子鬼のつぶやき

和団子

第一章 お化けの言葉

 半田圭司はんだけいじがお化けを見たのは、実は2度目のことであった。


 一度目は彼が小学五年生のとき。苦手な社会の時間中、ふと――本当にたまたま窓の外に目を向けると、向かいの校舎の屋上に立つ、1人の人影を見つけたのだ。


 ドキリとした。その人影は屋上から飛び降りたのだから。気がつけば立ち上がり、授業もお構いなしに教室を飛び出していた。「戻りなさい!」という先生の声も無視して、一目散に。しかし、いざ校庭に出てみると、人が飛び降りたであろうその場所には


 見上げても、無機質なコンクリートの校舎が無表情に見下ろすだけ。

 校庭でドッヂボールの授業をしていた児童たちや、教室の窓から「何事か?」と顔を出す児童たち。

 駆けつけた先生が、まだ小さな圭司の腕をぐいと引っ張る。真っ赤になった先生の顔は、明らかに「今から怒りますよ」と言っていた。


 圭司は素直に説明した。屋上から誰かが飛び降りるのを見たことを。言葉足らずだったかもしれないけれど、身ぶり手振りをつかって必死に見たことをありのまま伝えた。しかし、その日の担任日誌には「授業中、教室を抜け出した児童が一名。理由不明。話し合いが必要」と書かれただけであった。


 


 その日以降、圭司は二度と屋上に立つ人影を見ることはなかったものの、その出来事が心のずっと奥底に根付いてしまった。本当に見間違いだったのか? 自分でも目を反らそうとしたけれど、クラスの連中たちがことあるごとに茶化してきたもんだから、根っこから抜いてしまうことが出来ず終いだった。


 そして今――蒸し暑い夏の夜の雨音に気がつき、開けっ放しの自室の窓を閉めようとベッドから抜け出した時――机の上に広げたままのノートに、お化けのを見つけたのだ。


――ぼくはころされた。


 もし、圭司が小学生のころに、屋上から飛び降りるお化けを見ていなかったならば、そのページを破いて、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げていただろう。


 圭司は悪者になった。嘘をついてはいけません、という説教が、すべて自分に向けての言葉のように感じてしまう。現に、教師や友人たちは、圭司の「嘘つき」というレッテルを剥がすことはなく、前科者として疑い深い付き合いとなってしまった。

 

 あのお化けのせいで。


 窓から雨が入ってきた。そんなことは「お構い無し」だ。

 圭司はしばらくノートとにらめっこをした。こののお化けを見たことに、免罪を晴らすチャンスと思ってしまったのだ。

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