最終幕


〔出席番号0番〕

――終わりなのはお前の方だよ、ジョーカー。

篠宮が前に立つ。

「全員をここから出せ。アイツには該当者がいなかったと言えばいい」

「実験は、まだ終わってない……」

「そんな人物はどこを探してもいないのに、だらだらと続けるつもりか? アイツが望んだ物が無かったのなら、早めに切り上げるべきだ。それともお前は嘘をついて誤魔化したまま、適当な人間を代表者だと言うのか? それはアイツへの裏切りじゃないのか。大好きなご主人様から捨てられるのは、お前かもな」

「捨てられる……?」

「全員をここから出して、元の場所に帰すんだ。次のジョーカーが助けになんか来ないぞ。道を塞いできた。嫌だと言っても、お前を壊せば全て終わるんだ」

「……勝手に、すればいいじゃないですか。私は貴方達のことなんて、微塵も興味ありませんし……。ああでも……私が失敗したと思われるのは癪ですね。なら事故を装いましょうか。お互いに壊し合って、続行不可能になってしまいましたと」

「うわっ!」

簡単に全員を振りほどいたジョーカーの力は、人間のものではなかった。

「あ……あれ? 捨て……捨て、られる? あれ、捨て……っ」

こちらに向かってくるのかと思ったら、何かを呟いたまま止まってしまった。

「ご主人様に捨てられる? 私が? 私も……消耗品……出来損ないの機械……オリジナルには程遠い、ただのガラクタ……」

周りの言葉は聞こえていないみたいだ。明らかに普通ではない状態に、皆と顔を見合わせる。

「私を壊す、捨てる……ご主人様に会えなくなる? ああ、そんなこと……っ、誰にも邪魔させない……壊せ壊せ壊せ……っ、何もかも! 壊すんだ! 俺が全てを壊す!こんな馬鹿げたもの全て殺してやる! 死ね……死ねよ……ハク! ……お前が、お前がいるから俺は……そうだ、だから僕はいつも不安になるんだ……お前なんかがいるから……ならばやはり、私が全てを壊そう」

ガタガタと震えながら、表情と声が次々に変わっていく。一体どうなってるんだ。ジョーカーの中では、何が起きている?

「うぉぉぉぉぁぁあああ!」

「……っ危ない、森下!」

篠宮に突き飛ばされたお陰で、殴りかかってきたジョーカーを避けることができた。顔を上げると、次は篠宮に襲いかかろうとしている。あれが当たったら骨を折る程度では済まないだろう。今度は俺が守ろうと、咄嗟に前に出ようとした時だった。

カキンッ! 甲高い音が響く。振り向くと、ジョーカーが立っていた。

「私はそこまで悪い性格ではないと思ったんだけどね」

今現れたジョーカーがもう一人を押さえている。でも、ジョーカーはもう来れないはずだ。よく見るとその顔には仮面がついていなかった。

「っ……お前、何故邪魔をするんだ。同じジョーカーなら分かるはずだろ! ナンバーは!」

「ナンバー? ああ、そっか……作られた順に呼ばれていたんだね。私のナンバーは無いんだ。敢えて言うのなら……ゼロ、かな」

「ゼ、ゼロ……じゃあお前は」

「本物って言うのも、少し変な感じだね」

「オリジナルのジョーカー……本物の、生身の……! そんな……じゃあ勝てない……勝てる訳がない! ご主人様に……、愛してもらえない……っ」

「私の分身だから少しは分かるけど……どうしてそこまで、競おうとするんだ」

「一番じゃなかったら、ご主人様は俺を見てくれない! 僕が本当の子じゃないから……もっと努力しなきゃ、僕は捨てられちゃう! 僕はご主人様の本当の子供になりたかった……血の繋がりがあれば私も、堂々と名乗ることができたのに! ……愛してくれない……俺はずっと羨ましかった……消えることのない血の繋がりが……っ」

「……血の繋がりなんか、関係ない。あいつが俺に興味を持っていたことがあったか? お前の方がよっぽど……子供らしかった」

黙って見ていた篠宮が一歩近づいた。

「……坊ちゃん」

「その呼び方はやめてくれ。あいつの子供だって、無理に示さなくていい。お前達の方が、俺が過ごした時間より長いだろ。……あいつのことはよく分からないけど、お前達のことを大事にしていたのは伝わっていた。俺には絶対に向けられることのない、目をしていたんだ。お前だって知ってるだろ? あいつがどんな目で、お前を見ていたか……」

「ジョーカー……もういいんだ。私が君達の想いを背負って、無駄にしないようにするから。もう苦しまなくていいんだ」

「俺は……ご主人様にとって、大事な一人だった……?」

「ああ、もちろんだ。あの人はジョーカー一人一人を愛してくれていたよ。そんな風になるまで悩ませてしまって、ごめんね……私が弱かったから、そうさせてしまった。責任を取るから、君は一足先に眠って。オヤスミ……ジョーカーとして生きてくれて、ありがとう」

仮面を外して、その下の素顔を撫でる。苦しみに歪んでいた顔は穏やかになり、微笑んでいるように見えた。仮面を服の中へしまうと、こちらに振り返る。

「校庭へお集まりください。出口を開けておきましたから」

「ジョーカー、ありがとう。今だけじゃなくて、あの時も……お前だったんだろ? 一緒にゲームができて楽しかったよ」

「……お礼を言うのは、私の方です。さぁ貴方も早く、下へ」

返事をして背中を向ける。廊下に出た辺りで、後ろから呟く声が少し聞こえた。

「貴方のお陰で、私は人間らしさを取り戻すことが……いえ教えてくれたのですね。誰かを守りたいなんて、以前だったら考えられませんでした。こんなことをすれば、きっと私はこの後……それでも良いのです。最後のページが貴方で埋まるのが、嬉しいから」

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