(1)
「君達、私も混ぜてもらっていいかな」
振り向くと小太りのおじさんが立っていた。人が良さそうな顔をしている。
「ええ、いいわよ」
「君は……男性かな?」
「ええ、そうだけど……ちょっと失礼じゃない? ふふ、まぁいいわ。貴方は何をしてる人なの?」
「すまない、気を悪くしないで頂きたい。美しかったからお訪ねしただけなんだ。松菱という会社は知っているかな、一応そこに勤めているんだ。名前は若林。ぜひよろしくね」
「あらぁ、なかなかやり手なのね貴方」
「いやぁ、そんなことないよ。それより君達は……」
「あのぉー」
こちらに会話を振られそうになった時、やけに甘ったるい声が響いた。
「あたしらもここでいーい? なんかぁ、オッサンとかババアばっかでぇ……可愛い子供もいるしぃー、ここがいいかなってね。ねぇー、ゆーやん!」
「……うるせぇ。どこでもいいよ別に」
露出の高いギラギラした服を着ている女性は恐らく二十代。その恋人と思われる男性の服は一見シンプルに見えるけど、ベルトやアクセサリーがゴツい。骸骨とかがついている。腕に抱きつかれたまま、怠そうにそっぽを向いていた。無理やり彼の腕を引っ張りながら、半ば強引に入ってくる。いつのまにか円状に座る形になっていた。これで六人だ。
「えっとぉ……あたしは綱階カエラ。変な苗字っしょ? だからもうすぐ林川になんの! まぁこれも別に可愛くないけど、綱階よりはマシかなって。はい、それからこっちの目つき悪いのがぁ……ほらゆーやん、自己ショーカイだよ自己ショーカイ!」
「うっせ……分かったよ。林川雄……」
「ちなみにゆーやんは、あたしより四つ上だよ」
「お前どーでもいいことベラベラ喋んなっ」
「えー? いーじゃーん」
「ハハッ、仲が良いんだね」
「ん? よく分かってんじゃーんオッサン! なんかパパに似て目が可愛いからシンキンカン? わくんだよねー」
「あはは、それは何よりだ」
いつの間にかペースに巻き込まれてしまっているけど、他の所も同じような感じだ。続々と円型のグループができている。放送で言っていた限りではあまり重要そうに思えなかったけど、こんな状況になっている以上、少しでも情報があった方がいい。この人達と協力することになるかもしれないし。
「あ、あの……私もここに入っていいでしょうか?」
今度は白いワンピースを身に纏った、大人しそうな印象の女性だ。
「うん、どうぞどうぞ」
りょうさんとカエラさんが手招きをして、静かに正座を崩したような姿勢で座った。
「ありがとうございます……。えっと糸井……雪と申します。あの……」
遠慮がちに、初めに声をかけたりょうさんの方を見た。
「なにかしら?」
「遊園地は初めてなのですが……こういうものなのでしょうか?」
「や、やーねー違うわよ! こんなのぜんっぜん違うわっ」
「これもアトラクションってなら納得できるけど、こんな風に拉致なんてしないってー。チョーザンシンすぎー」
二人に一気にまくし立てられて、雪さんは困惑しているように見える。
「これが普通だったら、皆こんなに騒いでいないよ」
優しく宥めるような口調で若林さんが言った。
「な、なるほど……確かに」
「遊園地だと!」
その時、反対側から怒鳴り声が響いた。皆の視線が反射的にそっちに向かう。
「なに言ってんだ! 遊園地なんか来てる暇ねぇんだよ! おい、ふざけるな! 今すぐここから返せっ……オイ! 聞いてるのか!」
「……聞いてなかったのかしら。やぁねぇ、ルリカちゃん大丈夫?」
ルリカは怒声がする方向を静かに見つめていた。その様子から、あまり口数は多くはないけど、精神年齢が高そうに見える。下手すると俺より大人なのかもしれない。
叫んでいた男はスピーカーに直接話しかけようとテーブルに乗り上がっていたが、それは強いマイクノイズによって止められた。
耳を塞いで音が鳴り止むのを待つ。再び静かになったところで、一人の男性が近づいてきた。
「あ、あのーすいませんどこか……空いていませんか」
スーツを着たサラリーマン風の男は若々しく、顔も整っている。三十は超えていそうだけど。
「ここー! ここ空いてるわよー」
いち早く目をつけたりょうさんがヒラヒラと手を振った。ホッとしたように表情が明るくなる。
「あ! ありがとうございます」
細身の体を生かして、人の間を縫ってきた。
「少し起きるのが遅くて、人数オーバーになってしまいました。高村と言います。よろしく……あれ君は学生?」
俺の制服を見て言ったのだろう。はいと頷く。
「そっか、あっちにも制服を来た子がいたよ。一人は私服だったけど二人で話してたから、恐らく友人なのかな。多分君と同い年ぐらいだと思うけど」
同世代がいたのか。後で会えるかな?
