第42話

 プロ野球オールスター戦まで二週間を切った頃、横浜ドルフィンズ営業部は怒濤の嵐に巻き込まれていた。


「課長! 77番のユニホームがどの店舗からも無くなって追加の催促が止まりません」


入社二年目の花川悦子が悲鳴を上げる。


「業者に連絡すればいいだけのことだろ!」


花井課長が語気を荒げる


「何言ってんですか……そのラインはピンクのユニホームで埋まってます!」


 真っ青になる課長。今、横浜ドルフィンズは誠グッズバブルに沸いていた。彼女のグッズを出せば何でも売れる状態……営業部としてはこの降って湧いたようなブームに乗ればいい話だった。しかし、球場内でグッズを売るだけでも在庫が足らないという異常事態に陥ってしまった。


 営業部は小さな工場に頭を下げながら誠ちゃんグッズを量産させている。部長の机の上にはさらに、新商品と追加生産の許可を待っている書類が山積みされていた。彼はその書類に判子を押すかためらっている。


 彼が入社して直ぐの事――助っ人外国人クロマニオンという選手が、CMを切っ掛けに小学生の間で一大ブームを巻き起こした。グッズは飛ぶように売れ、彼の成績も右肩上がりであった。彼の商品の大量生産をとった途端その悲劇は起こった。そう、彼は怪我をして球場に出られなくなった。小学生の気分は乙女の心より移ろいやすい。彼がテレビ画面から消えた途端、行き場を失った在庫の山が倉庫に残った。さらに悲劇は続く、問屋に残った返品分も倉庫に帰ってきてその金額は3億円にも上った。


 彼は当時のことを思い出しながら震える手で判子を押す。


「何かあったときは彼女と心中だ……」


 そう呟きながら、忙しそうに働いている部下を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る