EpisodeⅣ 親子
――オンネトロア王国の外れ町:孤児院――
孤児院の教室でセシリアが声をあげる。
「さぁ、みんな!今日はこれから自由時間よ!好きなことしてらっしゃい!」
「はぁーい!」
数人の孤児が声を上げた。
孤児の1人が机の端で椅子に座るロアへと声をかける。
「なぁ、ロア遊びにいこうぜ!」
「今日はやめとくー」
「つれねぇーな」
その様子を見た『孤児院の主:おじいさん』が、ロアへ声をかけた孤児へと話しかける。
「ほれほれ、じぃと釣りにでもいかんか」
セシリアは「ごめんなさいっ」と謝意を表すようにおじいさんに向かって両手を合わせる。
おじいさんはセシリアに「ええんじゃ、えんじゃ」と言わんばかりの優しくにこやかな笑顔を見せると、答えるように手を振り返した。
「さぁ、私も今日は楽しんできーちゃおっと」
と言ったセシリアはロアにウインクをした。
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1時間ほど時は経ち――。
ロアは今朝洗濯物を干した場所にある切り株に座りながら空を見つめていた。
「あ、いたいた」
セシリアがバレずにロアの背後にそーっと近づく。
そして、後ろからロアに一気に抱き着いた。
「ローア!」
ぴくッとロアは驚いた様子で硬直した。
「ねぇ、驚いた?」
セシリアがロアの左頬に顔をくっつける。
「べーつにー」
ロアは少しプンッと不貞腐れた表情でセシリアの横顔を見つめた。
「あー怒った」
セシリアが笑う。
「今日は来てくれてありがとうね。ロア」
ロアは何も言わない。
「私たちこんな時にしか、親子になれないから、ね……。ごめんね、ロア」
「もう!いっつも謝ってばっかり!」
ロアは切り株からピョンッと立ち上がるとセシリアから離れるように歩き進んだ。
「ごめんって~」
申し訳なさそうにセシリアはロアを後ろから追いかける。
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草原の真ん中には花があちらこちらに生える花畑があり、
そこでセシリアは座って華冠を編んでいる。
それをロアは興味なさそうな目で退屈そうに見ていた。
「ほら、できた!どう?センスあるでしょ」
セシリアは華冠を掌にのせロアに見せつける。
「何、そのドヤ顔」
「あんたはツッコムのね……」
苦笑うセシリア。
「ほら、ロアきて」
セシリアは近づくロアの頭にひょっとその華冠をのせた。
「かわいいっ。やっぱ私の娘だわ」
ロアはセシリアに背を向けると、一瞬だけ恥ずかしそうに笑みをこぼした。
「あ、今ロア笑ったでしょ」
「笑ってない!」
少し顔を赤らめたロアはセシリアから顔をそむけた。
「いーや、笑ったね」
「もーう」
セシリアは後ろからロアに抱きつくと一緒に草原の上に寝転がり後頭部にキスをした。
「可愛すぎて食べたくなっちゃう」
「はーなして」
「はなさない!」
「頭に草がささるよ」
「ほんとだ」
セシリアが自身の頭を触ると、ロアは隙をみてセシリアの胸から離れた。
草原の上で寝転がる二人が向かい合う。
「あんたの頭、何それ」
セシリアがロアの頭をみて笑う。
「セシリアさんこそ、おっかしいよ」
セシリアの頭にも無造作にのっかる草葉。
ロアはそれを見てクスクスと隠れるように笑みをこぼした。
「ねぇ。今日はママでいいのよ」
ロアは一瞬戸惑う様子を見せる。
セシリアは娘の戸惑いを肌に感じ、不安を包むかのように優しくも柔らかい表情でロアを見返した。
「プッ。ママの頭変だってば」
「とれないんだってーっ」
そしてお互いの頭に無造作にのっかる葉々をみて2人は笑い合った。
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――ド――――ンッ。
ゴゴゴゴゴッと爆発音と大地が揺れる地響きが2人の笑い声を遮るように響き渡る。
「オンネトロア王宮の方からだわ。何か、あったのかな……」
「ママ……」
ロアがセシリアの袖を掴む。
黙って胸でロアを抱きしめるセシリア。
「ロア、一旦町へ戻ろっか」
