意固地

そうして、アオとミハエルが一緒に暮らし始めてから数ヶ月の時間が過ぎた。


冬の寒さも峠を越え、ゆるりと流れる風に春の気配を感じ始めた頃、それまでと全く変わらないアオとミハエルの姿があった。


そして、さくらとエンディミオンの姿も。


やはり打ち合わせの為にアオの家を訪れたさくらを、エンディミオンがすぐ近くの公園で待つ。


もうすっかりおなじみになった光景だ。


もっとも、それを知る人間は、アオとさくらだけだったが。


「彼も我慢強いね」


今日も公園で見張っていると聞き、アオが思わずそう漏らした。しみじみとした響きの、実感が込められた声で。


「はは……ホントにそうですね。いい加減、諦めたらいいのにと私も思います」


さくらが苦笑いで応えた。


とは言いつつも、彼のすることを無理にやめさせようとは思っていなかった。彼が納得するまで好きにさせようとさえ思っていた。


そしてそのことが、功を奏しているとも言える。


下手に彼を説得しようとして諦めるように申し入れても逆に意固地になるのは彼の性格を既に把握しているさくらには火を見るよりも明らかなのだから。


「今日はコーヒーか紅茶かどちらがいいですか?」


客間で原稿を広げながら向き合っていたアオとさくらに、ミハエルがそう問い掛ける。


「紅茶でお願いします」


当たり前のようにさくらが応えた。


と言うか、完全に当たり前のやり取りになっていたのだが。


こうして三人が和やかに暖かい部屋の中にいるのに対し、エンディミオンはさすがに日が暮れると寒くもなってくる公園で一人、アオの部屋を睨み付けていた。


『オレはいったい、何をしてるんだ……?』


『いや、これは必要なことなんだ。吸血鬼を狩るために……!』


それは、もう何百回繰り返したかも分からない自問自答だった。あのミハエルとかいう吸血鬼はいつか必ず本性を現す。そうすれば容赦なく狩れる。さくらを守る為に。


その考えがエンディミオンの心の拠り所だった。


しかももし、三人が自分に同情的な声を掛けてきたリ、


『部屋に上がったらどう?』


みたいなことを訊いてきたらそれこそ自分を懐柔しようと企んでいると解釈して、それをモチベーションにできると考えていた。


なのに、さくらは最初の頃に何度かそう口にしたが、だからこそ逆に今でもこうしてモチベーションを維持し続けられているのだが、最近ではそれも言わなくなっている。


故に考えてしまうのだ。


『オレはいったい、何をしてるんだ……?』


と。


自分がとてつもなく愚かしく時間をただ無駄にしているような気がして仕方ない。


だが、


『そうではない、これは必要なことなんだ』


と自分に言い聞かせ、チャンスを待った。長命な自分にとってはこの程度の時間は本当に取るに足らない些細なものでしかない。


……ハズだ。


こうして、一人葛藤を続けるエンディミオンの夜は更けていくのだった。


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