時に親父がかけてくれた『無理はするな。親としてお前が立ち直るまでの面倒は見る。』という言葉に嘘はなかった。毎日用意される飯。それでも足りなければ財布から抜き取ってコンビニに行く。これに文句を言われた事なんてない。
「……親もいつかは劣化すんだよな。この”揚げチキ”みてぇに。」
残り二口程度で食い終わる揚げチキを無機質な街頭に照らす。ヌラヌラと光を跳ね返す脂。それが異様に輝いている気がして……。
「ん?」
この光は街頭じゃなくて後ろから――。
『プァーン!!!』
鼓膜を揺さぶるクラクションと視界を塗り潰すヘッドライト。
――――死。
*****
「任務完了。目撃者も無し。問題はない。」
「あいよ。おつかれぇ。そのままよろしく。」
「了解。」
「しっかし呆れるねぇ。『……親もいつかは劣化すんだよな。この”揚げチキ”みてぇに。』ってよ。劣化してんのはテメェの舌だっつうの。三十四歳にもなりゃ揚げチキなんて脂っぽくて不味く感じるようになるだろうよ。」
「スィトゥー、そう彼を責めるな。彼は親に暴力も振るってなければ賭け事にも手を出してない。」
「手を出したのは親の財布だけだって?」
「……。」
「はっ、クズじゃなきゃターゲットにならねえよ。」
「そんな事はない。ウチはセラピーだ。」
「身寄りのない子供の治療なんてレアケースだろ。」
「そうでもない。とにかく話は後だ。収容の手続きを頼む。」
「もうやってる。お、『鈴木大地』だってよ。お前と同じじゃねえか。リーンウッ――ブツッ。」
茶化し終える前に通信を切る。名前を馬鹿にされるのは癪だ。俺は自分の名前に誇りを持っている。『鈴木
「チッ……。」
モヤモヤとした気持ちを舌打ちで弾き出し、アクセルを踏む。勿論、道路交通法は
「しかし……引き篭もりから勇者になって魔王になったかと思えば今度は異世界転生者の回収とは……。人生なんてわからないもんだ。」
リライフセラピーを謳う『みんなの御成社』で働き始めてから早三年。天職とまではいかないがそれなりに自分に合っている職だと思っている。自分と似た境遇の人達を救う仕事というのは気分が
「みんなの
因みに
『ポーン、ポーン……』
このソナー音みたいな音は通信が来たという意味だ。また奴だったら即刻切るつもりだったが……違うな。
「ムーンランドか。」
「鈴木先輩! 大変なんです!」
「業務中はコードネームで呼べ。」
「あっ、すみません! ベルウッド先輩!」
ムーンランドは二十五歳、俺より六歳下の後輩である。本名は月島……下は忘れた。彼女は順調な人生を送っていた一般的な女性だった。しかし、大学を卒業後転機が訪れたのだ。ブラック会社への入社である。毎日が平日であり、指示は全てチグハグ
と錯覚させただけで実際は俺がスタンガンを当てただけだ。本人は俺がやったなんて知らないがな。彼女はそこから弊社で転生セラピーを一ヶ月受け、その後俺の後輩となったのだ。セラピーの内容は確か……聖女として召喚される人に巻き込まれてチートスキルを授かりスローライフを送る感じだったはず。勿論依頼者は彼女を心配した父親である。そんな彼女も今じゃすっかり元気になり俺の後輩を……。
「先輩! 聞いてますか!?」
「あぁ、勿論だ。」
「次の仕事私が通り魔役をしなくちゃいけないのにちゃんとした演技が出来ないんです! 協力して下さい!」
「出来ない訳がないだろう。真の聖女として活躍していた時代の暗黒微笑を思い出せ。」
「キャアアアア! ワアアアアアア!! 言わないで下さい! 思い出させないで下さい!!」
「先輩だって異世界で鈴が訳せなくてリーンウッ――ブツッ。」
全く……どいつもこいつも……! 鈴は英語でリンリン鳴らすって知らないのか?
『ポーン、ポーン……。』
「チッ……なんだ。」
「切るくらい嫌ならお互い異世界の事をネタにするのは止めましょうよぉっ!」
「むぅ……それもそうだな。」
「先輩は口調からして異世界の癖が抜けてないんですから弄られて辛いのは先輩の方だと思いますし……。」
「ぐぅっ……その通りだ。」
「ほら、その『ぐぅっ』とか普通の人言わないですよ?」
「ええい! うるさい! 今異世界の事をネタにするのを止めようと提案してきたのは貴様だろうがッ! 此方もデス聖女と呼べばいいのか!?」
「う、嘘です! 冗談です! ごめんなさい! でも困ってるのは本当なんです助けて下さいぃ!」
「ふん! 良かろう。……いや、良いだろう。 む? あー……手を貸そう。」
「手伝うよ。で良いと思います。」
「……手伝うよ。うーむ……これでは威厳が……。」
「普通の人に威厳はありません! とにかく支部に着き次第練習のお付き合いお願いします!」
「うむ。わかった。」
転生セラピーに最も重要なのは演出である。昏睡後の出来事は幾らでも情景を弄れるが、現実はそうもいかない。だからこそ俺等みたいな回収班がいる。時にはトラック、時には通り魔、時には突き落としからの崖下での待機。
だが、こちらだって死なす気はない。だからこそ、
フラッシュモブみたいな事もしたことあったな……。因みに演出の為の情景はある程度技術班が都度操作しているのだ。ターゲットの周辺を調べ上げて此方の計画通りの演出を体験して頂く。その後はターゲット本人が補完してくれるのだがな。故に火事や飛行機事故といったケースは大量の資金が必要になるのだ。何処からが昏睡しているか本人には絶対に悟られてはならない。
「クククク……ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……! ……ヴ、ヴフン! 少し大袈裟過ぎるか? ……死ねえ! 死ねえぇ!! いや、具体的な言葉は要らないはずだ。久々だからな。支部に着くまでに勘を取り戻さなければ……ぬ? それ程までに車間を詰め……ほほぅ。我を煽るか。しかし、我が煽られた程度で貴様如き虫けらを相手に……!」
危ない危ない……気を抜くと魔王時代の振る舞いが出てきてしまう。三年経っても未だ抜けないのは問題だ。特に対戦ゲームをしている時が酷い。社員寮でなければ既に追い出されていたかもしれない。そう考えるとやはりこの仕事でないと俺はやっていけない気がする。
最初は他の患者の様に異世界小説を書いて一発当てようとも思ったが文章力がな……。何故頭の中で思い浮かべた壮大な景色を書き起こしたらあれほどしょぼくれた文章になってしまうのだろう……。まぁ、現状に不満なんて無いのだ。俺は魔王……いや、俺らしくやりたい事をやろうじゃないか。
死を越えてでも幸せな人生に辿り着く人々の為に、改造トラックは今日も行く。
「……しかしムーンランドはともかくスィトゥーめ! そもそもアヤツは斉藤が英訳出来なかったからスィトゥーなのではないか!」
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