彼になら
「そうか、そんなけしからんのがまだいるんだな。残念なことだ……」
さくらの話を聞いて苦い顔でそう呟いたアオだったが、しかしさくらが自分が突き飛ばされそうになったことに憤っているのではなくて、その場でエンディミオンがキレずにいてくれたことを喜んでいるのは分かっていた。
世の中には、
『ムカつく奴はとにかく殺せ』
的な発言をする人間が本当に多い。しかし世の中で起こる、特に<粗暴犯>と呼ばれる種類の犯罪のほとんどはそういう発想で行われていることに気付いている者はいったいどれだけいるのだろうか?
自分達がそういう発言をすることで、粗暴犯達に自身の行いを正当化する根拠を与え犯罪のハードルを下げていることに気付いている者がどれだけいるのだろうか?
こう言うと、
『冗談を真に受けるとかwwwwww』
などと自身の行いを誤魔化そうとする者がいるが、それを<冗談>だと言うのであれば、なぜたかが漫画や小説やアニメの中のことにいちいちキレるのか? アニメ関係者や果てはスポンサーにまで突撃する者がいるのはなぜなのか?
<冗談>ですらない、フィクションの中のキャラクターの行いや出来事にリアルでキレるのはなぜなのか?
そういう人間が、自分の軽口が原因で何か起これば、
『冗談だった』
と言い逃れるような輩の言ったことを真に受けるような人間を嗤えるのか?
アオは、事件を起こすような者を嗤えるような立派な人間ではないと、自分自身を評している。そして他人を嘲笑うような人間ではいたくないと、つい嘲笑ってしまった時にはそんな自分を正当化するような人間ではいたくないと、思っていた。
だから、
『エスカレーターは手すりにつかまり、ステップの中央に立ち止まってご利用願います』
とアナウンスが流れる中でそれを無視してスカレーターを駆け下りて妊婦を突き落としかけ、あまつさえ、
『ちっ! 邪魔なんだよ。うろうろ出歩いてんじゃねーよ…っ!』
などと舌打ちし、そしてそれを咎められたら逆ギレするような人間にはなりたくないと思っていた。
故に、そういう輩にキレて後先考えずに事件を起こすようなことをしなかったエンディミオンを立派だと思えた。
もちろんそれはさくらが止めてくれたからというのもあるだろうが、さくらの言葉を聞き入れてくれるというだけでもすごいことだと感じる。
そんなエンディミオンなら、これからもさくらを守ってくれるだろう。
ただ『暴漢や犯罪から彼女を守る』というだけでなく、目先の感情に囚われて自分が事件を起こしさくらを地獄に突き落とすようなこともしないだろうと思えるのだ。
彼になら、さくらを任せられると思えるのである。
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