57話「これからの俺たち」

 皆が一丸となって解読した文章を、俺が自分なり訳してみる。すると、こんな感じになった。


『ここには『Destino』の詳細を記す。『Destino』はピラミッドのような形をしている。また頭部には輪っかがついており、ペンダントのようにすることができる。中間のものは所有者の、『どんな願いでも叶える力』をもつ。だからその使い方を間違えてはいけない。また叶える代償として、願うまでの記憶を失う。さらにその『Destino』の所有権を無くした場合、願いの効力は失われ、記憶も元に戻る。一番小さいものには、『Destino』を使用したことで失われた記憶が入っている。また『Destino』の願いを叶えるためには、これも別の誰かが持っていなければならないようだ。それも単に誰でもいいというわけではなく、使用者の愛する人というの可能性が非常に高い。だから私はこれを妻に渡し、我が家には代々『愛する者にこれを渡す』という風習を作った。一番大きいものは、『Destino』に関わった者の『Destino』に関する記憶が入っている。大きいものと中間のものの底にはくぼみのようなものがあり、自身より小さい『Destino』をはめ込むことができる。だがそれらが一つとなった時、『Destino』は全て消え失せ、1つにした者は死ぬ。また消え失せた時、『Destino』に関する全ての記憶は失われるようだ。』


「これは……」


 俺がこの文で特に注目したいのは『Destinoがペンダントのようにすることができる』だ。これは俺が身につけているこのペンダントのことなのだろうか。前の石版の暗号に、『中間のものは我々の一族が持っている』って書いてあったはず。もし仮に俺がその一族ならば、これがその『Destino』ということになるのだが。


「流石はれん様。おそらくその文で正解でしょう」


「じゃあ、これって――」


 俺はその葛西かさいさんに俺の持つペンダントを見せながら、その反応をうかがう。


「ええ、そのペンダントこそが『Destino』でございます」


「やっぱり……」


「話すと長くなりますが、よろしいでしょうか?」


 それに対し、俺は強く頷く。話によれば、『工藤』は島の開発途中にあの山の祠でこれを見つけたらしい。その祠には『Destino』と1冊の本が置いてあり、その中には暗号めいた文章が書いてあった。それはシーザー暗号で出来ていて、『工藤』はそれを解読し、『Destino』の危険性を知った。だから中間と小さいものを持ち帰った。そしてそれをチェーンで繋いでペンダントにし、代々受け継がれていった、と。で、最終的に俺に回ってきたわけだ。


「じゃあ、小さい物も誰かが?」


「はい、そうでございます」


 ということは、俺の好きな人が小さい物を持っているということになる。俺の好きな人――正確にはあの当時、好きだった子。それはたぶん、俺の予想通りのだろう。なんかそれっぽいの持ってるヤツがいたからな。


「ふーん。あっ、じゃあ、だから俺はあなたの記憶がないんですね」


「そうです。煉様が使用されたのは、預けられる直前ですから」


「俺はなんと……?」


「申し訳ございません、そこまでは……」


「そう、ですか……」


 俺はどんな願いをしたのだろうか。しかも記憶のない期間から考えて、かなり小さい時の俺が、願った願い。皆目検討もつかないが、たぶん世界が正常に動いているあたり、常識的な願いをしたのだろう。あの文章にもあった『使い方を間違えてはいけない』を守っているわけだ。


「お役に立つことができたでしょうか?」


「はい、十分です」


「そうであれば幸いです」


 葛西さんはニッコリと微笑み、そう返事をする。それから俺は目的も果たしたし、親父も母さんもいないようなので、このまま帰ることにした。その道中も、葛西さんは俺の事をしきりに訊いてきていた。約十年の空白の時間。それは思っていた以上に長かったようだ。話してみれば、あれもこれも知らない。それこそもう他人レベルで。再会して嬉しいような、知らないことばかりで寂しいような。そんな葛西さんの表情を見ながら、俺は玄関先へとたどり着く。


「――ありがとうございました。謎が解けてよかったです」


 帰り際、俺はお礼を述べて、軽くお辞儀をする。ここに来たおかげで、全てを知ることができた。興味本位で始めたことが、ここまでくるとは。でも正直な話、俺は今嬉しかった。最近はもう慣れて気にしてはいなかったけど、最初の頃は『自分が何者なのか』悩んでいたこともあったから。