ロアは胸の中で頷いた。
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孤児院のある町の方へと二人が戻る途中――。
足を少し急いで進めるセシリアとその手を握るロア。
ロアは右手にセシリアが作った華冠を握っている。
町の方から2人の元へと1人の足音が近づく。
――タッタッタッタ。
「セシリア!ロア!」
頭部から血を流し、焦った様子で現れたその女性は2人の前で足を止めた。
息切れする町人の1人、八百屋の『ステラ』。
「どうしたの!ステラさん」
セシリアはステラの肩を掴む。
「早く!ここから、逃げて……」
「逃げてって、どういうことよ」
「天帝国が、鉱石を……罪がどうこうで、この国と人々を押収するって……」
「この国は、あの人が守って……」
「きっと、何かあったのよ。とにかく、あなたたちだけでも逃げて!」
「でも、町のみんなや孤児院の子たちが……」
首を横に振るステラ。
「これはみんなの意思なの。いずれこうなることは予想はしていた……。それに今までこの平穏を作りあげてきたのはあなたの大切な人じゃない。あなたには逃げる権利があるわ」
セシリアは固唾を飲み、強い眼差しでステラの顔を見つめた。
「セシリア……」
「私、戦うよ」
「何を言ってるのよ!あなたにはロアがいるでしょ!あなたが守ってあげないと誰がこの子を守ってあげるのよ!」
セシリアは背後に立つロアに近づくと、屈むやいなや、ロアに強い眼差しで目を合わせた。
そして、ロアの両手を握る。
「ロア。あんたは私の自慢の娘よ。可愛いし、賢いし、とっても強い」
非日常がもたらす緊迫した状況の中で、何もわからないであろうロアはセシリアの顔を少し涙ぐむ顔で見つめ返した。
「だからね、今からママのお願いを聞いてほしい……」
ロアは黙ったままセシリアの顔を見つめる。
その様子を見ているステラ。
(何て強い子なの。本当は母親と一緒にいたいはずなのに……「いやだっ」の一つも言いやしない)
「あのお花畑の先に湖があるでしょ。そこで隠れて待っていて」
不安そうに泣きじゃくりそうになるが、どこか強がって我慢するロアを見て、セシリアは続けてそっと口を開いた。
「だいじょうぶ」
ロアはセシリアの胸に顔をうずめる。
「ママ…」
「ん?」
「ロアはママのこと大好きだからね……」
「嫌いにならないでね……」
「ほっていかないでね……」
セシリアは抱きしめながらロアの頭上で頷き……
「うん。当り前じゃない!何バカなこといてんのよ。私の方がロアのこと大好きなんだからね」
一瞬暗い表情を見せるセシリアだが、そう言うと笑顔でロアを胸から離した。
ロアは何度も零れ落ちそうになる涙を堪えるように眉間にしわを寄せ、不安にも子供ながらに必死に状況を察したのか、強がった様子で唇を強く噛みしめた。
そして母であるセシリアの顔をじっと見る。
「マ……」
「大丈夫。何かあった時はお空に飛ぶ鷹さんが守ってくれるから」
「言ったでしょ。鷹は強いんだって」
「さぁ、行きなさい。ロア」
ロアは振り向くと堪えていた涙をボロボロと流しながら、花畑の先にある湖へと向かって走った。
その手には、セシリアからもらった華冠が強く握りしめられていた。
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紅く燃えゆる王都と町の空を眺めるセシリアとステラ。
ステラが何とも言えない表情で口を開く。
「ほんとうによかったのかい、セシリア」
「うん……。私はあの子を守りたいから。それに、あの人が、今まで必死に戦って守ってくれたこの大好きな国と町を守りたいから……」
「そうかい。私も守るよ」
ステラは少し安堵した様子でセシリアを見る。
セシリアは強い眼差しで遠くを見ながら、強い口調で言葉を吐く。
「逃げることなんてできない。私に今できることをやりきるわ」
(……ホーク)
セシリアの頬からは一滴の雫がすーっと流れ、地へとそっと落ちていった。
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