高村さんは普段から色々な人に言い寄られているんだろうなという、魅力が溢れた人だった。りょうさんもご機嫌だ。なんか平和だなと思っていると、またノイズ音が鳴った。
「ガガッ……んーマジこのオンボローありえねーし。はぁあーだりー。アレ、繋がってんだっけ? アーそろそろ良い感じかァ? まぁそのお前らの仲良しこよしなんてどーでもいーからお好きにドーゾー。……それにしてもヨー、俺だって機械得意じゃねーのに……なんでここの担当なんだよ……つーか新しいの買えよだしー」
「ほらハルト、あの説明を! ……はぁ貴方は本当に無駄話が多いですね」
「もーうるさいなー、分かってるつーの! ハイハイ、とりあえず今から来る奴らがオマエラを案内するから大人しく従ってくれ。大人しくって分かるか? 大人って書くんだよ。大人なお前らは分かってんな? ほらそこのオッサン。なんかピーピー喚いてたけどさァ、そっちの様子ぜーんぶ筒抜けアッコちゃんなんだよなー。さすがにビヒン? 壊そーとしたら怒っちゃうよ? 怒られちゃうよ? キヒヒッ、どーっちのが大人気ないんだー? お子ちゃまなのかなぁーなァ? ガイ?」
「……っ」
「オイオイ無視かよ。まぁーいいやーなんかめんどくなったしー。あとはアイツら任せよっか。ハイハイいい子にしててねー ……あーあーマジかったりー」
「ほら、そういうこと言わない」
「んじゃお前がやれよォー……」
ガチャリ。雑にマイクが切られた。
「相変わらずねぇ……」
ぽつりと呟くりょうさんの言葉に苦笑いを浮かべていると、部屋に光が入ってきた。どうやら前と後ろにあるドアが開いたようだ。
「はぁーい皆さん聞こえますかー! そのスピーカーは部屋に三つあるので、こっちと真ん中側の人は僕に、それより向こう側の人はあっちの扉から出てくださーい」
幼い少年の声が廊下から聞こえる。恐らくこのスピーカーは、真ん中のだろう。
ゾロゾロと大人数が移動している。大人が立つと、小さなルリカが隠れてしまいそうになった。
「大丈夫?」
話しかけると、小さく制服の裾を掴んだ。
「手、繋いでおくか……」
コクリと頷いて繋がれた手のひらは、小さくて暖かかった。ちゃんと人間なんだと安心してしまう。身長は俺の半分より少し大きいぐらいだ。妹がいたらこんな感じなのかなと思う。まぁこれが妹なら、別次元の遺伝子が必要になりそうだけど。
だんだん人が減って、扉が見えてきた。小さい子が手を振っている。彼がずっと声を出していたようだ。
「はぁーい、ゆっくりゆっくり! 急がなくていいからねー」
少年はチェックのベストと半ズボンを着ている。時計型のポシェットを斜めにかけて、その頭の上にはぴょこんと二つの耳が揺れている。なぜウサギの耳なのか。まぁ確かにテーマパーク感は出てきたけど。
廊下には業務用みたいな大きなエレベーターが二つあった。そこに人を詰めて、流れ作業でどこかに送っているらしい。
「ふぅ……やっと最後のグループだぁ。コウ! そっちは大丈夫?」
コウと呼ばれた子は少年より年上に見える。可愛いらしい少年と比べて少し強面の彼は、無理やりウサギ耳をつけさせられている感じがする。
「俺は大丈夫だ。じゃあミウ行くぞ」
「うん! これで最後だねー。最後は僕も乗っていくから……あれれ? こんなにすっくないの? むぅ人数配分間違えたかなぁ。最初あんなに詰めなくてもよかったや……」
ぴょこんと耳を揺らして中へ招いた。人数に対して、やけに大きいエレベーターが動き出す。
「上へまいりまーすってわわっ! なにしてんの!」
いつのまにかルリカが尻尾を掴んでいた。真顔で。
確かに目の前に真っ白のふわふわした尻尾があったら、触りたい気持ちも分からなくはない。少年はこちらを見て口を尖らせた。
「もーう! 別に本当についてるわけじゃないからいいけど、急に触んないでよぉ!」
「へぇー結構柔らかいんだね」と、どこから出てきたのか耳を触る高村さん。
「もうっお兄さんまでやめてよ! 崩れちゃうでしょ」
「これって崩れるのか?」
おぉ……ふわふわだ。
「うわー! もう大人しくしててってばぁ〜」
わーわー言っていると、あっという間に目的の階についたようだ。ボタンを開くと、一目散に彼のところへ駆け寄った。
「……はい、つきましたよー……ッコウ! みんなが僕の耳とか尻尾離してくれないの〜」
ぎゅっと抱きつかれた少年はいきなりで驚いたのか、尻もちをつきながらその体を受け止めた。すぐに戸惑った表情を戻すと、鋭い視線をこちらに向ける。
「さっさと移動しろ」
こちらが招かれた客ということは頭にないらしい。親の仇でもとるようなキツイ眼光だ。
「大丈夫だったかミウ。……クソッ俺だってまだそれ触ってない……」
「君たち兄弟? 仲良いね」
「きょ……きょっ!」
「うん、そうだよー。ねぇコウ?」
「あ、ああ。お前が言うなら……」
なーんかあの子達訳アリみたいねと、俺の耳元で楽しそうに囁いてくるりょうさん。ルリカはまだ尻尾が気になるみたいだ。
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