シュピーゲル・パッチワークス
神城蒼馬
「Bye Bye FOURTEEN」 -case of SUZUTSUKI-
《introduction》都市を揺るがす未曾有の連続AP爆弾テロ事件の途上――激動の地下道捜査を終えた涼月は、アダー神父の逮捕状がおりるまでの間、しばしの休暇を得る。吹雪との観覧車デートで疲れを吹き飛ばし、涼月はそれまでの後れを取り戻すように試験本番が迫る受験勉強へと精を出していたが――。
2016年9月13日。
例によって〝もうこんなに迫っています〟と時を告げる時計を一瞥――しばし睨みつけるようにネットカフェの机に備え付けられたデジタル表示にガンを飛ばしたのち、馬鹿らしくなって立ち上がる。
その拍子に一枚のカードが床に落ちた。
『
つい先日更新したばかりの会員証――ちっぽけなIDカードに記されたそれを不思議そうに見つめる。
15歳――もうあたし、14歳じゃないんだ……先日、プラーター遊園地で
15歳――準成人して大人になるまであと10年。それが長いのか短いのか、今ひとつ想像できない。そこでふと、以前マリア
(あなたが大人になってミドルネームでディートリッヒって呼ばれる頃には分かるわよ)
馬鹿みたいに忙しかった地下道捜査で、結局、誰にも祝われることなく過ぎてしまった
「…………くっだんね~」
誰ともなしに呟いてネットカフェを後にする――ようするにアレだ。歳なんてもんは赤ん坊でも爺さん婆さんでも勝手に取っていくし、それこそ必死に詰め込んだ苦手な数学の公式みたいに一定の法則で増えてくだけ。
黙ってても時は過ぎてゆくし、人は誰でも大人になる。
そんなものをいちいち気にしても仕方ねーし――MPB本部へ帰還する途中、ガタゴト電車に揺られながらそんなことを考え、かぶりを振る。
――なに感傷的になってんだ、あたし。
ふいに襲ってくる感覚――これには覚えがあった。〈アンタレス事件〉の時に独りっきりでロシアの特務部隊に放り出された時のあのカンジ。
それをはっきりと自覚してしまう前に、しいて頭の隅にほっぽり出す。
やめやめ、しけたこと考えんのはヤメだ。さっさと部屋に戻って一服すりゃ気も晴れるさ。
***
MPB本部――女子寮の入り口前で立ち尽くす涼月。
工事中の張り紙――どうやらどこかのバカがシャワー室の設備をぶっ壊して、夜までフロア全体が立ち入り禁止らしい。
ムシャクシャしながら踵を返して、どうやって時間を潰すか考えていると、エレベーターホールで極楽鳥に遭遇。「あら、涼月ちゃん」
思わず「げっ」と声を出しかけて飲み込む/できるだけ平坦な声で相手に応じる。
「どうしたんすか、ベーカー課長?」
「うふふ、いやだわ涼月ちゃん。私のことは〝
くねくねと笑う千々石に心底ゲンナリする――今すぐサングラスで顔を隠した某大国の秘密諜報機関がとっ捕まえてってくんねーかなあ/ちらりと脳裏を過ぎる願望。
もちろん、このミリオポリスの中心で突如宇宙より飛来した円盤が何かの間違いで地球人として暮らしていた同胞を不可思議ビームで吸い込んで産廃業者の如く回収していってくれる――なんてことは起こるはずもなく。
千々石のことは無視して、食堂でカフェでも飲んで時間を潰そうか――と考えながらエレベーターのボタンを押そうとする。
「あ、食堂はいま食品の搬送で閉鎖中らしいわよ」
「……こんな時間にっすか?」
まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで千々石が声をかけてくる。一瞬、〝もしや本当に宇宙的な特殊能力でもあるのか?〟と疑いの目でくねくねした極楽鳥型エイリアンを見やる。
「総務課の方で発注ミスがあったそうなのよ。業者も大変よね~」
オホホと能天気に笑う千々石――真面目に相手をするのもアホらしいので、テキトーに受け流してエレベーターを降りる。
当てが外れてどうしたものか思案していると、エレベーターホールの脇に設置された缶ジュースの自動販売機が目についた。
うっし、どうせなら冷やかしがてら吹雪に差し入れでもしてやるか。
自販機でペプシコーラとグレープファンタを購入――前に観覧車に乗った時も同じジュースを買ってたな、とどうでもいいような事柄を思いながら、解析課のフロアへ移動する。
