手間
ストーカーの女性に見られていることを知りつつ、アオとミハエルは堂々としていた。
荷物の積み込みが終わり、トラックが走り去るのを見届けた後、二人もタクシーに乗って、引っ越し先へと移動する。
その後を、ストーカーの女性もやはりタクシーで尾行した。
引っ越し先は、アオが作家として契約し、さくらが勤める出版社を挟んだ反対側。自動車でスムーズに移動できれば三十分ほどの距離だった。
しかも、電車でなら乗り換えなしで出版社から来られるので、むしろさくらにとっては便利になる。
その物件を選んだのは、それが一番の理由だった。
搬入作業を見守るアオとミハエルを、当然のようにストーカー女性が見ている。
実は、ミハエルがフードを目深にかぶっていることで顔が見えず、その子供が探し求めている<彼>であるという確証が得られず、女性は苛立ちを募らせていた。
『もう…! どうして顔を見せてくれないの……!』
むしろどうして顔を見せなければいけないのかという話なのだが、ストーカーにそんな道理は通じない。
『……』
バリバリと自らの爪を食いちぎる女性の様子を、ミハエルは、女性の方には顔を向けずにフードの奥から悲しげに見ていた。
『僕はあなたの気持ちには応えられない…ごめんね……』
口には出さず心の中でそう詫びた。
彼にしてみればストーカー程度は脅威ではない。ただ、それが自分の周りでトラブルを引き起こすことが悲しいだけだ。
夕方までには搬入作業も終わり、新しい部屋でアオとミハエルは積みあがった荷物の間で紅茶を飲みながら向かい合う。
「さて、引っ越しは終わったけど、やっぱり振り切ることはできなかったね」
「うん。すごい執念を感じたよ」
「でもまあ、ここまでは想定通り。振り切れれば御の字ってだけだから別にいいよ。さらに次の物件の目星もつけてる。後はストーカーの出方次第だね」
「ごめんね、僕のせいで」
「あ~、あ~、それは言いっこなし。大変なのはミハエルの方なんだから」
ひらひらと手を振りながらアオは笑った。
実はすでにここまでで、アオとミハエルは逆に女性の行動を把握していたのである。
ミハエルが気配を消して女性を監視し、住居も確認。年老いた祖父母とたまにしか帰ってこない母親との四人暮らしであることも判明していた。
やはり女性の家はアオの元のマンションから歩いても五分程度の近さにあり、女性の行動範囲がアオやミハエルのそれと大きく被っているのも確認できた。
しかし、新しいマンションは女性のそれからは大きく離れ、監視するには手間が増えることになる。
ストーカーにとってはその程度の手間は大した問題ではないのかもしれないが、それはあくまで、『お目当ての人物がそこにいれば』の話であろう。
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