強くなったな

さくらの仕事復帰を目前にして思いがけないこともあったものの、


「無事、仕事復帰できました。これも先生のおかげです」


と、満面の笑顔でさくらが挨拶に来た。


「お~、良かった良かった。復帰したはいいが自分の机がなかったとかいう話も聞くからな。もしそんなことになってたらそれこそ編集部に怒鳴り込んでたかもしれん」


やや冗談めかしてそう言ったアオだったものの、実は半分は本気だった。


そんなアオに対して、さくらは、


「先生ならそう言うだろうと思ってましたから知られる前にぶっちゃけておきますけど、実は先生以外の担当は外されてました。なので、先生がいなかったら本当に机がなくなってたかもしれません」


と、ニコニコ笑いながら言ってのける。


「って、それは普通に考えて大事おおごとなんじゃないのか!?」


アオが慌てて声を上げると、ミハエルと一緒にボードゲームをしていたあきらが、


「アオ…?」


心配そうに顔を上げる。


けれどさくらは平然としていた。


「さすがに半年も他の人が担当になってると、その間にやっぱり人間関係自体が出来上がってしまいますからね。それでまた担当が変わるというのは、他の先生方にとっても負担じゃないですか?」


事もなげにそう言って微笑む。


「いや、確かにそれはそうかもしれないが……!」


理屈は分かる。しかし、


「しかしそれでは育児休業を取ること自体がリスクになってしまって、いつまで経っても制度が浸透しないのではないのか?」


とアオは思ってしまう。


「確かにそうですね。でも、他の先生方の創作に対するモチベーションにマイナスの影響ができるのは私は望みません。これでも私は、プロの編集者の端くれです。私が担当として復帰するのが望ましくないのなら、潔く身を引きます」


きっぱりと言い切ったさくらに、アオも黙るしかなかった。


しかしそれでも、それでもやはり納得できない。


加えて、


「さくらの覚悟は立派だと思う。だがそんな風に言うと、『やっぱり妊娠するとか無責任じゃないか!』などと言う奴も出てくると思うんだ」


と、懸念を口にする。


「それもありますね。だけどこの世の中というのは、一つの決まりきった答えですべてが成り立ってるわけじゃないと私は思うんです。違うということも認めなきゃいけない時もある。


私はそれをエンディミオンから教わりました。彼の存在は、私達の思う当たり前からは大きく逸脱しています。その事実を思えば、このくらい、どうってことないですよ」


堂々と、それでいて穏やかに述べるさくらに、アオは、


「強くなったな、さくら……」


しみじみと呟いたのだった。


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