***
無数の端末が並ぶ電脳世界の住人達の居城といった空間に足を踏み入れるなり、急に後ろから声をかけられた。
「涼月、こんなところで何をしている?」
耳にタコができるほど聞き覚えのある神経質な声に、思わず渋面を浮かべて振り返る。
通路の先にたたずむ神経質そうな長身のメガネ男=副長フランツ。
「別に……知り合いに用があるだけです」
うわっ、めんどくせー――反射的に脳内で厄介ごとにならないように身構えながら、肉体は反射的に姿勢を正し直立姿勢を取る――もはや本能的といってもいい防御反応。
副長――そんな涼月の態度を一瞥。
まるで〝こいつは一見借りてきた猫のように殊勝な態度を取っているが、しかし内面ではふてぶてしく反抗するチャンスを伺っているに違いない〟と警戒するような様子でメガネを調整。
「吹雪を探しているなら、今は所用で外出中だ。これから解析課のサーバーメンテナンス作業が行われる。機密保守のため、解析課員以外の全隊員は作業を終えるまで当該フロアへ立ち入り禁止だ」
シッシッと野良犬でも追い払うような態度――んなの聞いてねーよ。
〝解析課以外の隊員が立ち入り禁止なら、副長もいちゃダメなんじゃないっすか?〟反射的にからかいの言葉が飛び出しそうになるのを我慢――渋々と解析課を後にした。
***
さて、どーすっかな。
再びエレベーターに乗って移動――こうなったらサンドバックでも叩いてスカッとするか――地下射撃場の隣にあるトレーニング室へ向かうことにする。
「おや、奇遇だなボクサー」
このパターンも何度目だ――半ばうんざりとしながら振り返る。
「ミハエル中隊長こそ、熱心に射撃訓練っすか?」
トレーニング室の向かい側にある射撃場の方から歩いてくる大柄の男――MPB〈
「それがな。調子に乗ったうちの若い連中がフロアの機材をいくつか破損させてしまってな。そいつの後始末中なのさ」
それはまた大変ですね――と相槌を打ちかけて、ふと気がつく。
「……機材をぶっ壊したって、それじゃ、しばらくトレーニング室使えないんすか?」
「すまんがその通りだ。ボクサーには悪いが、別の場所で時間を潰してもらうしかないな」
マジかよ、ついてねー――申し訳なさそうに片目を瞑るミハエルを残し、仕方なく涼月はまたエレベーターホールへと戻った。
***
「――ったく。なんだってんだよ一体」
一階のロビーをぶらぶらしながら、釈然としない思いにかられる。
さっきから行く先々で〝ここはダメ〟の繰り返し――まるでみんなが寄ってたかって涼月の行動を邪魔してるように思えてくる。なんだって今日に限ってこんなにツイてないのか。
理不尽さにムカッ腹を立てていると、また声をかけられた。
「どうしたの、涼月ちゃん?」
またかよ――苛立ちを通り越して、呆れる思いで振り返る。
入り口の方から白い制服を着た少年が、人畜無害そうな人懐っこい笑みを浮かべて走り寄ってくる。
邪気の無い微笑みにやたらガックリくるのを感じながら、相手の首根っこを捕まえて、無理矢理ソファーに座らせた。
「おい、吹雪。さっきからみんな揃って、何を企んでやがるんだ?」
押し倒すように詰め寄る――眼前に迫る涼月に、吹雪が顔を真っ赤にして答える。
「な、何って……みんな忙しそうだよね」
わざとらしく目をそらす――そのバレバレの態度に、返ってこっちの方が情けない気分になってくる。
「ざっけんじゃねー! さっさと
「待って、涼月ちゃん……!」
まるでライオンを前にしたシマウマのように憐れな態度で固まる吹雪――そんな相手の反応に、ふと冷静になる。
相手を放して別のソファーに倒れ込む――まるでこっちが悪者みたいに思えてくるだろうが。ああ、もう、わけわかんねー。
イライラと髪をかき上げる――その様子をしばらくジーッと見つめていた吹雪が、やがておずおずと切り出してきた。
「あの……涼月ちゃん。よかったらこれからお茶とか……どうかな?」
思わずポカンとなる。
脈絡もへったくれもない下手クソかつド直球な誘い――あからさま過ぎる相手の言葉に、訝しげな目。
吹雪にしては頑張った方なのか、これ?――もうちょっとマシな誘い方があんだろうが。
だが、案外と悪い気はしない――ちょっと悔しい思いを誤魔化すように、あえてそっけない態度で応じる。
「……食堂なら立ち入り禁止らしいぜ?」
