36話「ヒミツ」

 次はアトラクション系のものがいいと思い、お化け屋敷にすることにした。ただ1年4組、つまりはウチのクラスに行くほど俺もアホではない。諫山いさやま姉妹のクラスで結構な時間を使い果たしてしまったため、もう時間はとっくに後半に入ってるのだ。でもどういうわけか、岡崎おかざきはそれに触れてくることはなかった。単に気づいていないだけなのか、はたまた俺と同じ考えで仕事をサボりたいのか。彼女の真意については定かではないが、とにかく岡崎はもう俺と共犯者なのだ。だったら俺も俺で最後まで岡崎と共にサボり通そうではないか。その決意のもと、俺は3組から移動を始める。


「ねぇ、次さ2年生の2組に行ってみない?」


 歩き出してそうそうに、俺は岡崎にパンフを見せながらそう提案する。ちょうど俺たちのクラスと同じようにお化け屋敷をやっていたのだ。


「えっ……そ、それはちょっと……やめない?」


 意外や意外、そのパンフレットの内容を見るやいなや引きつったような顔を見せて俺のそんな提案に、今日初めて拒否をした岡崎であった。


「えっ、なんで? なんか、ダメだった?」


 そんなあまりにも意外な反応に、俺はその理由が分からずに岡崎にそう問いかける。


「や……だって……」


 なんだかハッキリとせず、言葉を濁してしまう岡崎。そこまでして行くのを躊躇ためらう理由は何なのか、とても気になってしょうがなかった。パンフを見た時の、あの表情。そしてハッキリと理由は述べず、言いよどんでいるこの姿……そうか!


「あっ、もしかして……岡崎ってお化け――」


 なるほど、わかった。アレがダメなわけか。だからそんなに行きたくなさそうにしているわけか。だから理由をすぐには言わなかったんだ。こういう、がバレてしまうのはやはり恥ずかしいくて言いにくいだろうから。


「キャアアアアア――!!」


 俺が『お化け苦手』と暴く前に、岡崎は過剰にその言葉に反応して言葉をさえぎって耳をふさぎ、そっぽを向いてそんな大声で吠えるかのように叫んでいた。この反応からしてどうやら図星のようだ。でも俺からするとそのあまりにも大げさな拒絶反応に、『そんなに怖いのか』と思う自分がいた。


「じゃ、じゃあ、やめて他いこっか」


 岡崎が大きな声を上げて叫んでくれたおかげで、周りの生徒たちの視線を一気に集めていしまった。事情を知らない人からすれば、『俺が何か悪いことをした』ととられかねないので、お化け屋敷は即却下で、他の教室に行くことにした。それに対し、岡崎は何も言わず、ただひたすらにうなずいている。俺の声が聞こえているなら、耳塞ぐ意味はないだろ。というツッコミは心の中にしまっておこう。とりあえずお化け屋敷は却下ということなので、再びパンフを見ながら次の行く場所を探しているその時――


「ああー! 秋山あきやまくんに岡崎さん! 見つけた!!」


 最悪のタイミングで委員長に見つかってしまったのだ。たぶんさっきの岡崎の大声で周りの人の注目を集めたように、大声が気になって廊下に出たら幸運にも今まさに探している相手である俺たちがいたといったところだろう。その口調、セリフからも確実に委員長が俺たちのサボりに気づいていることは間違いない。俺は今、とんでもなく危機感を感じている。俺たちはサボり魔。そして委員長は俺たちをとっ捕まえる、いわば警察。そしてさらに悪いことに、ここは敵の本拠地である4組に近い場所、つまりは敵地なのだ。状況は圧倒的に不利と言っても過言ではないだろう。


「やべっ」


 これに捕まってしまえば、どうなるかは容易に想像がつく。委員長の説教コースで収まればいい方なレベルで恐ろしい懲罰ちょうばつが下されるだろう。そんなのは御免だ。だから俺は今すぐにでもここから全力で逃げなければならないのだが、そうなると当然委員長との鬼ごっこになってくる。となると、岡崎の存在が言い方は悪いけれど、『ハンデ』になってしまうのだ。岡崎の普段の運動能力がどれほどあるのかは知らないが、俺と比べればきっと俺が彼女に合わせる形になるだろうし、それでは全力で逃げ切れない。そんな考えの最中にも、一歩、また一歩と確実にじわじわと歩を進めてこちらへと迫ってくる。それに呼応するように、俺たちもまた同じように一歩ずつ後ろへと下がっていく。俺はその間にも、必死になってここからうまいこと逃げ切る作戦を考えていた。そしてその時――


