第82話 プリクラ
観月
「歩波さん。このプリクラの人って……」
涼香が拾い上げたプリクラを歩波さんに見せる。
夕葵たちものぞき込んでから、歩波を見る。
「その人は……兄さんの元カノ」
歩波はどこか気まずそうに答える。
「この人が……」
涼香がぽつりとつぶやいた。
歩ちゃんに後ろからぎゅっと包み込んでもらうように抱き着しめられている。
身長は歩ちゃんの胸のあたりの小柄な人だ。明るい髪の色で人好きのする笑顔からは天真爛漫さが伝わってくる。
「……先生はこういう人が好きなのでしょうか?」
カレンがそんなことを呟く。
アタシはどこかに共通点がないかと自分を見比べてみる。髪の色くらいは似ているかな。けど――、
「おっぱい大きい……」
うん。抱きしめたらこう、ふわって感じの柔らかそう。ぬいぐるみみたいに抱き寄せたくなる子だ。太ってもいない、大きな胸や柔らかそうな髪がそんな風に思わせるのか。ちっ、あの野郎! やっぱり巨乳好きかっ!
「身長はカレンくらいか……やはり、背が高いと……」
夕葵は夕葵で落ち込む。
あなたには別の立派なものが付いているじゃない。少しくらい分けろっ!
「ムゥ……先生に抱きしめられてズルいです」
いつも抱き着いている人が何を言ってるの。
アタシなんて、テンションが上がっているときのノリでしか抱き着けないのに。
けれども、この人はカレンとは違う。
歩ちゃんの方から、彼女さんの腰に手をまわしているところをみても2人の関係の深さが分かる。
「元カノってサッカー部のマネージャーだった人だよね」
「そうだよ。私もそこまで詳しいわけじゃないけど」
「「「「……」」」」
そこからはなんとなく、会話が止まる。
嫉妬の感情はあれば羨ましくも思う。付き合っていた人がいると聞いたけれど、その人を見るまではあまり実感がなかったのかもしれない。
コンコン――と扉をノックする音が聞こえてきた。
涼香は慌てて、持っていたプリクラを手近なアルバムに挟み込んだ。
『歩波ちゃん。入ってもいいかな』
「は、はい。どうぞ!」
声が聞こえると、反射的に歩波が返事をする。
扉を開けると、さっきすれ違った透さんが入ってくる。
「成恵さんが夕飯は”引っ越しそば”にしようだって。みんなも食べていってくれって」
「いいんですか?」
「みんなへのお礼だってさ」
そういうことなら、一緒に夕飯を食べさせてもらう。
歩ちゃんは手が離せないようみたいで、透さんが代わりに来たみたいだった。
「透くんはどうしますか?」
「ご相伴に預からさせていただきます」
答えを聞くと歩波は嬉しそうな顔をする。なんともわかりやすい。
透さんは歩波の気持ちには気が付いているのかな。
そのまま視線をカレンへと向ける。
「美雪さんだっけ、久しぶり」
「お久しぶりです」
「透くん、カレンちゃん。お二人は知り合いなんですか?」
確かに、ちょっと気になるところだった。歩波が首をかしげて尋ねる。
「とある夏のイベントで顔を合わせることがあってね。この子の家で働いている人が僕たちの後輩なんだよ」
「はい。透さんのコスプレはすっごく素敵でした!!」
「その話はやめようか」
その後輩は多分、シルビアさんのことだ。
歩波は、透さんのコスプレと聞いてちょっと目の色を変えてカレンを見る。見たかったんだろうな。
アタシたちは簡単に自己紹介を済ませる。
「ところで気になってたんだけれど。それ、ボクたちの学校の卒業アルバムだよね」
透さんがアタシたちの中心にあるものに目を奪われる。
「あ、はい」
「ちょっとだけ、見せてもらってもいいかな?」
軽く首をかしげ頼む透さんに歩波がアルバムを渡す。
透さんは床に座って嬉しそうに表紙を開いた。
「うわ、懐かしいなー」
しみじみとしならがもアルバムをめくっていく。
「ははは、歩はちっとも変ってない」
「透くんが勉強を見てくれていなかったら、今頃は何してたのか」
「テスト前なんて一夜漬けが当たり前だったし、学校の先生には食ってかかるし。結構な問題児だったからねー」
「その問題児が今は教師ですもんね」
当時の歩ちゃんを思えば教師をしているのが意外なのか2人は笑いあう。
卒業アルバムを見終えると、次のアルバムを見せてほしいと頼まれ歩波は素直に渡す。
アルバムを開くと、一枚の紙片がひらりと落ちた。
――あ、ああああ!! 今気が付いたけれど、それって! さっき涼香がプリクラを挟んだアルバムだ!
