#23 いざ王都、そして城へ

 翌日の昼過ぎ。調味料と使い慣れた包丁を入れたバッグを手に、サミエルはマロと並んで王都を繋ぐ北門の前に立った。


「さて、行くか」


「はいカピ」


 気合いを入れる様に息をひとつ吐くと、サミエルは大きく1歩を踏み出す。


「すいません、こんにちは」


 北門詰所に声を掛ける。詰所は門を入ったすぐ脇にあり、幅の広い石畳の道が王都の中央に建つ城に向かって真っ直ぐに伸びている。


「はい」


 かっちりとネイビーの制服を着込んだ若い男性が、愛想良く笑顔で応えてくれた。


「サミエル・シュミットと申します。本日国王陛下をお訪ねする予定になっているのですが」


「はい、伺っております。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 男性は静かに立ち上がり、丁寧に頭を深く下げた。


「今担当の者をお呼びしますので、少々お待ちください」


 そう言うと傍らの電話機から受話器を上げ、どこへやらに連絡をする。


 数分後、馬のひづめが地面を蹴る音と、車輪が回る音が重なって聞こえて来た。


 石畳をゆっくりと駆けて来たのは1台の馬車。2頭の茶色い馬が曳いているのは、普段サミエルが借りている簡素なものとは違い、シックながらも豪奢ごうしゃな箱馬車だった。


 サミエルとマロの近くで停まり、御者台から男性がひらりと降りて来る。その男性も北門詰所の男性と同じ紺の制服をきっちりと着込んでいた。


 男性はサミエルたちの前に姿勢良く立つと、それぞれに向かって深く会釈をした。


「お待たせいたしました。サミエルさまとマロさまですね。お待ち申し上げておりました。わたくし、この度の担当をさせていただきます、キャスパ・トリエルと申します。先日はご連絡をいただき、ありがとうございました。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


 北門詰所の男性もそうだが、こうして余りにも丁寧に接されると恐縮してしまいそうになる。だが、ふたりとも物腰がとても柔らかで、人に圧迫感など微塵みじんも感じさせない。ついつられて頬を緩めてしまう。


「サミエル・シュミットと申します。こちらこそよろしくお願いします」


「よろしくお願いしますカピ」


 並んで頭を下げる。マロの事は電話を掛けた際に伝えておいた。ペットなら連れては来れなかったが、能力持ちなので王都側は同行を快諾してくれた。


「では早速城にご案内いたします。馬車にお乗りください。お荷物お預かりいたします」


「いえいえ、そう重くも無いので大丈夫です。自分で運びたいので」


「それは失礼いたしました。それではどうぞ」


 サミエルはキャスパが開けてくれた馬車のドアから、まずはバッグを入れ、続いてマロを乗せ、最後に自分が乗り込んだ。そしてまたキャスパの手でドアが閉められる。


 椅子はダークブラウンの革張りで、艶々と良く磨かれていた。座り心地も、柔らか過ぎず堅過ぎず、丁度良い。


 壁にもブラウンとネイビーで、小振りで品の良いパターンが描かれている。そして所々にゴールドがあしらわれていて、それが更に格を上げていた。


「サミエルさま、マロさま、出発してもよろしいですか?」


 御者台に掛けたであろうキャスパから声が掛かる。


「はい、お願いします」


 サミエルがそう応えると、馬車はゆっくりと動き出した。流石に乗り心地は抜群で、身体が痛む事も無い。キャスパの腕も良いのだろう。


 そう思うと移動の度にマロにはしんどい思いをさせているのかも知れない。今度馬車を借りる時には、もう少し乗り心地の良いものを選ぶとしよう。


 何分程走っただろうか。馬車がゆるりと減速し始める。窓から外を見ると、王族が住まう城が迫って来ていた。


 石造りの立派な建物ではあるが、そびえ立つ、という威圧感の様な印象は無い。だがやはり滲み出るオーラに、サミエルは眼を見開いた。


 やがて馬車は停まり、キャスパがドアを開けてくれる。


「お疲れさまでございました。乗り心地は大丈夫でしたでしょうか?」


「はい。凄く良かったです」


 サミエルが馬車から降りながら言うと、マロも「はいカピ」と小首を傾げる。


「それは良うございました」


 そしてキャスパに促され、マロと並んで城門に向かう。キャスパはゆっくりと歩いてくれたので、サミエルは勿論マロも余裕で付いて行けた。


 さて、城門まではあっという間に辿り着く。その前に立つと、流石に少し緊張を覚えた。


 能力持ちとは言え、一般人のサミエルにはとんと縁の無い場所。王都そのものすらゆかりも無いのだ。


「まずは王座の間へ。国王陛下並びに王族の方々にお会いしていただきます」


「え! いきなりっすか!?」


 キャスパの台詞に驚いたサミエルは、つい普段の砕けた口調が出てしまい、焦って口を押さえた。するとキャスパはくすりと小さく笑う。


「余りかしこまらないでください。お言葉も、サミエルさまがお話しし易い様になさってください」


「でも凄い丁寧に対応してくださっているので」


「わたくしたち表に出る者、そして王族の方々に接する者は、皆この様に教育をされているのです。ですので王都の中にはそうでは無い者も大勢おります。そうですね、サミエルさまにご使用いただく厨房に詰めております料理人などは、ラフな言葉使いをしております。農業や酪農に従事する者もそうですね。ですので、本当に楽になさってください」