「Ladies and gentlemen! It's a show time―――」


 なんとも幸運なことに、スピーカーから訊き馴染みのあるアホの声が聞こえてる。そしてその後、アイツがいかにも好きそうなロック系の音楽が流れていく。


「なにこれ?」


 そのまさに突発的な放送に訳がわからず、それに気を取られてしまっている委員長であった。しかも、顔もその天井のスピーカーの方へと向けてしまっていて、俺たちから目を離してしまっている。


「よっし、今のうちだ。いくぞ岡崎!」


 ここしかないと思い立ち、俺はその一瞬のスキをついて岡崎の手を握り、全力で階段の方へと走り始める。ありがとう、修二。お前のナイスタイミングな放送で俺は助かったよ。まあ、つってもこれは録音済みのもの。だからアイツはもう既に別の場所にいるんだけどな。


「えっ? ちょ、ちょっと、れっ……秋山くん!!」


 委員長と同じように放送に気を取られていた岡崎が、突然の逃走に戸惑いながらも、転ぶまいと俺に必死についてくる岡崎。その際に、『れ』という音が聞こえた気がするが、たぶん俺の気のせいだろう。


「アッ! ちょっと、まちなさーい!!」


 逃げ出してすぐに委員長は俺たちのことに気づいてしまい、大声を上げながら後をついてくる。ただ委員長はそのイメージ通り、運動が苦手であった。だからこのまま持久戦に持ち込めれば、時期に勝てるだろう。後は岡崎が先にギブアップするか、委員長がするかの勝負だ。でもこの勝負、勝ち筋はあると思う。そんな根拠のない自信が俺にはあった。それから階段をどんどんと降りていき、1階まで行ったところで一旦足を止める。すると、もう既に足音が聞こえてこないのがわかった。どうやら委員長の体力はもう尽き果ててしまったようだ。もう大丈夫だろう。


「はぁ……はぁ……これ、なにぃ……?」


 ノンストップで走っていた岡崎は肩で息をしながら指をスピーカーの方へと上げ、そう訊いてくる。


「修二が放送室をジャックしてるんだよ、まあこれは予め録音されたものを流してるだけだけど」


 放送室はだいたいこういう日は中に人がいないので、予め持ってきたCDを垂れ流しにしている。なのでそれを利用し、扉のパスは既に俺が知っているのでそれを修二に教え、そしてそのパスすらも何十桁と変えてやれば、そう簡単には対処できなくなる。後は自分たちの好きな音楽を同じように垂れ流ししてやるだけ。これで放送ジャックの完成だ。しかも垂れ流しているだけだから、中は無人。犯人もつきとめられないというわけだ。


「でも、なんでそんなことを?」


「まー言ってみれば、バカ騒ぎしたいからかな? やっぱこういうお祭りの日は騒がないと損でしょ?」


 ただの学園の行事の1つじゃつまらない。『クリスマスパーティ』なのだから、もっと自由に盛り上がらなければ。もちろん、生徒会に迷惑をかけているのは重々承知の上。当然それは明日美あすみにも、りん先輩やつくし先輩にも迷惑がかかるのも知っている。でも、それでも、遊びたい年頃なのだよ。1日ぐらい、それは許してくれてもいいだろう?


「ふふ、なんか秋山くんらしいね」


「あー、そうだ。このことはくれぐれも秘密にするように」


 俺は人差し指を唇に当て、そんなちょっとふざけた口調で岡崎にそう告げる。彼女なら大丈夫だと思う。それだけの信頼があったからこそ、このヒミツを打ち明けたのだろうし。でも万に一つ、このことが我が姉上にバレてしまっては大変だ。もちろんこれらのことはバレて怒られる覚悟でやっていることはやっているのだが、それでも明日美の雷はできるだけ避けたいのだ。だからこそ、この事はできる限り内密にしたかった。