当然、透さんはそれに気が付いて拾い上げて見ると、ちょっと驚いたような顔をする。
「あぁー……
名前を聞いて、アタシたちはその人のことだと気が付いた。
じっと、その写真を見ている透さん。
「あの、その人って……兄さんの元カノですよね」
「そうだね」
そのままプリクラに見入っている透さん。
いったい何を思っているのかな。
「私はあまりよく知らないんですけど、兄さんとどうして別れちゃったんですか?」
歩波はやや踏み込んだ質問をする。
「それは僕にもわからないよ」
「あったとしても、別れた理由を本人に了解なく話すのはマナー違反だしね」といわれると、それ以上話を聞くことはできなくなった。
そのまま、透さんはアルバムを歩波に返すとお礼を言って、部屋から出ていった。
「……センセは今でも好きなのでしょうか?」
カレンのつぶやきはアタシたちの胸の内にある問いかけだった。
「彼女がいない理由ってそういうこと?」
「前の彼女を忘れられない男性は多いと聞くな……」
「そういう人は思い出を残しておくんだって……」
いやなこと考えちゃった。
歩ちゃんに女の人の影があるっていうだけで、すごく悔しくて、悲しい。
いけない方向に気持ちが傾いてしまいそうで怖い。
――なんていうのかな、心が黒くなりそう。
「あれ? 透くん。あのプリクラ持って行っちゃった?」
歩波がふと気が付いたことを言う。
そういえば、プリクラを戻さずに様子は見ていない。
外からドタバタと足音が響いてくる。その直後、勢いよく歩波の部屋の扉が開かれた。
びくりと身体を震わせ、何事かと開いた扉と同時に――、
「お前ら何見てんだ!!」
顔を真っ赤にした歩ちゃんがいた。
後ろでは透さんが面白いものを見るように笑っている。
「歩波、おまえなぁ……」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし、いたいいたい!!」
唸るように歩波の両頬を抓って引っ張る。
「純粋に恥ずかしいんだよ」
歩波から手を放すと、アタシたちの真ん中に置いてあるアルバムを回収してしまう。
ああっ! まだ全部見てないのに!!
「ったく、透が持ってたからびっくりしたぞ」
首の手を当てて、アタシたちをの方を無意識的に見ないようにする。よっぽど恥ずかしかったみたい。
「あの、センセ……プリクラの女の人ですけど」
カレンがちょっと思い切ったことを聞いてみる。
「これか?……全部、捨てたと思ってたけど、まだ残ってたんだな」
「「「「捨てた?」」」」
アタシたちの声が重なる。
だって、自分がもし歩ちゃんとそういう関係になったら、捨てることなんてできないと思ったから。
「……ああ、プリクラが好きな子で数え切れないくらいに撮ったから。アルバムに挟まってたんだろ」
「えー、未練があるとかじゃないの?」
アタシは嫉妬を隠しながら冗談めかして聞いてみる。
こんなこと真面目な顔で聞けるわけがなかった。
もしそうだとしても、笑えるようにそんな風に聞いた。声、震えてなかったかな。
「ないな。もう結婚してるから会うこともないだろ」
「え? 結婚してるの?」
思いもよらなかった返事に、アタシは間の抜けた返事をするのと同時に心の中の黒い物が消えていくのが分かった。
「別れたと知った途端にいろんな人が寄ってきたよね。どれだけ仲介を頼まれたか」
「……俺をダシにお前に近づきたかったんじゃないのか?」
「あー、そういう人もいたかも……」
「というより、お前の方がすごかっただろ」
その言葉に歩波がピクリと反応する。アタシとしては透さんよりも歩ちゃんのことが聞きたい。
「老若男女問わずいろんな人に言い寄られててたからな」
……男は余計じゃない?
