遺影

それは、エンディミオンが推測したとおりのものだった。


高さ奥行き共に約二メートル程度の、<部屋>と呼ぶにはあまりにも小さな、それこそせいぜい物置のような空間だった。


ただ、壁も天井もコンクリート製の、それなりにしっかりした作りだった。だから簡易の防空壕としても使われていた可能性はある。


けれど、そこには、やはりエンディミオンが探知した通り、木製の椅子と、<それ以外の何か>、つまり<人形>があっただけだった。


でも……


「薄気味悪い人形ですね…」


梯子を下ろして慎重に下りた作業員が、椅子に座った人形を見て言った。


さすがに長年密封されていたことでカビ臭い空間にポツリと置かれたそれは、等身大の少女の人形だった。大きさ的には十歳前後くらい相当と言ったところだろうか。


緩くウェーブした栗色の髪を肩まで伸ばし、白いワンピースをまとった、少女人形。


「しっかし、なんで人形だけこんな風に…?」


言われてみれば確かに不自然だった。いったい、何の意図があってわざわざこのようなことをしたのかが分からない。


まるでその人形そのものに何か<いわく>があって、それを封じ込めようとでもするかのような、どこが儀式めいた印象さえ受ける不自然さだった。


だが、ミハエルには察せられてしまった。


「たぶんこれは、<遺影>だ……。亡くなった人の姿を再現した、<立体的な遺影>だよ……この地下室そのものが、亡くなった人を悼むために作られたモニュメントなんだ」


アオの耳元で、囁くように彼は言った。


「まさか……」


さすがにすぐにはピンとこなかったアオが思わず聞き返すと、ミハエルは、


「昔、古いお城の一室で同じものを見たことがある。亡くなった愛する人の、姿だけじゃなくその人が暮らしてた様子まで再現していつでも傍に感じられるようにってしたものがあったんだ」


と説明する。


「じゃあ、この人形は……」


「たぶん、ここに住んでいたウェアウルフの女の子だと思う」


「……!?」


「この人形の髪は、ウェアウルフのものだ。匂いで分かる……亡くなったウェアウルフの女の子の髪を移植した人形だ……」




結局、特に何か危険があるわけでないことは確認され、その<部屋>をどうするかについては改めて考えることとして、今日のところは、元の鉄板の代わりに樹脂製のパネルを蓋代わりに置いてさらにその上からビニールシートを被せ、雨水などが侵入しないようにした。


「……さすがにちょっと予想外だったよ。てっきり遺体でもあるのかと思ってた」


帰り道、アオが呟くように言う。するとミハエルも、


「僕もそう思ってた……」


と応える。


しかしすぐにほんの少しフッと微笑んだように表情を緩めて、


「だけど、ちょっと安心したよ」


とも言ったのだった。


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