刺激がないと

『そろそろ寝た方がいいかな』


朝六時。窓の外が明るくなり始めたのを感じ、ミハエルはパソコンを終了させた。


それから歯磨きをして、遮光カーテンでしっかりと外の光が閉ざされた寝室で、ベッドで横になる。


床には布団が敷かれ、アオが寝ていた。彼女はベッドは使わない。ベッドで寝ると何故か高いところから落ちる夢を見て飛び起きてしまうからだという。しかも、結構、寝相が悪いので実際に落ちることがたまにあるのだそうだ。


この時も、脚を大きく開き、片方はそれこそ布団の外に出ていて、さらに体を思い切りねじった、他人から見ると果たしてこれで眠れているのだろうか?と思ってしまいそうになる格好で寝ている。


だが、彼女はこれで熟睡しているのだ。


『初めて見た時はさすがの僕もちょっと驚かされたな…』


そんなことを思いながらクスリと小さく微笑む。


実際、これまでたくさんの人間の姿を見てきたミハエルからしても、彼女ほどの寝相の持ち主は、大人ではそんなに多くなかった。子供には割とよく見られるようなものだったと思うが。


『子供みたいだね…』


くすくすと笑いながら、しかし決してバカにはしてないかった。ただ微笑ましいと感じただけのようだ。


そんなミハエルも、横になるとすぐにすうすうと寝息を立て始めたのだった。




と、二人の生活はこんな感じで非常に穏やかなものだった。吸血鬼という超常の存在との共同生活であるにも拘らず。


それはひとえに、ミハエルの人柄に依るものが大きかっただろう。アオ自身、あまりの穏やかさに拍子抜けしたくらいだった。


「なんかもっとこう、驚かされることが次々起こるのかと思ってた」


などと言ったくらいである。


しかしそんなアオにミハエルは微笑みながら言った。


「僕達の人生は長いんだ。そんなにいろいろあったら疲れちゃうよ」


そう言われて、アオは、


「そんなものなの?。長いからこそ刺激がないと退屈なのかと思ったけど」


と不思議そうに尋ねた。


「そうだね。そんな風に感じる仲間もいるかもしれない。だけど僕は波風は立たない方が好きかな。それに、どんなに長く生きても初めて見ることってそれなりにあるし、何より、人は一人として<同じ人>っていうのはいないんだよ。どんなに似ている人だって、みんな少しずつ違う。


人間は、工業製品じゃないからね」


「はあ…そういうものなんだ……」


『人は、一人一人違う』とはよく聞く言葉だが、それを吸血鬼であるミハエルの口から聞くというのが不思議だった。


『なんとも言えない説得力がある気がするなあ……』


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