(1)

細い道を通って、一般用の広い場所に出た。ここから今来た道を見ると、ただの行き止まりのように見える。本当に詳しくないと、あの場所へは辿り着けないだろう。

自分が使う為だけに作った場所。大事なところなんだろうけど、何か暗号やお宝が隠されていたりはしなさそうだ。

少し歩いただけなのに、いつの間にか辺りの雰囲気が変わっていた。足元は落ち葉が絨毯のようになっていて、元の道が見えない。それなのに、周りの木は緑の葉だった。

「はい、右手に見えますのは〜」

手を上げて、それらしく口調を真似ている。妖精の常識は知らないけど、それなりに色々知っているらしい。

「こびとさんのおうちでございま〜す」

家を囲むように数本の木々に電飾がつけられている。派手なイルミネーションではなく、さりげなく葉を照らしている程度だ。その下はキノコの形をした椅子や、ドングリの灯りなど、可愛い空間が広がっている。

「せっかくなんで、ちょっとお邪魔しちゃいましょうか。気分は白雪姫ですね」

一際目立つ大きな大樹に、窓やドアがつけられていた。これが家らしい。

勝手に開けてしまったが、誰かいる様子はなさそうだ。ベッドや椅子、スプーンなどの小物までちゃんと小さくなっていた。

天井に頭がつかないから、人間が入っても問題ない広さはある。二階は個室がいくつかあって、その内の一つを物色し始めた。壁についていたハンドルに触れると、躊躇なく回す。

「それって何してるの?」

音がしたと思ったら、頭上から明るい光が差し込んだ。天井の一部分が今ので開いたようだ。なんでこんな仕組みになっているんだろう。

「こっち来て、良いものがあるの!」

目がキラキラと輝いている。ここもリリーのお気に入りのようだ。夢中になると、周りが見えなくなるタイプ。ちょっとおてんばな子っぽいな、なんて笑ってからそっちに行こうとした。これ届くのか? 決してオレが小さいわけじゃない。リリーだって羽があるから行けたのだろうし。

天井に向かって何回か飛び跳ねてたら、指先が微かに触れた。

「うっ、もうちょい……」

これ以上は無理だ。諦めようと思ったとき、スッと体が軽くなった。

「はい、ご到着です」

「うん……ありがと」

そこには二人乗りのぐらいの乗り物があった。見た目はただの木箱に見えるけど。それに乗り込み、紐を引っ張ると、滑車が回り上へと動く。木の最上部に着いた。結構高い位置まで上がれるようで、先ほどの木々の頭が見えている。かなり遠くまで見渡せた。

前はサバイバルができそうなジャングルが広がっている。その真ん中には、美しい湖があることも確認できた。

「こっちからは……って、あ! ごめんなさい。まだ繋いだままでしたね、えへへ」

「いや、こっちこそ夢中で……」

引っ張り上げられた時に繋いでいた手を、ゆっくり離す。顔を見合わせると、思わず二人で笑ってしまった。何がおかしいのかも分からないけど、こんな風に誰かと笑ったのはいつぶりだろう。妖精は不思議なパワーでも持っているのかもしれない。存在自体が凄いけど。

「でね、こっちからは妖精の森が見えるのよ」

ぐるりと後ろを向いたその一角は、ピンクがかった白いもやに包まれていた。なんとなく甘い匂いが漂ってくる。

ここからでも見えるほどの大きな花は、実際に近くで見ると、かなり大きそうだ。巨大な物で囲んで、妖精の気分を味わおうみたいなことらしい。

森の端には滝が流れていて、その下に虹が出ていた。水の色が時々黄色やピンクに変わる。どの色も、黄金色の光が射し込む空に似合っていた。幻想的な空間は、架空の妖精が本当にいると思わせてくれる。

「妖精の森ってことは、あそこに住んでるの?」

「そういう設定……あ、じゃなくてたまに帰ったりするけど。わ、私はちょーっと特別だから基本的にはマスターの側でお仕事をして……いて」

どんどん口調が弱くなり、黙り込んでしまった。

「どうしたの」

「話して良いのか分からないけど……ちょっと前から、マスターに会わせてもらえないの」

「えっ? なんで」

「……分からない。今マスターに会えるのは、あの人達だけみたい。さっきの彼と、もう一人。本当の側近の人。前は私もお手伝いとかしていたのに……理由も聞いても教えてくれない。会えないだけじゃなくて、実は姿も全然見えなくて……外に出ていないみたい。今日だって貴方を案内する係を任されたのは嬉しいけど、その人達に言われただけなの。私心配で……もしマスターがその、ここからいなくなってたりしたら……っ」

「大丈夫だよ。今回俺を招待したのは間違いなくその人なんだから。いないなんてあり得ない。何があったか分からないけど、一緒に会いに行こう」

「……っ、ありがとう……ございます」

「じゃあ次のところも案内してくれる?」

了解しました! 涙を拭いてにこりと笑う彼女は、もう復活したようだ。

その人達の一人は帽子屋だ。内部を詳しく知らなければ、そもそも手間をかけて俺をここまで連れて来たりしない。ここに来れば分かるとか、アリスを知るべきとか、そんな発言をしているのだから彼女はここにいるはずだ。俺は会って話を聞くつもりだったけど、もしかすると彼女は喋れない状況だったりするのかもしれない。その上で俺を利用して彼らがこの場所をどうにかしようしている? でも、あの時見た帽子屋の目を信じたい。アリスはギリギリの状態で、俺が来ることが最後の望みだったら……もう結構この遊園地やばい感じなんじゃ。一番最初、サイトに出てきた彼女の言葉は恐らく本物だろう。俺の話に興味を持ったのが嘘ならその時から、本当ならまだ最近のことだ。望みはあるかもしれない。分かったのは、この状況はやっぱり異常事態だということだ。アリスという人だけでなく、もっと大勢、下手すればここがなくなってしまうかもしれないぐらいの。


ところどころに壊れた柱や石像が倒れていた。その先に、廃墟のような不気味なトンネルがある。

「ここが駅?」

冷気が漂う、暗くじめじめした空間を恐る恐る進んだ。石の階段を登ると、急にちゃんとしたホームが現れた。駅内はどこも壊れていないし、なんなら汚れの一つもない。

「な、なんだこれ……」

ホームに立っていたのは、様々な種類の人形達だった。それらが人間のように電車を待っている。俺の隣では猫が帽子をかぶって、新聞を開いていた。つまらなそうに見ているその表情はただのサラリーマンだ。

他にもプラスチックの人型人形、剥製ほどのリアルなクマ、風船を配ってそうなうさぎの着ぐるみ、ブリキの馬、フランス人形、人体模型、可愛らしい子供用のオモチャ達がジャンルをぐちゃぐちゃに……しかし全員そこが自分の居場所と主張するように、存在していた。

奇妙な空間だ。少し背筋がぞっとする。

「みんな電車を待ってるんでしょうね。彼等が乗ることはないけれど」

「人形が電車に?」

「マスターにとっては意味があることなのよ……まだまだこんな場所は続くけど大丈夫?」

「あ、ああ。慣れるようにする」

改めて、アリスの頭の中を覗きたくなった。アイデアがあったとしても、それを形にしようとする人は一握りだろう。ましてやこんな、一件意味のないものを、大金を使ってまで作ろうとする人は。

やってきた電車は案外普通だった。丸みを帯びた外観は、鮮やかな青一色で塗られている。黄色のラインがアクセントだ。窓はかなり大きく、外からでも中の様子が見えた。

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