温度差

「私は、<読者>が何を望み、何を期待してるかなど分からない。私は私であって、私以外の誰でもないからな。


<読者>は所詮、他人だ。自分以外の誰かだ。自分以外の誰かが何を望んでいるかなど、何を考えているかなど、どんな気持ちでいるかなど、本当には分かりはしない。


故に<読者の気持ち>など、私には分からんのだ。


作家なら読者の気持ちを分かるべきだ、などと言う者もいるかもしれんが、そんなことを言うお前は、他人の気持ちなど分かるのか? そんなことを言ってる時点で、私の気持ちなど分かってないじゃないか。


自分は作家の気持ちを理解しようともしないクセに、読者である自分の気持ちは分かってもらいたいと言うのか? 


随分とムシのいいことを言う。自分ばかりをそんなに甘やかしてほしいのか?


なぜ理解しようとしない? 『他人の気持ちなど、本当は分かる筈がない』という現実を。


自分が他人の気持ちなど本当には理解していないのだから、他人が自分の気持ちを完全に理解することなど、できはせんのだ。その現実に向き合おうとせんから、物事を正しく理解できない。


分からないということが分かる。というのが大事なのだ。そこから本当の理解が始まる。


私は、ミハエルから改めてそれを教わった。


人間と吸血鬼という種族の違い以前に、私と彼は別人なのだ。別人である限り、お互いに百パーセント理解できることはない。


だが、ミハエルはそれでいいと言ってくれる。ミハエルのことを完全には理解できないのを、『それでいいよ』と言ってくれるのだ。


だから私は、彼に私の気持ちのすべてが理解できなくても構わないと思えた。


と言っても、彼はすごく頭が良くて聡いから、殆どのことが分かってしまうがな。それでも百パーセントではない。


自分のことを完全に理解してもらうことを望むのは、ただのワガママだ」


「……それ、分かります。私もエンディミオンのことを完全には分からないし、彼も私のことは理解できない。


でも、それでいいんですよね。私と彼とはまったく違う人生を歩んできた別人なんですから」


「ああ、それでいいと思う。ミハエルと彼も、互いに理解し合うことはできないだろうな。だけどそれでいいんだろう」


そんなアオとさくらの会話を隣の部屋で聞いていたミハエルも、「うんうん」と頷きながら微笑んでいた。


『僕は素晴らしい人達と出逢えた。この人達との出逢いを大切にしたい』




一方その頃、やはり近くの公園でアオの部屋を睨み付けていたエンディミオンは、あの金属製の定規をいじりながら、


『なんか……どうでも良くなってきたな……』


そんな考えを頭によぎらせてしまい、


「! 違う違う! 何を考えてるんだオレは!!」


と自分を奮い立たせ、冬の風に吹かれて目の前を飛ぶ落ち葉を、定規で一刀両断したのだった。


「オレは、吸血鬼を許さない……!」


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