その域にまで
「どう? 落ち着いた?」
「あ~…なんとか……」
派手に鼻血を噴くという、マンガのような醜態をさらしたことが、逆にアオの頭を冷まさせてくれたようだ。
『カッコ悪い……よくある演出だけど、リアルになるとマジカッコ悪い。凹むわ~……』
などとアオは思っていたものの、ミハエルはまったく気にしていなかった。
「背中、流してあげるよ」
当たり前のようにそう言ってくる。
そう言ってくるミハエルに、さっきまでならテンションが激しく上がってしまってたであろうアオも、あの醜態の後では浮かれる気分にもなれず、
「ありがとう。お願い」
と大人しく風呂椅子に腰かけて背中を任せた。
アラサーの、さすがに十代の頃に比べれば肌艶もそれなりの変化を見せつつあるその肌は、しかし特に丁寧に手入れをしている訳でもないのに、以外と言っては失礼だがきめの細かさや張りは保たれているようだった。
「綺麗な肌だね」
ミハエルのその言葉は、決してお世辞ではなく素直な感想だった。元より日本人は、欧米人に比べると肌が綺麗だと一般論として言われることも多いようだが、実際にアオの肌は綺麗な方だと言ってもいいだろう。
「そうかな。比べたことがないからよく分かんないけど、別に手入れとかはしてないんだよ。おしりの辺りとか吹き出物が酷いしさ」
風呂椅子に座っているので分かりにくいが、確かにおしりの辺りの吹き出物については決して少なくはなかった。しかしそれでも、肩や背中の肌は綺麗なものだ。
「手入れとかしてなかったら、吹き出物とかはどうしてもあるみたいだね。だけど元はいいと思うよ」
「あはは、ありがと」
ミハエルにそんな風に言われると、気恥ずかしさはあるものの、悪い気はしなかった。彼が意味のないお世辞を言うタイプではないことは分かっていたから。
そうやって彼に話しかけられながら背中を流してもらうと、不思議と気持ちがさらに落ち着いてきた。
自分が書いた小説の中では、少年と一緒にお風呂に入った女性は終始ドキドキして落ち着くことはなかったというのに。
『これも、相手がミハエルだからなのかな……』
確かにそれはあるだろう。彼自身がとても落ち着いていて、その穏やかな空気感が、アオの気持ちを落ち着かせてくれたというのはこれまでにもあったことだ。その積み重ねが、彼女に気持ちの余裕をもたらしているのもあるのかもしれない。
人の関係というものはそういうものだろう。一朝一夕で互いの信頼を勝ち得ることはない。共に裏も表も吐き出して、自分がどういう人間かを提示してこそ相手も判断ができる。
アオとミハエルの関係は、もう既にその域にまで達していたのである。
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