53話「俺の過去」

 1月11日(火)


 俺は朝から機嫌がよかった。それはもう今日のこの曇りなき空と同じように、とても清々しい気分だった。父さんから、メールの返信があったのだ。


れんくんのいつでも好きな時にかけてきていいよ』


 という内容のメールが返ってきたのだ。もちろん『いつでも』とは言っても、良心的な時間を選択するのが普通。父さんは今イギリスにいる。だから時差を考慮しなければならない。今なら、もう仕事が終わって家にいる頃だろう。でも今度はこっちに仕事がある。まさか父親と話してて遅刻するわけにもいかないし。なので、ちょうどいい時間を見計らって電話をすることに決めた。


 俺はとりあえず学園へ行く準備を始める。いつになく上機嫌な状態で俺はリビングへと向かった。相変わらず俺は1人飯のようで、明日美あすみはもういなかった。書き置きを見ると、どうやらテストに向けた勉強を凛先輩たちと学園でするようだ。流石さすがは秀才。テストに手は抜かないようだ。定期テストなんて明日美レベルじゃ簡単だろうに。そんなことを思いつつ、俺は朝食を食べ、家を出た。


「おっ、おはよー!」


 出てすぐのところで、石川いしかわ高坂こうさかに出会った。


「「おはよう、煉くん」」


 石川と高坂は口を揃えてそう挨拶をする。


「おう、石川、高坂珍しいな。2人は近くに住んでるの?」


「そうだよ。煉くんはここに住んでるんだ」


「おう、そうだよ」


「へぇー」


「どうしたの? いつもなら、会わないのに」


「たまたま、早くでちゃったんだよね」


高坂がそう言うと、2人は顔を合わせて『ねー』なんて言っていた。ホント、この二人って仲いいな。


「へぇー」


 そんな返事をしながら、俺たちは自然と学園へと歩き始める。そして歩き出してすぐに、石川は何か思い出したような仕草をしてこちらへと向く。


「あっ、そうだ、昨日はありがとうね。おかげで謎が解けたよ」


「あーいいって。俺も楽しかったし」


「でも、すごいよねーあんなことに気づくなんて」


「や、ホント、たまたま気づいただけだから……」


「でも、すごいよ。その才能、羨ましいなぁー」


「ねえ、煉くん。あと1つだけ疑問があるんだけど『Destino』って何かわかる?」


 石川も俺と同じところに疑問をもったらしく、そう訊いてきた。


「ああ、それは俺も気になった。たぶん、文面から使う物ってのは分かるんだけどな」


「しかも、調べたら『運命』って意味だったの。余計にわからなくなっちゃって……」


 どうやら2人も俺と同じ事をしていたようだ。それでもやはりその謎を解明するまでには至らなかったか。


「あっ、そうだ。石川のお母さんは何か言ってなかったの?」


 あの暗号が解けた、ということはおそらく石川はお母さんに報告しているはず。そこから何かしらの情報が聞き出せているかもしれない。考古学者なのだし、あの文章で何か気づいているかも。


「ううん、お母さんもわからないって。これがわかったらたぶん、島の歴史がわかるかもって言ってたけど」


 そんな期待も虚しく、誰も『Destino』についての答えにたどり着いていないようだ。そうなってくると、中々にこの謎は前途多難かもしれない。


「ふーん、もしかしたらとんでもなくスゴイものなのかもね」


「『能力を秘めている』と書いてあったし、国宝級のものってこともありえるかも」


「そうかも。分かるといいね『Destino』が」


「そうだね」


 そんな『Destino』談義をしながら、俺たちは歩を進めていた。そしていつもの並木道にさしかかると、そこには岡崎おかざきが待っていた。


「あっ、煉くん、しずかちゃん、七海ななみちゃん、おはよう!!」


「おはよう、岡崎」


「「おはよう、栞ちゃん」」


 俺たちはそんな挨拶を交わした後、4人で学園へと向かった。これだけの大人数なのも生徒会3人と以来なので、とても賑やかな登校風景となった。



 お昼休み。俺は飯をさっさと平らげ、テストが近いというのにも関わらず、図書館に例の件を調べにいくため教室を後にしようとした。だがその時に、不幸にもアイツに捕まってしまった。


「なあ、煉、ちょっと付き合ってくれね?」


 修二しゅうじがタイミング悪く俺を呼び止め、そうお願いしてくる。


「や、悪い、ちょっと図書館に用があるんだ」


「全然、大丈夫だ。宿題見せてもらうだけだから」


「え、お前……やってなかったの?」


 もう既に冬休み明けてから、2日も経っているのだが。冬休み全力で遊びまくってたか、あるいはやろうとしても解けなかったか。どちらにせよ、なぜ冬休み明けに見せてもらいに来るのだろうか。冬休み最終日にでも誰かに頼めばいいのに。そんなことを思いつつ、俺はそんな修二に引いていた。