「うん、大丈夫、秘密にするから」


「ああ、頼む」


 それから俺たちは委員長の魔の手から一緒に逃げたということもあって、もう後には退けない状態になっていた。だからここまで来たらもう、最後の最後までサボってしまうという意見で一致した。なので俺たちはさっき行けなかった明日美のクラスの劇を観賞したり、体育館でやっている軽音部のライブなどを見たりしてクリパを満喫していた。岡崎も、こういうことに後ろめたい気持ちはないのか、このサボりの時間を存分に遊んで楽しんでいるようだった。こういう部分はやっぱり俺たちとおんなじなんだなと、どこか安心してしまう俺がいた。それから楽しい時間はどんどんと過ぎていき、気がつけばもう時刻は17時を回っていた。クリパのリミットは18時までだが、もうほぼ回りきったので俺たちはそろそろ帰ることにした。


「ねえ、秋山くん。このまま一緒に、帰らない?」


 そんな折、どこか恥ずかしそうにしながら、そんな誘いをしてくる岡崎。


「うん、別にいいけど」


 とくに断る理由もなかった俺はそれを快く了承した。そもそも今の今まで俺たちは一緒だったのだし、このまま一緒に帰ることも自然な流れだろう。それに、俺は以前に『家に帰るまでがクリパ』なんて言葉を先輩から聞いたことがある。だから今日はその言葉にあやかって、家に着くまで俺はクリパの案内役を務めようと思った。そんなわけで、俺は岡崎と共に学園を後にし、いつもの通学路を歩いていくのであった。



 2人で肩を並べて歩く通学路。周りには他の生徒の姿はなく、それはまるでこの世界に俺たち2人だけしかいないみたいな、そんな雰囲気だった。それはさておき、今日俺は一日中岡崎と一緒だったということもあってか、色々な彼女の表情を見られた。今まではあくまでもクラスメイト程度の関係だったから、それだけに今日のそれはとても新鮮だった。だから石川の頼みを受けたことは後から考えてみると、案外いいことだったのかもしれない。そんなことを考えていると、頬に一粒の冷たい何かが触れるのを感じた。それにつられて空を見上げると、なんと雪が降り出していたのだ。隣を歩く岡崎もそれに気づいたようで、手を出して空を見上げている。


「あっ、雪だ……ホワイトクリスマスだね」


「たしかに、朝は結構晴れてたのになーきっと神様が空気読んでくれたのかな」


 こんなロマンチックな情景に、俺はそんな恥ずかしいセリフを言ってみる。なんとなく、今日は祭気分だからか、そういう言葉が自然と口にしてしまうようだ。


「ふふ、そうかもね」


「あっ、そうだ。岡崎って今日誕生日だったよな、おめでとう」


 その流れで、俺はふと電線が繋がったかのように、そんなことを言葉にして岡崎を祝福していた。


「えっ……? なんでそれを……?」


 でもそれを受けた岡崎にはお返しの言葉はなく、そして俺たちはまるで時が止まったかのように、見つめ合ったままで固まってしまっていた。俺のさっきの言葉に愕然とした表情を見せている岡崎だが、対する俺も俺で今までにないくらいに驚いていた。俺がボソッとほぼ無意識のうちに放った言葉に自分も驚かされているのだ。変な話なのだが、俺の言った言葉は辻褄つじつまが合わないのだ。だって俺は岡崎の誕生日なんて知りもしなかったし、誰かに教えてもらったわけでもない。だのになぜか俺はそれを言い当ててしまった。まさか俺の運のよさが効いて365日の中からたった1日しかない誕生日を本能が言い当ててしまったとか。いや、でもそれならそもそもどうして『誕生日』なのか、という疑問が新たに湧いて出てきてしまう。自分の発言の謎にどんどんとハマっていくが、そんなことよりもまずこの場をなんとかしなければならなかった。俺は必死で言い訳を考えるために、頭を切り替えていく。


「あっ、えーと……い、いいい、石川に教えてもらったんだよ!」


 そしてなんとかうまい理由を作り出し、誤魔化してみる。これなら辻褄も合うし、岡崎には納得してもらえるだろう。後々バレる可能性もあるけど、とりあえず今さえ切り抜けられればそれでいいのだ。


「あっ、あぁー静ちゃんに教えてもらったんだ……」


 その言い訳でどうにか岡崎は納得がいったようで、どうやらこれでなんとかなったようだ。俺は心の中でホッと安堵しつつ、


「そっ、そう、だから知ってたの」


 うまく話の流れが出来たので、俺は話を進めていく。後は岡崎が変なところに引っかかったりしなければいいだけだ。


「なーんだ、急にいうからびっくりしちゃったよ」


 その不安もどうやら俺の心配損だったようで、軽く笑いながらそれで完全に納得しくれたようだ。これで完全に言った本人がその理由を分からないという、なんとも意味不明な会話になることは避けられたようである。


