勿忘草【物リン③】

薄紅 サクラ

1. 起






〝お前らの能力が、おそらくかなり危険な奴に狙われている〟―――と、兄はそう言った。









 僕らの町・花咲町。

 地方都市ではおそらく、季節の花々が所々で咲き乱れる美しい町として、ほんの少し有名だ。今は―――そう、太陽のように大きな向日葵や朝にしか咲かない朝顔、水辺に浮かぶ蓮の花が見れる頃。言わずもがな―――夏、である。

 ・・・夏と言えば、だ。例えば海に言って海水浴をしたり。夜は川でBBQをして楽しんだり。花火を見て唐揚げを食べたり。あるいは輪投げをしてお菓子をとったり。

 花火大会にキャンプ、そして肝試し。普通なら、そんな楽しいイベントをして過ごす季節だ。・・・はず、だったのだ。



 ・・・それなのに。なにが悲しくて、家のなかにいなければならないんだろう。









「あーーーー………外出たいよぉーーーー………ひーまー………。」

 姉である月夜つきよが、隣の椅子の上でぼやいた。短い青のズボンを履き、半袖の白いシャツを一枚来ている状態で、テーブルの上で猫のように身体の上半身を伸ばし、頭をテーブルの上におきながら。

 ぼやきたいのはわかるけれど、あまり大きな声を出さないでほしい。そうじゃないと、今度はこっちがぼやきたくなってくる。

 ・・・そう言う僕はというと、椅子に座ってテーブルの上で本を読んでいた。

 読んでいるのは、死んだら終わりのデスゲームに、突然強制参加させられたある男の子の物語。有名中の有名な小説で、確かアニメにもなっていたような気がする。ただ、実際にそれを見たことは一度もないけれど。だからこそ、一度でもいいから見てみたいと思った物語ものだ。


 姉のぼやきを無視しつつ、僕は次のページをペラリとめくった。

 ようやく無視されているのに気付き、月夜はむっとした表情になると、

「お姉ちゃんの話を聞かないなんて……んもうっ。」

 独り言を大きく呟いて、足音を大きく響かせながら台所に行った。たぶん、水を飲みに行ったんだろうと思う。ついでにアイスも食べるつもりで、台所に行ったに違いない。

 一度本を読む手をとめて、窓の外を見てみる。外はというと、ギラギラと太陽が輝いていた。それはもう、地面を焼け焦がそうとするかのように。そんな外の空に、雲はひとつも見当たらない。遠くにはほんの少し、小さな雲が見えるだけだ。

 遠くの景色が、ユラユラと揺れているように見える。暑さでおかしくなっているのか、はたまた陽炎なのか・・・なかにいる僕の目にはどっちかなんて解るはずもないが。


 窓の外に向かって、僕はそっと右手を伸ばす。手を広げて掴めるはずのないものを、掴もうとするために。

 右手を伸ばしたものだから、否応なしに右手の甲に見えるが目に入る。

 ―――あの日から、として残るものが。


(………っ)

 思い出したくもない事を思い出しそうになった僕は、目をギュッと閉じてそれを頭の最奥部に追いやった。そして、何事もなかったかのようにまた、読書を再開した。









「あ、あーーーーーーーーーーーー!」

 ―――月夜が絶叫を上げたのは、その数分後のことだった。

 あまりの大きな声に、僕が読書をやめて耳を塞いだほどだ。それほどまでに、とても大きな声だった。

 キンキンとする耳なりに顔をしかめながら、ゆっくりと姉のいるキッチンの方を見た。

「……どうしたのさ、あと煩いんだけど。」

 思ったよりも低い声が出る。・・・どうやらイライラと文句を言いたい気持ちが、声を低くしていたみたいだ。

 しかし、そんな声に慣れっこな月夜はキッチンから出てくると、顔をズイとこちらに近づけてきた。

 ・・・同じ顔で、同じ翠の瞳が、こちらを見つめている。その奥には、小さな僕の姿が映っていた。

 ―――よく僕らは似ていると、周りにいる人たちはいう。双子のようにそっくりだと。

 当然だ、双子なんだから。顔も瞳も黒い髪も、僕たちはそっくりだ。人形のように、会わせ鏡のように。そしてそれは・・・あのも同じ。ちょうど右手と左手にある。


「………何。」

 じっと見つめられているのが耐えられなくて、僕から口を開いた。

 すると姉は不敵に笑って言った。

 ―――「外に出るよ!買い出しに行かないと、今日ご飯できないし!」

 と。




「……で?どうするのさ。」

 こうなった姉は、僕がどうしようとも意見を変えることはない。それは、ずっと過ごしてきてわかっていることだ。

 だから、僕は諦める。そして少しでもに会わないようにと、全力をつくすだけだ。

 ため息をつきたくなったが、聞かれたら確実に怒られそうなのでしないでおく。

 質問をした僕に、

「いつもの、やってよ夜見。大人の人に付き合ってもらったら怒られないでしょ。あのお兄ちゃんは。」 

 と月夜は答える。その瞳は、わかってるんでしょ?とでもいうようにキラキラしていた。

 ―――呆れたようにため息をつく。そして、

「……言わないでよ?太陽兄ぃに。怒られんの、嫌なんだから。」

 近くにあった一つの本を右手に持つと、意識を右手に集中させた。




 ・・・ジンワリと収束するかのように、右手に熱が集まる。そしてその甲に、ゆっくりと桜に似た『華』が開いた。

 ―――否、それは桜ではない。〝勿忘草わすれなぐさ〟と呼ばれる、春の季語を持つ小さな『華』。








 浮かび上がったのを確認すると、僕は自分の能力である―――『コール・ザコミック』を発動させる言葉を紡いだ。

「……現れたまえ、くれない 桃香とうか。」




 ―――すると。

 右手に持つ本が光を放った。そしてそこから桃色の光が現れ、僕の前に落ちていった。

 そして・・・その光から、一人の女性が現れた。

「おぉー、さっすが私の弟!一発で成功したね!」

「当たり前でしょ。何回やってきたと思ってんの?見てたでしょずっと。」

 姉の感嘆の声を聞き流し、女性の手を優しく取る。すると、ビクリという反応とともに、女性は目を開けた。


(……ふぅ……)

 ―――呼び出しは成功。反応もしっかりあった。あとは、買い出しという名のミッションを開始するだけだ。

「……ほら、そろそろ行くよ。早く終わらせて、僕は本が読みたい。」

 力を彼女紅 桃香に渡しながら、僕は玄関に向かったのだった。

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