第六話「料理はできない。でも、食にはうるさい」

 最初に泊の目に入ったのは、半球に盛られた赤飯のような色をしている古代米だった。

 ところどころに黒豆のような黒い粒が混ざる古代米(黒米)の存在感は、皿を飾る中でもなぜか最も強い。

 だからこそ、いの一番に目をもっていかれたのだろう。


 隣には、同じく半球に盛られた、なじみの白いご飯。


 その二つの山へ橋を架けるように、濃いきつね色をしたトンカツが寝そべっている。

 そして上には緑の葉物が、ちょこんと帽子のようにのっていた。


 左には白き穢れなきキャベツ。

 否。その身には醤油色のドレッシングがかかり、すでに部分的に染め上げられてしまっている。

 隣には、半月に切られたオレンジ。

 同じく、半月に切られた酢橘らしきグリーン。

 奥には、なぜか煮物のこんにゃくが数切れ。

 そして橙色をした漬物、真っ赤な福神漬けが並ぶ。


(なんてB級グルメっぽい、カオスで七色ワンダーランド……)


 とどめは、荒野のように広がるカレールーだ。


(違う……違うぞ。これは肥沃な大地だな。中には多くの野菜や肉が眠り、その豊潤な大地から芳醇な薫りを漂わせている……)


 まずは、すばやく写真を撮る。

 あとで、二人に送りつけなくてはならない。


(よし。では……)


 薫るスパイシーさに少しだけ鼻を鳴らし、「いただきます」を告げる。

 それは戦いの合図。

 スプーンで、まずはルーだけ味を見る。

 ふわっと口の中に広がるスパイシーな風味。


(ほむ。日本風カレー……だけど……。香辛料が効いていてスパイシー。それでいて尖ったところはなく、なめされたような香り。辛味や刺激が強いわけではなく、「女子供だってウェルカム」というストライクゾーンの広さを感じさせるバランス。もちろん、大人の男も楽しめる。子供だましではなく、いろいろな風味がまじりあって、シンプルに見せてマルチ)


 今度はトンカツにスプーンを当てる。

 少し硬いがサクッと切れる。


(合格。やはりカツカレーのカツはスプーンで切れないと。一緒に食べた味は……うーむ。大阪のカレーうどんの老舗【得正】が展開するカレー専門店【上等カレー】のカツカレーほどの調和はとれていないが……なんだろう、これ……)


 白米とカレーをまた口に運ぶ。


(……飛びぬけてめちゃくちゃ、おいしいわけではない。カツも合格点というレベル。なのに……スプーンが進む……。たまに古代米を入れると、風味が変わって飽きがこない……そうだ、飽きない味なのだ……)


 最後まできれいに平らげ、定食としてついていた味噌汁まで飲み干した泊は、「ごちそうさま」を告げる。

 それは終戦の合図。


 感動の嵐が吹き荒れるという美味ではない。

 いつもの通学路の途中に、ふと咲いていた花を見つけたような嬉しくなる気持ち。

 それは「ああ、今日もがんばって学校に行こう」と思える幸福感。

 このカツカレーには、そんなうまさが隠れていた。


(ほむ。ならばまとめると、こうだな……)


 泊はカツカレーの写真と共に、考えた一言をスマートフォンのチャットで送る。



――とまり@ソロキャン中:このカツカレーは、「エブリデーカツカレー」!

――とまり@ソロキャン中:一言で言えば、そんな感じのうまさでした。



 しばらくすると、二人から返事がくる。



――AKIRA@ランナー:意味わかんねーよ! グルレポ へたっぴか!


――はるはる@お休みです:とまとまって、たーまに本当に小説家なのか疑っちゃうわー。そんなところもかわいいけど♥


――AKIRA@ランナー:だいたいとまりんは 味にうるさいくせに料理できないしなぁ~ だから語れないんだよな


――はるはる@お休みです:いいのよー、とまとま。料理ができない、ダメダメな女のままでいてー。わたくしが養ってあげるからー



 泊としては、すばらしくピッタリな表現をしたつもりだったのに、返ってきたのは散々な言われようだった。


(うぐっ……。も、もう、あいつら、絶対にお土産なんて買って帰らないからな……)


 涙をこらえながら新たな決意を胸に秘め、泊は龍勢会館を後にするのだった。



「――バカヤロー!」



 県道三七号から七一号にはいり、そこから今日の目的地でもある【山逢の里キャンプ場】に向かう横道は、油断していたら見逃しそうになる細い道だった。

 その対向車が行き交うのも難しそうな道に入り、橋を渡ると山沿いの道になる。

 川を渡り、さらに進むと左に橋が見える。

 その橋を渡ると、正面に目的の【山逢の里キャンプ場】管理棟がうかがえた。



【山逢の里キャンプ場】

http://www.ryuseinomachi.co.jp/camp/yamaai.htm



 どうやら管理棟の建物は、駅舎を模しているようだった。

 管理棟の横には、駅の行き先案内板のような立札に「山逢の里 体験駅」という文字が書いてある。

 さらに前の駅、次の駅の表記の代わりに、左に川、右に山と書かれている。

 そして横の方には、車両を改造した宿直室などが作られていた。


(ほむ。雰囲気づくりしてるな……)


 ちなみに「体験駅」の体験とは、そば・うどん打ちの体験らしい。

 ホームページで調べたところ、「秩父地方ではその昔、『嫁入り道具に板とめん棒が必需品』、『そば・うどん打ちが出来ないと一人前の嫁にはなれない』と言われていました。」と書いてあった。

 このあたりでは、かなり重要視されていたスキルなのだろう。


(何も料理できないわたしなんて、一人前どころか結婚の資格さえなかっただろうな……。いや、今の時代もそうなのか……うぐっ!)


