1-1-9 母の大きな忘れ物

【少女の思い出】


「・・・ハァ、ハァッ」


 私は走る。地獄の中心へと。


「父さん、母さん!」

「ニクウゥゥゥゥ」

「ひっ!?」


 いきなり化け物が、真横から噛み付いてきた。全身を硬直させかけながらも、何とか前に跳んで躱す。見ると、真っ黒なデップリした体型で、胴体に大きな口が開いていた。

 頭、あるじゃん。

 何で口がそこじゃないの?

 こちらに向かって、ゆっくりと歩いてくる魔物。気持ち悪い、キモい!!


「わっ、えっと、火の精霊よ、憤怒を敵に与えよ。『爆炎』」


 真っ白になる頭は、自分の使える魔法の中で一番威力の高いものを選択。ほぼ思考停止状態。


「ヒギャアァァァ!!???」


 爆炎が命中した魔物は、焼かれて、苦しそうに呻きながら、近くの家に突進をかます。

 当然、火は燃え広がり。一瞬罪悪感に怯むも、今はそれどころではない。

 自分の家へと、一目散に駆ける。辿り着いた途端、ドアをこじ開け。


「うっ!?」


 私の鼻腔に、咽せ返るような血の匂いが充満する。


「母さん!」


 食卓の傍ら、そっぽを向いて倒れる母に走り寄り。


「え・・・」


 あったのは頭だけ・・、だった。軽くなってしまった母を、私は無造作に掴む。


「ねぇ、母さん、体は、どこやったの? また物を失くしたの? おっちょこちょいだなぁ」


 母は、恨めしそうな視線を虚空に送るのみ。

 数秒間、その場を動けなかった。が、首を持ってない方の手で、自分の左頬を思いっきり叩く。

 母は、死んだ。現実を見るんだ。


「父さんは・・・?」


 望み薄と分かっていながらも、父を探しに二階に行く。


「あ」


 家の中を徘徊していた魔物と、ばったり会った。


「ウマソウナ、ニオイ・・・? セイレイ?」


 何となく分かる。こいつが、母を殺した化け物。これが、魔物というやつだ。ケルヴィンからパクった本に載っていた。体を、どうしようもない怒りが支配する。

 殺してやる。


 殺してやるうううううぅぅぅぅっっっっっ!!!!!


「・・・がああああぁぁ!! 火の精霊よ、憤怒を」

「セイレイダァァ! ゴチソウダァァ!」

「敵に与えよ。『爆炎』!」


 私と同時に魔物も何か叫ぶ。呪文を唱え終われば、展開されるはずの魔法陣は。


「あ・・・あ、れ?」


 現れない。

 魔法が、発動しない?


「う、嘘」


 この場に残されるは、私と魔物。

 憎い、死んで欲しい・・・! でも、魔法の使えない私じゃ、こいつらの餌もいいところだ。

 喰われる。全身の血が、サーっと引く。

 恐れが、怒りに勝つ瞬間。


「い、嫌・・・、来ないで・・・」


 魔物がじりじり、距離を小さくしていく、接近してくる!?


「火の精霊よ、憤怒を敵に与えよ、『爆炎』、『爆炎』『爆炎』! ・・・何で、魔法が使えないの!?」


 泣きながら呪文を唱えるも、魔法が顕現することはない。理由は、実は分かっている。


「どうして、精霊がいないのぉ・・・」


 媒介者が、いない。


「ウマソウ・・・、ホントニゴクジョウノニク・・・」


 ふと、横を見る。

 窓。

 ここは二階。

 いけるか? ・・・いける、やるっ!!


「死んで、・・・たまるかぁぁぁ!」


 閉じた押し戸に突っ込んで、外に飛び出す。


「がっ」


 何とか受身は取ったが、これは右手首をやったか?

 動作確認。よし、動く!


「精霊の気配は・・・ある!」


 だが、微弱だ。

 ・・・ケルヴィンから拝借していた「珠光球」を思い出す。


「これを使えば・・・」


 乗り切れる、か?

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