三幕

次の日は朝から集められた。その中で、ジョーカーは核心に迫る一言を放つ。

「このクラスの代表者を決めて頂きたいのです」

「クラスの代表って……委員長じゃないんですか?」

ピクリと委員長の眉が動いた。

「いいえ……もちろんそれとは別に、ですよ。私の目的はこれなんです。皆さんには様々な角度から考えて頂き、残った方をこのクラスの象徴とさせてもらいます」

そこで一息つくと、仮面をメガネのようにクイッとずらしながら教室を見渡した。

「そうですねぇ……まずは分かりやすく人気投票といきますか」

マントの中から、カラフルな重厚感のある箱を取り出した。うにゃうにゃとマーブル模様の濃い色彩の上に、ゴテゴテとした銀箔やチェーンのような装飾がついている。

「マジックではこの様に派手な箱を使うこともありますね。でもほとんどはシンプルなボックスでしょうか。何もないですよーなんて観客に確認させて、暴いてやるぜーって気にさせるのが大事なんでしょうね。話が脱線しました。次のは裏も表もない、不正なしの投票です。じゃあ早速ルールを」

チョークを指の隙間からいきなり登場させて、クルッと回転してから黒板の方を向いた。いちいち芸が細かい奴だ。なんて頬をついている間に、意外にも綺麗な字で黒板は埋まっていく

「えーっと、まずは最初なんで練習としましょう。だから結果が悪くても泣かないでくださいね? ふふ……さて今回は人気投票ですので、自分が選びたい人に素直に投票しましょう。でも私はこのクラスの象徴を、大事に決めて頂きたいのです。しかしそれを一度の投票で決めてしまってもいいのか? ですからこれは、クラスに選ばれなかった……脱落者を決めるものだと思ってください」

そう言い放ったジョーカーの目は真剣で、脱落者という文字を大きく書いた。

「脱落者って……どうなるんですか」

震えた声で、一人の女生徒が言った。

「あー大丈夫ですよ。いきなりぶっ殺したり処刑とかしませんから、ははは。校庭に大きい箱のようなものがあったでしょう? あれに入って頂きます。通称――パンドラの箱。まぁ開けるのは私達ですから君たちは関係ないんですけどね。私達にとって希望となるか絶望となるかは、君たち次第……期待はしないでおきますけどね! ククク……」

節々に入る不気味な笑い声に、教室は凍りついていた。

校庭の箱、あの大きさなら人なんか簡単に入るだろう。カッチリと冷たい金属の塊、中はどうなっているんだろう……。

「じゃあ予行練習なんで、準備はいらないですね。今皆さんが思い浮かべているこのクラスに残したい人物一人を書いてください。相談はナシです。名前を書かなかったり、存在しない名前を書いたり、自分に投票することは禁止。必ずこのクラスの一名を書いてくださいね。この投票に選ばれなかった人物が脱落者ですよ」

サッと腕を上げると、一人一人の机の上に紙が降ってきた。これも手品の類いだろうか。

「それでは、やってみましょう」

ニヤリと口の端が上がった。

室内はペンを走らせる音だけが響いている。机に思い切り伏せてる見られないようにする奴、誰にするか何回も教室内を見つめる者。俺はあまり考えずに書き終わってしまったけど……。何の為にこんなことをしているんだ。

「書き終わったら二つ折りにでもしておいてください」

一人ずつ机から回収する際に、横を通ったジョーカーのマントで小さく風が起こった。

やがて全員分集め終わると、楽しそうに箱をじゃかじゃかと振る。

「いやぁードッキドキですねー! 見たところ皆さんちゃんとルールを守って頂けたようで何より。さてと! 最初の一枚は……ジャン! ……篠宮くん! はい篠宮くんに一票〜」

黒板に正の字の横棒が引かれた。何人かが篠宮の方を見たけど、いつも通りの顔だ。

そんな調子で続けていくと、だんだん空気が重くなっていく。確実にゼロ票の奴が出てくると分かっていたからだ。

俺は意外にも二票入っていて、同じ部屋のあいつらが入れてくれたのかな、なんて考えていた。

全員読み終えた所でゼロ票だったのは五名。ジョーカーは投票の結果を一瞬で消して、新たに彼らの名前を書いた。

「選ばれた方は良かったですねぇ。しかし本番はここから! 残った五名でもう一度投票してもらいます。最低で一人消しますが、同じ票だったらその方の敗退もあり得るということで……あと今回は選挙活動も相談もオッケーです。もちろん何もしなくても良いですよ。ではこれから三十分自由時間と致します。この五人の誰を残したいか、よーく考えてくださいね」

