048  同じ日に同じ夢を見るということは非合理的な空想論であるⅣ

 夏目が不思議ふしぎそうに俺の方を見た。俺がスマホを操作していたら気になるんですね。

「あ、これ? 物理のサイト」

 ……少し、分かりにくい回答だったかな?

「ぶ、ぶつり……? 何それ?美味しいの?」

「は? これは物理。高校でも習う教科の一つだ。決して、食べ物じゃないぞ」

 夏目はどうやら食べ物と勘違いしているようだ。

「……そ、それくらい知ってるし……。ば、バッカじゃないの?いやー、困っちゃうよね。う、うん知ってる、知ってる……」

「嘘つけ……」

 夏目なつめは動揺しているのか、言っていることが空回りしていて、何が言いたいのかさっぱり分からない。ばさばさと手を動かして、俺は呆れながら面白そうに観察する。

「はいはい、もういいわ」

「なら、そのサイト見せてよ」

 右手を差し出して、スマホを手に持っている俺に夏目は身を乗り出してくる。何か、胸の方が服との隙間すきまで少し見えそうで見えないとか、俺は視線を逸らした。

「あなた達、いい加減にしたら?それと夏目さん、その体勢でいるとほとんどの男性は視線を逸らしてしまうわよ」

 俺の心は氷点下0度を通り越していた。その声の持ち主は俺の事は獣を見る目で軽蔑けいべつしているように見えた。夏目は顔を赤くして、すぐに座り直した。

 こいつ……。俺の心を完璧に読みやがったな。しかし、泣きたいのは俺の方だ。どう見ても、ただの偶然で決して見ていたわけでは……ない……。

 ふっ、と鼻で笑いながら冬月は俺をバカにしているしか思えない。

「この変態男……」

「違うだろ。不可抗力ふかこうりょくだ」

「さて、どうかしら……」

 もう、どっちにしろ、無理なんだろうな。聞く耳持たないし……。

「話しかけないで、変態がうつるわ」

 だからどうした。

「こんにちは!」

 扉がバンッと開いて、春が部屋に入って来た。そして、勢いよく扉が閉められた。

「また、面倒な奴が一人増えた」

 弁解べんかいする余裕も無かった。俺は諦め状態で両手を上げ、降参の意を示した。

 何だろう、この気持ち……。誰か、救いの手を差し伸べてくれる人はいないの?

「何か、言った?」

「いえ、何も……」

 先ほどまで退屈そうに駄々をこねながら過ごしていた春が、今になってようやくいつもの騒がしさを取り戻していたのである。

 手に持っていたチョコレートの筒紙を何回かおりながらごみ箱に捨てて、俺は首をゆっくりと反時計回りに回した。

 それから、また、沈黙ちんもくの時間がまた続いて、部屋の中はパソコンを打つ音しか聞こえなかった。俺が思うにこの頃の先生の存在感がどんどん薄くなってきているような気がするんだがそれは皆が、先生に話しかけないのが悪いのだろうか。確か、最後に話したのは……。

「天道君、紅茶こうちゃいる……?」

 冬月が少し疑問形な口調で俺に訊いてきた。他の二人には何も訊かずに普通に注いでいるのに俺にはあえて訊いたのだ。俺は小さく首を縦に振っているという意思を示せた。しかし、いつもこんな感じで過ごしているがどうだろうか。

「朝からつまらなかったのだけれど、今はマシな方ね」

 そう言って、春はまた、ゲームをしていた。こいつはどれだけゲームをすれば気が済むのだろうか。周りからすれば顔はいいが残念な子と思われても仕方が無いと言ってもいいだろう。

 バンッ!

 扉の音がして、何も挨拶もせずに善政が現れた。

「…………」

 黙ったまま、一言も述べずに靴を脱いで畳に上がった。

「ああ、また負けた」

 春が騒ぎ出す。夏目はビクッと肩を震わせて驚いた。何事かと誰もがびっくりしても仕方が無いだろう。しかし、いちいち叫ばなくても何か違う表現の仕方で悔しがれよと思ってしまうが俺が言うとまた、面倒なことになる。被害が広がるだけだ。

 俺は立ち上がって、今日は畳の上で珍しく将棋を指していない善政に声をかけた。

「チェスでもやるか?」

「やり方が分からん」

「じゃあ、オセロは?」

「いいだろう……」

 白黒対決でチェスのやり方は知らないのにオセロは知っているらしい。しかし、チェスって少し将棋と似ているような要素は所々あると思うが、あれは外国の将棋版みたいなものだから知っていてもおかしくはない。

「我の白騎士しろきしを召喚。これで四天王の一角は落ちた……」

 と、まあ、こんな感じでオセロを進めていくと善政の中二発言を聞いた。

 流石に四つ角を取られると戦型はきついが残りの三つを全て取れば問題ないがそれまでどう相手の白を黒に染めていくかが重要であって、オセロの世界王者なんか全てを一色に染める技を知っているらしい。どうやってするんだろうな……。

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