「また、いつかおこしください」


「はい、いつか」


 俺はそういって、自分の家へと歩き出そうとしたその時だった。ふと、向かい側の家の表札が目に入り、足を止める。その『岡崎おかざき』と書いてある表札に、驚きを隠せなかったのだ。


「あの、あの家って……」


 すぐに葛西さんの方へと振り返り、そう尋ねる。


「はい、そうでございます。岡崎……ええと、しおり様のご自宅です」


「あの、俺と岡崎ってどういう関係だったんですか?」


「大変仲が良かったですね。ご両親同士に交友があったことも理由の1つでしょう」


「じゃ、所謂、幼馴染みたいな感じですか?」


「ええ、そういって差し支えないかと」


「そう、ですか……」


 意外だった。俺は『知り合い』程度にしか考えていなかった。でもよくよく考えれば、父親同士仲が良かったんだからその縁で子供も、ってことはあるか。実際、諫山姉妹もそんな感じで仲良くなったみたいなもんだし。真向かいだから行きやすいし、よく遊んでいたんだろう。俺はそんなことを思いながら、葛西さんと別れ自宅へと帰った。そしてそのことを夕飯の時に明日美あすみに報告した。明日美も俺と同じように驚きながら、俺の話を聞いていた。でも『自分のこと、分かってよかったね』とまるで自分のことのように嬉しそうにそう言ってくれた。それから1人部屋へと戻り、ベッドに座って考え事を始めていた。


 今日は、曇り空のせいで月は出ていなかった。そんな雲に包まれた空を見上げながら、思うこと。これからどういう風に岡崎と接していけばいいのか。岡崎は俺のこと、そして『Destino』について、どこまで知っているのか定かではない。でも貰っている時点でその説明は受けているはず。もっとも小さい頃だったから、真にその機能を理解できているかどうかは怪しい。けれど、『Destino』を今もなお身につけている時点で、ある程度は理解できているのだろう。これらのことから考えるならば、最低限『記憶を失っている』ということは分かっているはず。そして転校初日、俺と接してそのことを確信した。だからそれ以降、俺とその日からの知り合いとして再スタートしたわけだ。でも、俺は真実を知ってしまった。じゃあ、どうすればいい?


「そんなの……決まってるよな」


 現状維持、が妥当だろう。今日知った真実はあくまでも人から知らされた事実であり、俺自身そのことを全く覚えていない。しかも、俺もそう聞かされてもその実感が俺にはまるで湧かなかった。こんな状態で、されても彼女を余計に傷つけるだけだ。正直な話、転校初日に無自覚で傷つけてしまったことをすごく後悔している自分がいる。でもそれに対して岡崎はその悲しみから立ち直り、再び『友達』に戻ったのだ。だからこそ、せめて俺が思い出すまではこのまま、『気づいていない』フリをしたい。


「思い出す……かぁー……」


 ただ、それに関して気になることがある。それは『俺の記憶ははたして取り戻せるのか』ということだ。あの解読文には『所有権を無くせば、記憶は戻る』とは書いてあったけど、このペンダントの『所有権を無くす』っていうのもよくわからないし、そもそもそれでは俺が『Destino』に願った効力も失われてしまう。何を願ったのか知らないけど、それを失ってまで取り戻すべきなのかは今はまだ判断がつかないだろう。だからこそもし最悪のケースとして、二度とそれを思い出すことができないのであれば、これから岡崎との関わり方を考えなければいけなくなってくる。それで一番辛いのは岡崎だろう。その俺たちの過去の思い出を、言ってしまえば無かったことにしなければならないのだから。小さい『Destino』をあげるほどの仲だ。それを忘れるのはさぞ苦しいことだろう。でも俺が思うに、そんな心配、する必要はないと思っている。だって仮に思い出せないのであれば、俺が岡崎の誕生日を知っていたことがおかしい。あれはきっと、本能的にそれを思い出して口が動いたとしか思えない。どういう条件が必要なのかはわからないが、たぶん俺の記憶は取り戻せるのだろう。だからそれまでは岡崎に待っていてもらおう。俺の中でそんな今後の方針を決め、最近サボっていたテスト勉強の方をいい加減にすることにした。

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