ではではーとジョーカーが消えると、一気に緊張が解けた。

「あーマジ怖かったー」

「あたしに入れてくれたの真美?」

「もう呼ばれないかと思ったー」

「てかハク様、票取りすぎなんだけどぉ〜」

「これ女子だけの票じゃないべ?」

「男子は割と均等に割れたよな……」

ガヤガヤ騒いでる中で、浮かない顔の五人。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 練習だって言ったじゃない!」

「ねぇ! あたしに入れてくれない?」

一人が動き出すと、他の四人も騒ぎ出した。

「なぁ頼むから俺に……」

「待ってよ……ねぇ私に入れて!」

単独で行動しがちだった彼らは、この同情票をいかに入れられるかに賭けている。その中で久我祥子だけは、一人で窓辺に立っていた。元から他人を寄せ付けようとせず、殆ど一人でこなしてしまう人だ。鋭い目に潜む意志の強さが伺える。

「……森下」

そんなこと考えていたら誰かが寄ってきた。

「篠宮、どうした」

「いやなんとなく落ち着かなくて」

「そっか。俺もだよ」

「……どうでもいいかもしれないが、俺はお前に入れた」

「え、なんで!」

「他は……名前よく知らないし、お前で良いと思った」

「そ、そうか……ありがとな」

「……森下は」

「あー、ごめん。その……玉城に」

「いや良いんだ。玉城は一票だったし、お前のおかげでアイツは落ちなかった」

相変わらず抑揚のない喋り方で感情は掴みにくいけど、なんとなく怒っている気がした。ジョーカーのやり方が気に入ってないのは篠宮も同じかもしれない。

「お前も結構入ってたよな。良かったじゃん」

「……よく知らない人物からの票が入っていても別に……。それによく考えれば次の展開ぐらい読めただろう。そうして一票ずつでも入っていれば全員に回ったのに、わざわざ一人にばかり入れる意味はない」

「まぁ……そりゃそうなんだろうけどさ。それは理想論じゃん。やっぱりそう上手くはいかないと思うよ。最近空気悪いし」

「……そうか」


あっという間に三十分が経ち、ジョーカーが帰ってきた。教室の中を確認すると、笑みを浮かべて五人を並ばせる。

「はぁーい、もう決心はつきましたかね? ではいっちゃいましょーか」

もう一度紙が舞うように全員に配られると、今度は書く音が消えるぐらいザワザワとした環境になった。それが逆に、前にいる五人の不安を煽っているようだ。

「さぁーて、誰が消えちゃうのかなぁ……おや、早いですね。私、優秀な人は大好きですよ! じゃあドッキドキの結果発表だよ〜」

パッと回収すると、箱に突っ込んだ。五人の後ろに回って何かを確かめるみたいに、一人一人の肩に触れる。

「心の準備はよろしいですか」

端の一人がピクリと肩を動かした。

「はーい石野さん一票〜、斎藤くん一票」

安堵したり思わずヨシッと発している奴の横で呼ばれない人は、可哀想なぐらいに顔色が悪くなっていくのが分かる。

「……久我さん一票、藤沢さん一票、斎藤くん一票……」

だんだんと結果が見えてきた頃に箱をひっくり返して、指をパチリと鳴らした。

「と、いうことで……なるほどこういう結果になりましたか。ま、仕方ありませんね。よろしいですか藤沢さん?」

「……っ、なん……で」

「皆も色々考えて投票したのです。貴方に入れなかったのではなく……他の人に入れたから、貴方のところへは入れられなかった。貴方にとっては入れる入れないの二分の一ですが、皆にとっては五分の一なのです」

「そんなこと……っ分かってるわよ」

「ちょっとそんな言い方ないじゃない!」

隣にいた石野が、ジョーカーの方を睨んだ。

「おや、君がどうこう言える立場ですか? 石野さんと藤沢さんの差はたった三票でしたのに」

「つーかこんなことして何の意味があるんだよ!」

「……もう忘れてしまったのですか? まぁ良いでしょう。さぁ藤沢さんどうぞこちらに。皆さんも校庭にお集まりください」

にこやかな笑顔で藤沢の肩を抱き歩く。その後ろを躊躇いながらもついていった。

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