2012.10.31 疾風③ 03
思い出したようだ。
横目でチラ見をすると、飲んだ精子の味を思い出したような顔をしている。
「若かったな、ほんと。どこでもやってたもんな。避妊もせずに」
「忠告しとくけど、ああいうところ治さないと、長続きしないわよ」
「んだよ。ああいうとこがいやで、離れてったのか? 俺は朱美との子供が、本気で欲しかったんだぞ。お前と一緒に飼い始めた猫を、いまどんだけ溺愛してるか知らんだろ」
「ああ、もううるさいな。とにかく、誤解しないで。距離をとった理由は色々あるの。でもね、疾風には幸せになってほしいっていまでも思ってるの。嘘じゃない。だから、いまの彼女とは長続きしてほしいのよ。ばか」
路肩に車を停めて、チューしようかと疾風は考えた。
だが、舌を絡めたらチューだけでは終わらない。そうなったとき、MR2はリクライニングを倒すことができないので、最後まではできない。
ならば、チューも我慢だ。
「でもよ。長続きしていいのかね?」
「なにそれ? チンピラの毒気が抜けていってることに、不満を感じてたりするの?」
「不満っていうのとは、ちょっとちがう。ほら、朱美のいうとおり俺ってチンピラっぽいところがある訳だろ。そんな奴と一緒でいいのかなって考えちまうんだ。ほんとにいい子なんだ。俺にはもったいないぐらいにな」
「その理由で離れたら、後悔するわよ」
「思わず断言しちゃうような事件が、過去にあったのか?」
朱美だって、疾風との関係が切れてから色々あったはずだ。これだけの美人をチンコのついた奴らが放っておくとは思えない。
とはいえ、そんなこと想像するのも苦痛だ。
過去に疾風は、遥の父親――つまりは一晩だけの過ちで朱美と体を重ねた相手――をぶん殴ったことがある。
それだけを目的として、生きていた時期もあるぐらいだ。あの頃から精神的に成長していないのかもしれない。朱美のことを考えるともやもやする。
やはりいまでも――
「いや、そういう歌があった気がしただけ。相手のことを考えすぎて、離れたら後悔するみたいな歌詞。ありそうでしょ。しらないけど」
「しらんのかい」
ため息をつきながら、疾風は脇見する。朱美は助手席の窓に肘をついていた。外を眺めていて、横顔さえ見せてくれない。
いまの言葉がどれだけ真剣だったのか、判断材料が少なすぎてわからない。
朱美のいうとおりで、誰かが音楽にのせて語っていてもおかしくはない。曲のタイトルは覚えていなくても、頭の中に残る歌詞というのは存在するだろう。
『たとえばぼくが、戻れないほどに壊れていても~♪』
いま流れている曲で、このフレーズだけは印象に残っていた。
そうか、この曲の歌詞だったのか。
「そういや、カラオケしばらく行ってねぇな」
「昔みたいに、ホテルで歌わないの?」
「むしろ、ホテルにすら行ってねぇよ」
「どういうこと?」
「ほんと、どういうことなのか、俺もわかんねぇよ」
中谷優子に告白をして、付き合いはじめた。
そこから、数か月が経っている。なのに、まだ肉体関係に発展していない。まるで学生みたいな恋愛をしていると、チンコの先の色が変わるほどにセックスしまくった朱美にだけは知られたくなかった。
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