「そうかな? ――きっと、もう大丈夫だと思うよ」
***
何だかおかしな気分で吹雪の後に続く――隊員用の食堂/閉ざされた扉。
「……まだ作業中なんじゃねーの?」「そうかな? 確かめてみようよ」
やたら確信的な態度――これまでの状況から薄々察するものがありながら、その考えがはっきりとした形を成すよりも早く、吹雪に促され扉を開ける。
真っ暗な室内――〝ったく、照明スイッチはどこだ?〟と思ったところへ――暗闇にパンッ! と轟音が鳴り渡った。
「な、なんだ!? 敵の襲撃か――!?」
とっさに吹雪を後ろに守るように身構える――出し抜けに光。
眩しい照明と共に、四方八方から細切れの何かが飛んできた。
「ハッピーバースデイ、涼月!!」
「…………へっ?」
予期せぬ嬌声に頭の理解が追いつかぬうちに、明るくなった室内の様子が視覚に飛び込んでくる。
食堂ホールに並ぶ料理/着飾った一同/クラッカーを構えた陽炎と夕霧――紙ふぶきを浴びて呆然と突っ立っているマヌケな自分。
部屋の中央に大きなホールケーキ――その上に飾られたチョコレートの板に文字=『Happy birthday! SUZUTSUKI!』。
目を真ん丸に見開いた涼月のもとへ、仲間たちが歩み寄ってくる。
「ふふふふーん♪ サプライズ成功みたいですよ~」朗らかに微笑む夕霧。
「ふふん、見事に引っ掛かったようだな小隊長」してやったりと笑む陽炎。
ニヤニヤと楽しげな二人――それでようやく事態が飲み込めてくる。
「お前ら……こりゃ、一体なんの騒ぎだよ?」
「見ての通りバースデイ・パーティさ、ボクサー」「あなたのね、涼月ちゃん♡」
ノリノリで三角帽を被ったミハエルと千々石/さらに驚いたことにガブリエルやマリア医師、オマケに副長に大隊長まで勢ぞろい――あまりの事態にあんぐりと口を開けたまま固まる。
〝お前、知ってたのかよ?〟――目だけで隣にいる吹雪へ問いかける。
「涼月ちゃんの誕生日をみんなでお祝いしようって、僕が提案したんだ」頬を染めながら吹雪が答える。「本当の誕生日はもう過ぎちゃったけど……みんな喜んで協力してくれたよ」
なんだそりゃ――? 10日も前に過ぎた平隊員の誕生日祝いをするために、わざわざ食堂を飾りだてて、みんなでサプライズ仕掛けただって?
ありえねー――だが/もじもじと答える相手の顔を見て、なんだか最早怒るのもバカらしくなり肩をすくめた。「……バカ、なら先に言っとけっての」
ムスッとふくれっ面をしてやる――別にそうしないと頬が緩みそうだったから、とかじゃねーからな。
「でも……涼月ちゃん、先に教えちゃったらサプライズにならないよ?」
困ったように頭を掻く吹雪に向き直る。
「言い訳は許しません」自然とお姉さん口調に。
「は……はいっ」
赤くなりながら従順に返事をする相手に〝よしよし〟と満足げに頷く――その様子をニヤつきながら見ている二人組=陽炎+夕霧。
「あら~、涼月が照れてますよ?」「ふふん、全く素直でないな」
「うるせー! だいたいテメーら忙しかったんじゃなかったのかよ!」
わいのわいのと騒ぎ出す一同――騒々しい仲間たちに囲まれながら、ふとさっきまでのモヤモヤした気分がすっかりと吹っ飛んでいることに気づく。
人は黙っていても大人になる/頼まれなくっても生きてゆく――でも、きっとそれと独りで生きていけるのとは別なんだ。
生きるのに必要なら身を寄せ合うのも、この都市では生きるすべだった。けれど――自分にはこうしてバカをやって一緒に騒げる仲間がいる。
必要だからとか、理由や理屈を抜きにして側にいてくれるヤツラがいる。
それは多分、幸福なことだ。
だから――これから先、涼月がどんな道を歩んでいくとしても、自分の帰るところは/居場所はここなんだ。
ミリオポリスっていう、天国でも地獄でもない場所。
ここがあたしの街――あたしの居場所だ。
それを確かめるためにも/確かめたいからこそ――あたしは前に進むんだ。扉の先に何があるか、それを知った上で自分で自分の居場所を選ぶために。
大勢の仲間たちに囲まれながら、涼月はそう思った。
――
これからの、15歳の、明日からのあたしによろしく――。
(fin.)
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