一幕

妙な倦怠感の中で目が覚めた。頭が重い。無理やり目を開くと、だんだんと意識が覚醒し始める。同じ姿勢をしていた為か、腕が痛い。うーんと伸びをし、ゆっくり上体を起こす。今目を閉じたら、また眠ってしまいそうだ。

それにしても珍しい。学校でここまで爆睡してしまったのは初めてだ。一つ欠伸を零し、ぼーっとする頭をなんとか起こす。

黒板の前ではいつも通りに、淡々と先生が話していた。

なんだ世界史か……。はっきりと言葉にするのはちょっと悪いけど、この人の授業をマトモに受ける生徒はいない。生徒ではなく殆ど教科書に話しかけているみたいだし、その声が小さいので、前の方でもちゃんと聞こえない。

時計を見ると、残り五分で授業が終わることに気がついた。結構寝てしまったみたいだ。しかし黒板を見ても、あまり字は書かれていない。

まぁいいかと開き直り教室を見渡す。同じように寝ている奴は多く、起きている奴も片肘をつきながらぼーっとしていたりと、全体的にダラダラとしていた。

あーそうか、今日はいつもより暗いんだ。晴れの日は直で日光が入ってくる明るい教室だけど、今日は夜みたいに暗かった。雨だったっけ? とりあえず晴れではなさそうだ。こんなにどんよりした天気って、台風でも近づいてたりして。まずいな傘持ってきてない……。

そんなことを思いながらも、実は少し気分が上がり始めていた。学校の中が暗くなると、いつもとちょっと違う感じがして好きだ。

昔は学校に泊まったらどうなるんだろうなんて、よく考えた。そしたらやっぱり寝るのは体育館かな……皆で雑魚寝も楽しそうだけど、せっかくなら他の場所も選んでみたい。保健室は誰かに取られそうだし、理科室で学校の七不思議を調べる……のは勘弁だな。穴場の場所はどこだろう。

そんなどうでもいい考えは、チャイムと共に終わった。暇な授業の時って、随分くだらないことを考えちゃうな。

「それではこの続きは明日に」

お馴染みの台詞を聞き流し、やっと終わった授業に力を抜く……前に先生が止まった。

どうしたんだろう? 他の生徒もそう思っただろう。先生はなぜか扉から半分足を出したところで、口を開け固まっている。その後ろで先に廊下に出た生徒が声を上げた。

「あれ、なんだこれ?」

釣られた野次馬が、何人かゾロゾロと出て行く。

「これどうなってるんだ?」

そんな声がいくつも聞こえ、単なる好奇心で後ろからちょっと覗いてみた。

「シャッターが閉まってる!」

誰が言ったか分からないが、確かに窓の外はシャッターで覆われている。お店を閉めるときに、ガラガラと下ろすアレだ。

「おい! こっちもだぞ!」

また誰が言ったか分からないが、教室のカーテンを開くと、そこもまた同じようになっていた。

なぜこんなものが? あ、だから暗かったのか。一つの答えと新たに疑問が生まれた。

試しに窓を開けると、シャッターまでは十センチ程の隙間があり、触れると冷たく固かった。

ざわざわしている中で、思考を遮る音が響いた。

ピンポンパンポン――「えー……教員は大至急、職員室。生徒の皆さんは二十五分に体育館に集まってください。えー……繰り返します……」

年老いた教頭のガサガサした声が響く。その内容に、周りのざわざわも大きくなる。先生は駆け足で教室を出て行った。

「あれ? 隣って体育だっけ」

女子生徒の声が聞こえた。廊下に出ると、両隣の教室はガランとしている。

確か火曜日の六時間目は……。思い出せない時間割を確認しに行こうとすると、やけに興奮した様子で男子生徒が走ってきた。

「おいおい、隣どころか他もいないぞ! 今試しにこの階見てきたけど、誰もいなかったし!」

「え……ちょっとそれどういうこと?」

いつもなら廊下に他の学年の生徒も来るし、この状況ならもっと騒いでいてもおかしくない。この教室以外が全て体育なんてそんなこともあり得ないだろう。……生徒が消えた?

「とりあえず体育館に向かおう。もう十八分だ」

そうズレてもいないのに、委員長は眼鏡を指で押し上げる。彼曰く、分かりやすいキャラを演じることも必要なんだと昔言っていた。でもそれをこの間本人に言ってみたら、無かったことになっていた。

そんなわけで彼の指示に従い、キッチリと廊下に全員が並ぶ。二列で。別にここまでする必要もないと思うが、彼はこうしないと面倒臭いので、怠そうにしながらも皆ちゃんと列になった。多少は並び方がぐちゃっとしていたけど、彼も彼なりに困惑しているようで、そのまま歩き出した。

階段を降りても、何も聞こえてこなかった。下の階は防火扉が閉まっていたけど、人気は感じられない。他の学年の生徒は、どこに行ってしまったのだろうか?

静かな校内で自分達だけ並んで体育館に向かう図は、なかなかシュールだ。

体育館に行くには一度校舎から出て中庭を通る必要があるが、いつものように下駄箱を通ろうとしたところで、先頭が止まった。

「なにー?」と後ろから聞こえる声。ゾロゾロと列を崩し出てみると、みんなが上を向いていた。そのシャッターは外までも遮断し、空が見えなくなっていた。どうやら学校全体が囲まれているようだ。こんな大掛かりなことをいつ、誰がやったんだろう。

とりあえず何か分かるだろうと、足早に体育館へ向かった。

ガランとしている体育館の中央に、適当に腰を下ろす。やっぱり外が暗いと、夜みたいだ。

さっき考えていたことを思い出して、少し興奮していた。一人だったらパニックだっただろうけど、顔見知りが三十人ほどいると、警戒心も薄まってしまう。

毎日同じような日常の繰り返しの中で、たまに起こるイベント的な事が楽しくないはずがない。それに今回は過去に類を見ない、なかなか非日常的、イレギュラーな出来事じゃないか。それは皆も同じなのか、どこか会話が浮き足立っている。

「これってなんかのドッキリ?」「それにしても結構大規模じゃない?」「学校何したんだろね」

ヒソヒソ話が大きくなって来た頃、体育館の電気が消え、ステージにスポットライトが当てられた。一瞬静かになるものの、先ほどより話し声は大きくなる。

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