「そ、そうなんだ……だから頼む!」


 修二は手を合わせてお辞儀し、懇願する。


「つっても、俺は提出したし、教えるぐらいしか……」


「じゃあ、それでもいいから、頼むよー!」


 気持ち悪く俺にすがってくる修二。


「わかったから、じゃあ行くか」


 この宿題を出さないようじゃ、進級試験なんて夢のまた夢。それこそホントに留年がもう目の前まで見えている。それが今の修二の状況だろう。後輩の修二、というのも悪くはないが、普段から色々世話になっていることもあるしそこは友達として手伝ってやろうと思う。そんなわけで俺は修二と共に図書室へ向かった。



 図書室にて。適当な席を修二に取っておいてもらい、俺は昨日の卒業アルバムを取りに行く。そして修二は勉強、俺は調べものというなんか摩訶まか不思議な光景となっていた。


「煉、なんでそんなもんを?」


 俺がアルバムを見ているのが気になったのか、そんなことを訊いてくる修二。


「ああ、昨日のあの石版のことでな。あの暗号に『Kudo』ってやつが出てきただろう? その血縁者を探してたら、このアルバムに行き当たったってわけ。で、その工藤って人のクラスメイトにウチの父さんがいんだよ、ほらこれ」


 そう説明しながらその該当部分のページを修二に見せる。


「あれ、お前親父さんのことを『父さん』って呼んたっけ? たしかいつかのかの時『親父』って言ってた気が」


「あれ、そういや言ってなかったっけ? 俺、使い分けてんの。俺、小さいときに秋山家に預けられた人間だからさ。『父さん』って呼ぶのは育て親、つまりは明日美の父さんだな。んで、『親父』は正真正銘の俺の父親、まあ実際会ったこともないんだけどな」


 そういえばこの話を修二にしたことがなかったか。俺はその自分の事情をざっくりと説明する。


「えっ? そうだったのか……すまん」


 それを聞いた修二はどこかバツが悪そうに謝る。


「や、いいって。だから明日美が甘酒で酔うけど、俺は酔わなかっただろ?」


「あーなるほどなー」


「ま、もっともなんで預けられたのかはわかんねーんだけどな」


「なんで、わかんないんだ?」


「ああ、俺預けられる前の記憶がないんだよ」


「お、マジか……」


 修二はとても驚いた様子でそう言った。この記憶のないことも話したことがなかったようだ。俺はてっきり話したもんだと思っていた。なんせ長い付き合いだし、そういう話が出てくることもあるだろうに。でもそう考えると、これだけ長い付き合いでも知らないことってまだまだあるんだろうな。


「ま、特に支障はねーけどな」


 所詮、それはたかだか数年ぐらいの記憶でしかない。それがなくて困ったことは今まで一度もないし、気になりはするけど、父さんたちがそれについて何も言ってこないからこっちから訊くこともないし。


「お前も大変なんだなぁ……」


「同情してくれるのはありがたいけど、口より手を動かせ。時間ないぞ」


「おう、そうだったそうだった」


「わからないところは教えるから。あ、先に言っておくけど『全部』ってのはナシだからな」


 こいつのことだから、俺を完全に頼って1から10まで訊いてきそうだ。自分で考えて答えを出すからこそ、自分の実力になって進級試験の対策にもなるんだから。


「大丈夫だって」


 俺はとりあえずその言葉を信じ、調べものの作業へと戻った。卒業アルバムには行事の写真も載っている。つまりはこの工藤くどうはじめさんや俺の父さんたちが写っていれば、どういう関係性だったか見えてくるかもしれない。そうなれば、『工藤』のことについて詳しく聞けるかもしれないと思った次第だ。見ていくと、やはり俺の読み通り工藤肇さん及び俺の父さんや渚の親父さん、岡崎おかざき光也みつなりさんは仲が良かったようだ。4人が一緒に写っている写真もあるし、集合写真等でも4人が集まっている。ということは父さんにかなり詳しい話が聞けそうだ。


 そしてさらに見ていくと、新たなる発見と疑問があった。なんと工藤肇さんは何やら首にペンダントのようなものを見に着けているようなのだ。そしてそれはどの写っている写真にも見られるようだ。しかも修学旅行と思しき写真では、それが露わになっていた。それがまた驚くことに、俺の着けているペンダントと全く同じものであった。この記憶が始まった時からずっと気になっていた、このペンダント。でもなんとなく外す気になれなかったこのペンダント。それと同じものをが身につけている。もはや、これは偶然では片付けられないだろう。絶対に彼と俺には何らかの関係がある。このいつもらったのか記憶にないペンダントは、俺の記憶のない期間にもらったものだと仮定し、その間に彼と関わりがあったとみるのが妥当か。


「なあ、煉、ここどうやんだっけ?」


 そんな折、俺の思考を遮るように修二がそう質問をしてくる。


「あ、ああ、ここはな……」


 とりあえず、全ての答えは父さんが知っているだろう。これだけ関わりがあった『工藤肇』さんの事情を知らないはずがない。そう思い、一旦調べものは止め、修二の勉強の手伝いに専念することにした。それから修二はというと、頭をひねらせながら自分の力で宿題を頑張っていた。決して人に全てを頼らず、できるだけ自分で解決しようと努力していた。そんな修二にちょっと感心しつつ、俺たちはお昼休みの時間を過ごしていた。

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