「はは、ごめん、ごめん。だからさ、受け入れたの」


 そこから俺は誤魔化しついでにあることを考えつき、話を続けていく。


「えっ?」


「岡崎にとって最高の一日なればなと思ったから。石川の頼みを受け入れたの」


 誕生日を知っていたことの理由は嘘だけれど、これは嘘じゃない。後付けにはなってしまうけれど、今思ったんだからこれは嘘じゃない。


「そう……なんだ……」


 どこか嬉しそうな顔をしながら、軽く微笑む岡崎。


「岡崎にとって、今日は楽しかった?」


「……うん、最高に楽しかったよ!!」


 それは今までに見たこともないような、満面の微笑みだった。それだけ喜んでもらえれば、こちらも案内しがいがあったというもの。自己満な部分もあるかもしれないけれど、その表情を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。


「そういってもらえると助かるよ、ホントおめでとう」


「あっ、ありがとう……」


 岡崎は照れくさそうにしながらうつむいていた。それを見ながら、俺は自分の腕時計に目を向ける。そろそろアレが始まる時間だ。それもこれもアイツがうまくやっていてくれれば、の話だが。俺は学園の方を見ながら、その成功を祈りながらその時を待つ。


「――なにあれ?」


 そしていよいよその時がやってくる。付属棟の屋上からゆっくりと光が上空へ向かって上がっていく。それに気がついた岡崎は、不思議そうなお面持ちでそれを見つめていた。そしてその光がある地点に到達したところで、それがパーッと花咲く。


「よしっ、成功!」


 俺は成功の喜びを噛み締めながら、その花火を見つめていた。運がよく、俺たちのいる並木道からはさえぎる建物がなく、見晴らしがよかった。夜空に花咲く大輪、色合いがとてもキレイで俺たちを魅了した。岡崎もそれに驚きながらも、まるで子供のように食い入るように、そして目をキラキラさせながらそれを見つめていた。


「綺麗……」


 冬に花火――このギャップが俺はまたいいと思う。しかも幸運なことに、ちょうどうまい具合に今雪が降っている。それらが相まって、花火をさらに美しく染め上げていた。この景色を見て、美しいと思わない人はそういないだろう。どうやら俺と修二の作戦は見事に成功を収めたようだ。まさにクリパのエンディングにふさわしい演出となった。そんな自己満足に浸りながらも、しばらくの間何発も打ち上がって夜の空を彩っていく花火たちを俺たちは見つめていた。


「――じゃあ、また明日ね、煉くん!!」


 それから花火も終わり、俺たちは惜しみながらも、再び通学路を歩き始めた。そしてすぐにいつもの別れ道に到着し、そこで岡崎と別れることとなる。


「おっ、おう! じゃあな!」


 違和感のある岡崎の挨拶に、手を振って返し、俺は1人寂しく家までの道を歩き始める。明日はミスコンがメインで参加は個人の自由。だから行きたくないやつは行かなくてもいい扱いになっている。元々明日はもう冬休みなので、登校日ではないのだ。俺もいつもなら行かないのが定石じょうせきなのだが、汐月しおつきとの約束で行くことになっている。なぜ岡崎はそれを知っていたのだろうか。いや、むしろそれは考えすぎで、まだ彼女は転校して日が浅いからその辺の事情をよく知らず、全員参加だと勘違いしているパターンだろうか。でもそれよりももっと疑問に思うのは俺の名前の呼び方だ。以前までは『秋山くん』と名字呼びだったのに、さっきは『煉くん』とくん付けに変化していた。彼女の中に今日一日でどういう心境の変化があったのかは知らないけれど、とにかく仲良くなれたということでいいのだろうか。とりあえず俺の中ではそういうことにしておきたい。これは一歩前進、と言ったところなのだろう。これまでのクラスメイトの関係よりも進んだ関係。友達……なのかと言われるとまだよくわからないが、最初のなんとなく気まずい感じに比べると進展があったのは間違いない。それがどこから嬉しくてニヤニヤしてしまう気持ち悪い俺だった。そんな嬉しさを味わいながらも、俺は自宅へと帰り、こうして俺のクリスマスイブは終わりを告げたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る