第三章 秘密
14
その日の練習へは、入院している順子の代わりに智則が送ってくれた。
車内は終始無言だった。智則には、もしかしたら息子への罪悪感があって、出勤時間を遅らせてまでも車を出したのかもしれない。反対に、圭司はそんなこと「お構い無し」で、お化けからの返事のことをずっと考えていた。
――おとうさんとお母さん
お化けからの返事があったことよりも、その内容に対して圭司は心に鳥肌を立てた。
殺したのはお父さんとお母さんだって? 虐待? 一家心中?
まだ空っぽの多い頭の中の引き出しから、お化けの返事を理解するための言葉を取り出していく。
しかし、可哀想だとか、酷いといった感情は不思議と少なかった。
――いつまでやらせてるんだ。
――お前をお祖母ちゃんの家に預けようと。
自分が世界の中心だと勘違いしている思春期だからかもしれないけれど、お化けからの返事を見て、「まるで俺みたいじゃないか?」と、圭司の心の隅っこにいる子鬼がつぶやいたのだ。
◯
今日の練習の終わりにも、紅白戦をした。
明日は公式戦に向けての、最後の練習試合だ。顧問である西山の笛で、戦術をひとつひとつ確認しながらも、圭司やしょうちゃんたちはいつも以上に熱心に取り組んだ。
そこで、ちょっとしたトラブルがあった。
紅白戦はオフェンス組とディフェンス組に分かれるのだが、彼らのフォーメーションには、どっち付かずのポジションがある。ボランチ呼ばれるいわばチームの心臓で、ここに3年生の中川と2年生の結城がレギュラーとして任されていた。
攻撃と守備の間だから、紅白戦の際はどちらかがオフェンス側に、そしてもうひとりがディフェンス側のチームに入る。いつもは中川がオフェンス側にだったけれど、西山の指示で今日はディフェンス側に入れられたのだ。
これが中川は気に入らなかった。
もともと、フォワードのポジションだった中川は、攻撃こそ正義と信じていたのだから、上級生の立場を濫用して、いつの間にか結城とチームを入れ替わっていたのだ。
重箱の隅々までつつく西山だから、この入れ替わりにはすぐに気がついた。顔を真っ赤にして詰め寄る西山に対して、中川も変に逆上してしまい、紅白戦はしばらく中断。
珍しいこともあるもんだ、と圭司たちは顔を見合うことしか出来なかった。調子ノリで、ときたま先生たちに怒られることをする中川だけれども、衝突までするのは変だ。
結局、中川はスパイクを放り投げてグラウンドを後にした。西山も追いかけなかった。
「サッカーはチーム戦だ。勝利のために皆が一丸となって戦わないと、個は集団には勝てない。反対に、たとえ蟻であっても、力を合わせれば象にだって勝てるんだ」
クルーダウンしながらの練習最後のミーティング中に、西山はそう言った。名前すら出さなかったものの、中川のことを言っているのだと皆は分かっていた。
こうなると、チームは浮き足だってしまう。解散した後、一部のチームメイトたちは、中川を心配し彼の家まで行こうと提案した。
「圭ちゃんはどうするの?」
自転車置き場で、母の車を待っているふりをしていた圭司に、しょうちゃんが聞く。
父も母もいない圭司は、その日は祖母の家に行く予定だったが、しょうちゃんやチームメイトには嘘をついた。
「俺は帰らないといけないから」
「そうだよね……。僕は行くから、何かあったら連絡するね」
「うん」
「じゃあ、明日の試合頑張ろう!」
そう言ってしょうちゃんはチームメイトたちのところへ急いだ。
中川のことが気にならないと言えば嘘になる。けれど、それ以上の問題を圭司は抱えているのだ。
ほらまた、すぐに悪い方へ考えてしまう。
最近、雨は降っていない。そのせいもあって、真夏の太陽に照らされた土の地面は、まるで真珠のように光っていた。
中川があんなふうになったのも、もしかしたらお化けの仕業なのかもしれない、と。
チームメイトたちが見えなくなってから、圭司は祖母の家に向かって歩き始めた。
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