 そんなことを考え、泊は自ら心にダメージをくらってしまう。

 別に結婚願望があるわけでもないし、今のところ好きな男の子がいるわけでもない。

 だがそういう機会を得た時、やはりスキルがないと戦いにくいのではないかと思う。


(このままだと、あの二人にもバカにされるし……)


 陸上好きで健康的な褐色の晶は、言動も行動も男っぽいところもあるが、その実は家庭的だ。

 彼女とは中学校からの友人でよく知っているが、昔から家の手伝いをして、働いている姉や弟のために食事を作ることも多い。

 だから、実は三人の中でもっとも料理が上手だった。


 一方でお嬢様の遙は、少し前から花嫁修業として料理を勉強させられている。

 その練習の一環として、弁当も自分で最近は作っているという。

 つまり、もうある程度はできるのであろう。


 そんな中、「小説の取材」という名目で、三人中一番、食べ歩きをしていたにもかかわらず、泊は料理を自分でしたことなどなかった。

 だから、今夜のキャンプ飯もカップラーメンへお湯を注ぐだけのインスタントである。

 もちろん、一日カップラーメンはつらいので、明日の昼はどこかに外食に行く予定だ。


(ほむ。料理か……。別に女だからって料理ができないとダメってことはないけど……ないけど……できた方がいいよなぁ)


 そんなことを思いながら、チェックインをすます。

 このキャンプ場には、風呂もシャワールームも存在する。

 設備が整った初心者や子供連れにも優しいキャンプ場を「高規格キャンプ場」というらしいが、ここもそれに当たるのだろう。

 確かに見ていると、家族連れのキャンパーが多い。

 逆にソロキャンパーなど、ほとんど見られない。


(区画サイトに基本料があるから、人数が多い方が頭割りで安くなるものなぁ……)


 ちなみに「区画サイト」とは、縄などで区切られた「決まった範囲内しか使えないサイト」である。

 テントやタープをはったり、焚き火やテーブルを広げるのも、その範囲内でしか行うことができない。

 オートキャンプ(車と共にするキャンプ)の場合は、駐車もその範囲内にしなくてはいけないこともある。


 これに対して「フリーサイト」というのがある。

 端的に言うと「ある一定の範囲内の好きな場所でキャンプ行為をしていいサイト」である。

 例えば、「この広場が全てフリーサイトですよ」となっていれば、基本的にその中のどこにテントを立ててもかまわない。

 ただし特に混んでいる時は、あまり広い範囲を占拠してしまえば、他のキャンパーに迷惑がかかる。

 だから、全体にコンパクトにまとめるのがマナーだ。


 一応、泊もキャンプ場を選ぶときに、そのぐらいのことは調べた。

 これを知らないと、予約もできない。


 そしてもうひとつ、キャンプ場を予約するのには調べなければならないことがある。

 当たり前だが、料金体系だ。

 この料金体系がまた、場所によってまちまちなので大変だった。


 まず一番わかりやすいのが、一人当たりの入場料だけとる制度だ。

 システム的にフリーサイトに多く、ソロにも優しい料金体系だ。

 テントやタープの設置数制限などがともなう場合が多いが、総じてわかりやすい。


 つぎに一サイトの価格が、固定で決まっている制度。

 こちらはシステム的に区画サイトだけである。

 そして、一サイトの人数制限・テントやタープの設置数制限などある場合があるが、その制限内ならば何人でも価格は変わらない。

 つまり制限人数に近くなればなるほど、頭割りは安くなる。

 逆に言えば、ソロには厳しくなりがちな制度である。


 他にもフリーサイトで、テントやタープの数で料金を決める制度などもある。

 この場合、テント等のサイズが「○人用まで」と決まっていることも多い。


 その他、無料のキャンプ場や、条件付き(特定の地域の人、団体の人だけ)無料のキャンプ場などもある。


 さらに複雑なのは、これらの制度を組み合わせた料金制度もあるということだ。


 例えば、この山逢の里キャンプ場は、区画サイトごとの基本使用料がかかる上に、一人当たりの費用が必要になる。

 もちろんソロキャンプの泊は、一人ですべて払わなければならない。


(一泊で四千円強……痛い……)


 このようにサイト単位での料金制度の場所だと、ソロキャンプは料金の負担が非常に大きくなる。


(次はもっと余裕をもって探そう……)


 いくら印税等で貯金がある彼女とて、キャンプにこれからも行くためには、もっと安いところにしたかった。

 しかし今回は、急に決めたために空いているところがなかなか見つけられなかったのだ。


 ちなみに場所によっては、「この区画サイトは四人以上でないと貸さない」「ファミリーにしか貸さない」というところもある。

 そのため、ソロキャンプでいいところを探すのは難しい。


 結果的にソロキャンプの場合、基本はフリーサイトを選ぶことが多くなる。

 ただ区画サイトはフリーサイトと違い、自分の領域が必ず確保されているという利点もある。

 そういう意味では、金額的には高くなるものの初心者には向いているサイトなのかもしれない。


(お隣さん、いい人だといいんだけどな……)


 フリーサイトと違い、混雑時の区画サイトは場所を移動することがほぼできない。

 だから泊はそう願いながら、自分のサイトに向かった。



 そして彼女は、これから長く腐れ縁をもつ、「お隣さん」と出会ったのである。



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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd001-06.html

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