あ、カレンがちょっと興味深そうにしてる。
「高2の時なんて、教育実習生に告られたこともあっただろ」
教育実習生……その言葉で思い出した。
もう一人、歩ちゃんの大学時代を知っている人が静蘭にいた。
「それはさすがに断るとしても、高校のときは彼女作らなかったよな」
「申し訳なかったけれど、部活に集中したかったからね」
「断るにしてもこっちが悪人扱いされることもあるからな。透はその辺立ち回りうまかった」
「歩が下手なんだよ」
「殴られるより泣かれる方が嫌だろ」
「そんなんだから一部の女子に敵をつくることになるんだよ」
アタシたちの前で、二人の高校時代のモテっぷりが語られる。
「とりあえず、このアルバムは持って帰るからな」
「はいはい。兄やんのだからお好きに」
アルバムを自分が持ってきたカバンの中にしまう。
歩ちゃんの部屋に置くなら、またいつか見る機会はあるかな。
……
………
…………
引っ越しも何とか住める程度に落ち着く。
夕飯に引っ越しそばをご馳走になった。
蕎麦は夕葵がいつも頼んでいる蕎麦屋で注文した。
出前の人はちょっと一般の人じゃない雰囲気をしていたのにはちょっと驚いたけど、持ってきた蕎麦は十分に美味しかった。
「成恵さん。ごちそうさまでした」
アタシたちも歩ちゃんに続いてお礼を言う。
「いいのよ。歩くんはちゃんとご飯とか食べてる? たまにはウチにご飯を食べに来てね」
歩ちゃんの体調を気遣う成恵さん。
そういえば、養子なのは歩波だけで歩ちゃんは違うんだっけ。成恵さんからすれば、歩ちゃんも息子みたいなものなんだろうな。
「……はい。ありがとうございます」
けれど、少しぎこちなさそうに答える。
そんな歩ちゃんに違和感を覚える。
少し距離を置こうとしているみたいな感じだ。
「それとも、ここに一緒に住んじゃう? 部屋も余っているし」
「え!?」
成恵さんの言葉を聞いてアタシは思わず声を出してしまった。
みんなの視線がアタシに注目する。歩波なんて、にまぁ~っとした顔をしてアタシを見ている。
「どうかしたの?」
成恵さんは不思議そうに首をかしげる。
「あ、その、歩ちゃ、先生はウチのアパートに住んでいるので、いなくなっちゃうのかなぁって」
「あら? そうだったの?」
「はい……俺は
歩ちゃんがそういうとアタシはほっと胸をなでおろす。
よかった、居なくならないんだ。それに愛着があるって言われると嬉しい。ママも聞いたら喜ぶだろうな。
けれど、アタシとのつながりはあのアパートしかないと思うと少し不安にも思った。
「そうだよ。にいやんの部屋にはたまに泊まりに行くつもりだし」
「来るのかよ」
「なんだよ~。妹に見られて困るものでもあるっていうのかー?」
仲のいい兄妹のやり取りを見て、成恵さんがちょっと残念そうに息をつく。
「……そう。私も景士さんの仕事についていく時があるから、ずっと家にいられるわけじゃないし、仕事で家を空けることが多いから、歩波ちゃん1人で残しておくことがちょっと心配ね」
「いや、私だってさすがに留守番くらい……もう高校生だし」
「火事とか怖いし」
「ああ、家の心配してるのね」
歩波の家事オンチは身内なだけあって知っている。
家に泊まりに来た時に手伝いを名乗り出てくれたのだけれど、あれじゃあ心配される。
「将来が心配だよ」
「に、兄さんだって……」
「あ? 俺の手料理は旨かっただろ」
「くっ……」
何も言い返せず歯噛みする。どうやら、図星みたいだ。
「へー、歩波ちゃんは、料理とかは得意じゃないんだ」
「!?」
ここで透さんの一撃が歩波を抉る。
男の人って家庭的な女の子に理想を持っていることが多いから歩波は少し焦り出す。
「こ、これから上手になりますから! 上手にできたら、透くんも食べてくださいね」
