第46話『聖神フィリスは白き太陽を落とす。終末の世界で、聖母フレイとミトラ枢機卿は……③』
私は、光の女神フェルフェ。地獄の上層・星の墓場を見る。迷い星フィリスは真下に落ちていき……聖神の聖域にある、聖母の街バレル。光のない極寒の世界で、聖フィリス教会が雪や氷に覆われていた。
私は、ヘブンズ・システムを用いて、光の魔術を行使。聖母の街の上空に、小さな白い玉が現れた。ただ、光っている……光が弱い為、バレルの住人は気づいていない。周囲の環境、気温や地形。バレルの建物の数や人の数……情報を集めていく。
聖神フィリスの声。暗闇の世界に響き渡り、人々を惑わした。人々は恐怖と不安に駆られ……天に祈って魂を奉げる。聖母フレイが止めようと、人々に声をかけたけど、多くの者が魂を奉げてしまった。
今も、人々は祈っている。それだけ、過酷な世界になってしまった。弱き者はとても生きられない。祈って天に奉げても……罪なき魂は天に至り、ヘブンズ・システムに喰われてしまう。
聖フィリス教会に避難している騎士や神官たちが、二人の女性を見ている。絶望した人々にとって、聖母フレイとミトラ枢機卿は、数少ない希望になるはずだった。聖神が邪魔をしなければ……。
金色の髪と赤いリボン、ミトラ枢機卿は俯いている。彼女は、迷い星フィリスを救う為に自分にできること……。自分にしかできないこと、それが何か、必死になって考えていた。
有力なものは、白い霧に手を伸ばすこと。ノルフェの白い霧が、ミトラに囁いている。聖母フレイが邪魔をしても、囁き続ける。手を伸ばせ、元徳の愛を手にいれろと……。
白い霧の“愛”に手を伸ばせば、ミトラは人の姿を維持できず、悪魔になってしまうだろう。人から悪魔への変貌。悪魔の女神の白い霧が、それを望んでいるから……聖母フレイでは、どうすることもできない。
ミトラが人の姿を捨てれば、白い霧が彼女を助ける。ただし、悪魔になっても、白い霧が、ミトラの守りたいものを助けてくれるかは分からない。聖母に怒られていたけど……ミトラは諦めようとした。天に魂を奉げようとした。「聖神に従えば、聖神は自分の星を救うかもしれない。」ミトラはそう思った様だ。
残念なことに、その可能性は極めて低い。だから、これを選んではいけない。聖母の様に、私もミトラを止めないと……。
金色の長い髪に、尖がった長い耳。エルフの女性……堕落神、聖母フレイ。カジュアルなドレスが赤く染まっている。お腹の傷は、自身の星の核を用いた回復魔術でふさがっていたけど……。
騎士や神官たちは、聖母の赤く染まったドレスを見て……不安と恐怖が高まってしまった。堕落神でも、傷を負う。神でも死んでしまうかもしれない。人の様に……死への恐怖が、人々の魂を蝕んでいく。
ミトラ枢機卿に寄り添う、聖母。ミトラ枢機卿だけに……。人々は疑念を抱き、嘆き、苛立ち……やがて、怒りに染まっていく。
本当に、聖母様は、人々を救えるのだろうか?
聖母様が間違っていて、聖神様が正しいのではないか?
聖母様はなぜ、ミトラ様をそこまで……。
私たちよりも、この星よりも大切なのでは?
聖母様は惑わされている。ミトラ様に……。
どうして、ミトラ様だけなのですか!?
どうして、ミトラ様だけを助けるのですか!?