「じゃあ、そう言ってくれるんでしたら」


 そこまで言って貰えたら、寧ろ固辞する方が失礼だ。サミエルも楽である。キャスパは安堵した様な笑みを浮かべた。


「では、ご案内いたします」


 そう言うキャスパの後を、サミエルとマロは付いて行く。古城だが改装や改築などが随時行われているのか、古めかしい印象は余り無く、エレベータも備わっていた。


 そのエレベータに乗り込み、キャスパが行き先を操作して最上階を設定する。成る程、お偉い人は上にいるものだ。嫌味では無く。


 さて、到着。ドアが開き、閉じてしまわない様に手で押さえたキャスパに促され、サミエルがまず降りる。マロが続き、最後にキャスパ。


 そしてまた案内されて、行き着いた廊下の突き当たりには大きなドア。キャスパがドアを2回叩くと、内側から静かに開かれた。


 顔を覗かせたのは、キャスパの制服と形は似ているがモスグリーンの制服を着た男性。


「ご苦労さまですキャスパ。そちらがサミエルさまですね?」


「そうです。よろしくお願いいたします。サミエルさま、わたくしは中には入れませんので、こちらでお待ちいたします。サミエルさまが王座の間を出られるまでは、この者が付きますので」


 そうしてキャスパが示した男性は、サミエルやキャスパよりも年嵩としかさに見えた。頭にちらほらと白いものが混じっている。


「初めまして、サミエルさま、マロさま。わたくし国王陛下第1秘書を務めております、ツエルト・コラルと申します。本日は国王陛下のお願いを聞き届けてくださり、誠にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 ツエルトは渋い声で言うと、深く頭を下げた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「よろしくお願いしますカピ」


 サミエルとマロも頭を下げる。


「ではご案内いたします。キャスパ、サミエルさまのお荷物を」


「はい、そうですね。恐れ入りますサミエルさま、王座の間の中におられる間だけ、お荷物をわたくしにお預けいただけませんか。勿論大切に扱わせていただきます」


 先程荷物を預けるのを断ってしまったからか、キャスパはまるで地面に頭を着けるかの様な様子で言う。


 サミエルは単に持たすのは悪いと思って自分で持っていたのだが、逆に申し訳無い事になっていた様だ。


 キャスパを信用していないとか、そんな事は微塵も無い。サミエルは肩に担いでいたバッグを下ろした。


「じゃあお願いします」


「はい、お預かりいたします」


 キャスパは安堵した様な表情で、サミエルからバッグを受け取った。


「ではサミエルさま、マロさま、こちらへどうぞ」


 ツエルトの台詞に、マロが驚いた様に眼を見開いた。


「ぼ、ボクも国王陛下にお会い出来るのですカピか?」


「当然でございます。サミエルさまの大切なお連れさまなのですから」


 ツエルトがそう応えてにっこり笑うと、マロは慌てた様に首を動かす。


「き、緊張しますカピ」


「大丈夫ですよ。国王陛下はわたくしが言うのもおかしいかも知れませんが、聡明でお優しい方でございます。おふたりにお会い出来る事をとても楽しみにしておりますよ」


「で、でもやっぱり緊張しますカピ」


 こう近くに自分以上に緊張する者がいれば、自分のそれはどこかに飛んで行くものである。サミエルはすっかりとリラックスしてしまった。


「大丈夫だって、マロ。俺も国王陛下の噂って良いもんしか聞かないしさ」


「ぼ、ボクだってそうですカピ。でもまさかこんな事になるなんて思いませんでしたカピ。サミエルさんは緊張しないのですカピか?」


「さっきまで少ししてたけど、今のマロ見てたら解けた。ありがとうな」


「な、何か複雑なのですカピ」


 マロはおろおろと落ち着き無さげに足を動かす。だがやがて、気合いを入れる様に息を吐いた。


「覚悟が決まりましたカピ。お待たせしてごめんなさいカピ」


「はい。では参りましょう」


 ツエルトはドアを2回叩くと、音を立てずにそっと開いた。

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