「うん。頑張ってね」
「はい!」
嬉しそうな顔をする歩波。
まあ、好きな人に自分の料理を食べてもらえるのは嬉しいよね。歩波とは正反対で顔を青くする歩ちゃんと成恵さん。二人とも頑張ってね。
「……そろそろ、僕は帰ろうかな」
時計を見ると、19時になっていた。
作業もひと段落したし今日はこのあたりで終わるみたいだ。
「そうか。なら俺たちも帰るか。今日はみんなありがとう」
「本当に助かったわ。ありがとう。それと、歩波ちゃんと歩くんのことも含めて、改めてよろしくお願いします」
「「「「はい」」」」」
みんなは声をそろえて答えた。
成恵さんと歩波とは部屋の玄関前で別れる。
透さんとはマンションの前で別れると、歩ちゃんはアタシたちの方を向く。
「俺はここまで車で来たんだが、みんな乗っていくか?」
アタシたちは二つ返事で歩ちゃんの車に乗ることにした。
◆
夕葵、カレン、涼香さんの順番に家に送っていくと、必然的に変える場所が同じ観月だけが残る。
そういえば、観月に告白されてから車に乗せるのは初めてだ。
観月は何かに悩むような顔でちらちらと俺の方を見ては、自分の胸元に視線を落とす行為を繰り返す。
何だ、何か悩みでもあるのか?
赤信号に引っ掛かり、車は停止する。
ハンドルをリズミカルに叩いて暇を持て余す。そんな時に観月が顔を上げると俺に意を決したように話しかける。
「歩ちゃんって、その彼女さんとどうして別れちゃったの?」
「……別に喧嘩して別れたとかじゃないぞ。俺がこっちで進学してから会うことも極端に減ったというか、タイミングが合わなくなったというか……」
「タイミング?」
「会いたいなーって思った時にいないのは寂しかったな……会えない距離にもどかしさや不安も感じた。向こうも似たようなことを思っていたみたいだ」
互いの状況がしばらく変わることもないので、話し合い別れることになった。
久々に叶実のことを思い出した。
もう連絡先も残していないので、互いの近況を知ることはほとんどなかったのだが、盆で帰省した時に知り合いから叶実の結婚のことを聞いた。さすがに結婚していると聞いた時は驚いたが。
「……歩ちゃんってさ、巨乳の女の子が好きなの?」
「ぶっ!」
いきなりとんでもないことを聞かれた。
「いきなり何聞いてんだ!」
「だって、高校の時の彼女さんっておっぱい大きかったじゃん」
何を言うかと思えば、そのことか。
「別に俺は胸のあるなしで付き合ったわけじゃないぞ」
というより、世の女性の多くが勘違いしていると思われるが、男性は女性が思うほどバストサイズにこだわりを見せていない。
むしろヘタをしたら、男より女の方が胸のことを気にしているんじゃないだろうか……まあ、視線がいってしまうのは本能のようなものだから仕方がないと思ってほしい。
「うっそだー」
「本当だ」
「……じゃあ、アタシみたいなサイズは?」
「……」
何とも答えにくいことを聞いてくる。
「……好きな奴は好きなんじゃないですかね」
とりあえず、当たり障りのない解答をして逃げる。
「ほかの人じゃなくて、歩ちゃんは?」
だが、逃げられない。
マジで恋人に胸の大きさを求めてなんていない。
どういえば納得してくれるんだよ。
「……見た目なんかよりも大切なことがあるからな」
「うわ、クサっ! っていうか、歩ちゃんが言っても嫌味にしか聞こえない!」
「酷くないか」
俺の回答は逃げだと思われただろうか。観月は納得いかなさそうだった。
その後も帰宅の道ながらにも観月に好みのタイプを散々聞かれることになった。
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