聖母フレイは何も答えない。泣き続ける者、拳を強く握りしめる者……疑いの目を向ける者。彼ら、彼女らの本音が聞こえてきそう。
聖母は、人々を見つめている。幸運なことに、教会に避難していた者たち、騎士や神官たちは……聖母に怒りをぶつけなかった。
この状況が、いつまでもつかは分からない……だから、私―光の女神フェルフェは、人々に声をかける。このまま、聖神の言葉に惑わされて……。
過ちを犯して欲しくない。聖母は、ミトラを助ける。罪のない人々を殺してでも……でも、それは、聖神の思う壺。それは、余りにも酷い。
『……迷える子らよ、私の声を聞いて下さい。
聖母は間違っていません。
彼女は、貴方たちを助けようとしている。
貴方たちを救おうとしている。
彼女は間違っていません。』
聖フィリス教会の静寂。私の言葉で、沈黙が破られて、どよめきが起こった。これ以上、人々を不安にさせてはいけない。ヘブンズ・システムを用いて、光の魔術を、もう一度行使した。
聖母フレイとミトラ枢機卿……二人を見ている騎士や神官たち。その間に、小さな光の玉が現れる。私の姿になりたかったけど、それはできなかった。人型になろうとすると、形が崩れて、丸型になってしまう。私が幽閉されている、“高み”……高みから出られない為、世界に干渉するのに制限がある。
小さな白い玉が、ふわふわと浮かんでいた。熱を放出しているので、温もりがあって……人々は温もりを感じてくれる。人々の不安と恐怖が、少し和らいでいく。
聖母フレイが私に声をかけてくれた。ミトラ枢機卿の傍から離れずに……。
「……精霊か?
お主、変わっておるな。
魔力を感知できなかった。
お主、どこからきた?」
『聖母フレイ様、
私はフェルフェスティ。
貴方が魔力を感知できなかったのは、
私が悪魔の女神の白い霧を使わず、
ヘブンズ・システム……。
そう呼ばれるものを用いたためです。
私は、高みと呼ばれる場所から、
貴方たちに声をかけています。』
「……フェルフェスティ。
似た名前を聞いたことがある。
古すぎて、あまり覚えていないが……。」
『似た名前、ノルフェのことですか?
時の女神ノルフェスティ。
今は、名前を失ってしまい……。
彼女は、変わってしまいました。
本当に……とても残念です。』
「………………。」
聖母フレイは、黙ってしまった。それから、深く考えている……。
私は、ふわふわと浮かんで、ただ待つ。聖母には、私のことを警戒してもらいたい。警戒しないのは駄目。天国で、時の女神の娘―天の創造主が監視している。どこまでが、許容範囲なのか分からないけど……私が、光の魔術を行使しても邪魔されなかった。
天の創造主は、自分を殺せる者が現れることを望んでいる。私たちが成長……もっと変わっていくのならいいのかもしれない。全てを持つ者の気持ちなんて分からない……。
警戒され過ぎても困るけど……私は待つ。聖母が聞きたい時に答えられる様に。
「……フェルフェスティ、
なぜ、天の神々は、人々を助けない?」
『……助けたくても、助けられないのです。
私も、ヘブンズ・システムがなければ、
貴方たちを見ることもできません。
天上の神々は……。
世界に干渉することができないのです。』
「………………。
この世界に希望はあるのか?」
『それは……貴方です。聖母フレイ。
貴方とミトラ枢機卿なら、この星を救えます。』
「……見ていたのなら、
地獄の門が開いたことも知っているな?
白い人形が、新たな女神に選ばれた様だ。
今は、まだ幼いが……。
恐らく、天国へ向かっている。
お主らがいる場所に……。」
私は、光を強めた。教会内の温度が少しずつ上がっていき、教会のステンドグラスに水滴がつき始めた。私と聖母は話を続ける……。
『……悪魔の女神の娘は、
天国へ向かうでしょう。
貴方たちも……。
天国へ辿り着かないといけません。
もちろん、生きたままです。
諦めて、天に魂を奉げてはいけません。』
「聖神フィリスは、間違っている……。
それが、天上の神々の答えか?」
『………………。』
「……なぜ、答えない?
神と言えど、堕落した者だ。
お主の様な高位の神が……。
なぜ、堕落した神に気を遣う?」
『………………。』
「……答えられないのか。
お互い状況は良くないな。
お主は答えないと思うが、
聖神に協力者がいると仮定しよう。
“聖神の協力者”によって、天上の神々は、
世界に干渉できなくなった。
……聖神の協力者は、
ヘブンズ・システムを用いて、
霧の世界フォールや地獄、
あらゆる世界を見ている。
この会話も、協力者に聞かれているのなら、
お主が答えられないことも頷ける。」
『………………。』
「フェルフェスティよ、
答えられることなら……。
聖神の協力者に、我らは勝てるのか?」
勝つ?……天の創造主に? 私も深く考えた。『……不可能に近い……でも、私たちは勝たないといけない。どんな方法でも……どんなに変わっても……勝負にもならないかもしれない。それでも……。』
天の創造主に負けても、新しい創造主は誕生する。彼の望み通り、悪魔の女神が、彼を殺すから……。
でも、結局……悪魔の女神が、世界を滅ぼしてしまう。彼女は正気を失っている。どの世界よりも、自分の娘を愛しているから。愛しい娘のためなら、世界を滅ぼすだろう。
だから、不可能に近くても、私たちは……。
『……私たちは、勝たないといけません。
どんな方法でも……どんなに変わっても……。』
「………………。
では、貴方は何をする?」
『この街に希望を……。
聖母フレイ、私は、貴方の精霊たちに、
呼びかけました。どうか、お許しください。
精霊たちは、貴方の為に……。』
「………………。
地下の精霊たちが騒がしい。
火炎魔術を行使しておる。
フェルフェスティよ、
貴方は操っていないのだな?」
『……支配していません。
精霊たちに助けを求めました。
……精霊たちも、
大切なものを守りたいのです。』
「………………。」
ヘブンズ・システムが、私に見せる。私が語りかけた、精霊たち……聖母フレイを慕う、エルフの精霊たちの姿を。街の地下にある聖母の墓で、淡い光を放っている。丸くなったり、人型になったり……ふわふわと漂っている。
太陽のない暗闇の世界。聖母の街バレルは、雪や氷に覆われていたけど……街の通りに積もった、大量の雪が溶け始めた。
精霊たちが、火炎魔術を行使してくれている。私の声に応えてくれたのだ。
聖母の街の中にある、バレルの大穴。聖母フレイと、傲慢の魔女ウルズとの戦闘でできた縦穴だ。穴の底に、聖母が造った砂の池があった。今は、雪と氷が溶け……円形の滝となって、大量の水が流れ落ちている。
エルフの精霊たちが、火炎魔術を行使。自身の魂・魔力を消費している。精霊たちは数か所に集まり、青い炎の塊に……。大きな青い炎は、バレルの滝の水を蒸発させながら街の上空へ。
『エルフの精霊たちよ、
この街を助けて……。』
私の光の魔術。街の上空にある、小さな白い玉。ふわふわと浮かんで……再び、精霊たちの青い炎に呼びかけると、精霊たちは応えてくれた。
私は、高みに幽閉されている。ここから出られない。でも、罪のない人々を救う為に……まだできることがある。それが嬉しかった。
聖母の街バレルは、大きな青い炎に優しく照らされている。丸い青い炎は、6個もあって……ふわふわと動いて、一か所に留まっていない。円形の街をゆっくり、一周している。民家や教会の屋根に積もった、雪を溶かして……聖母の街を温めている。
民家や聖フィリス教会、建物の中に隠れていた人々が、外の異変に気づいた。今は寒くない……水で濡れた窓から、青い光が射し込む。バレルの人々は喜んだ。
でも、歓声はあがらない。人々はとても疲れている……叫ぶ元気もない。ただ、皆泣いていた。声にはださないけど……皆、気づいていた。今までの経験から、この幸福は長く続かないことを……また、不幸がやってくる。
バレルの住人たちは、悪魔の女神の呪いにかかっている様だ。不幸になる呪い。女神の極界魔術―再生の聖痕で、幸福になることはできない。
私は思った。『不幸になる呪い? 再生の聖痕、ノルフェの極界魔術。冷酷な天の創造主を癒すことができれば……もし、再生の聖痕が、時の女神の娘―全知全能(欠落)を癒せるのなら……。』
悪魔の女神は、天の創造主の存在を否定できるかもしれない。
ヘブンズ・システムが、私―光の女神フェルフェに警告した。聖神フィリスの極星魔術・神秘魔術が消えた。神秘魔術の代わりに、火炎魔術が行使されたことを……。迷い星フィリスの外……何もない空間に、聖なる火が現れた。聖神―天の創造主の魔力を用いて、急激に巨大化していく。
聖神フィリスの極星魔術―“白き太陽”。
聖神によって、地獄の上層・星の墓場に、白き太陽が落とされた。天に魂を奉げることを迷う者たち……迷える子らに、消滅という救いをもたらす為に。
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