第39話 自己犠牲の塊


「えっと、優衣さん、お疲れ様です……」


 ただ黙って私を睨みつける。この表情は怒っているのか……うん、多分怒ってる……。


「……お前、話聞いてなかったのか」


 やはり第一声はお叱りだった。


「あれだけ言ったのに、それだけ自分を犠牲にしたいのか?」

「犠牲にって、そんな……」

「疲れが溜まってんのは見りゃわかる。何で自分をもっと大切にしねぇんだ」

「それは……」

「なんだ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」


 圧をかけ、私に迫ってくる。きっと今までの私なら謝って済まそうとしていた。けれども、私はネカマを見つけるために──ううん、今は自分のために皆さんのことを思っている。だから……!


「じゃあ言います。私よりも皆さんのことが大切なんです。皆さんの足を引っ張りたくないからです! 来週の収録で必ず成功したいから、皆さんの役に立ちたいから、私もメンバーとして全力でやりたいからです! 私は運動音痴だし、体力もないし、知識も経験も才能もないから他の方より練習しないとダメなんです……! だから休憩している暇なんて、ないんです!!」

「うるせぇ!!」


 え、えええぇぇ。喋れと言ったの優衣さんなのに!?


「完璧なライブ、確かに私はそう言った。けど、完璧にするには一つ忘れている」

「えっと、キャラ、とかですか?」

「違う。笑顔だ。そんなしんどそうな顔で侵略者に笑顔振りまけんのか?」

「……それは」

「だから休め。休む練習ってのもアイドルにとって必要だ」


 私はその言葉を聞いて、腰から床に落ちた。


「お、おい大丈夫か?」

「平気です。ちょっと緊張がとけちゃって……あはは」

「……ごめんなさい」


 優衣さんは私の目の前に座り、土下座と呼べるくらいに頭を下げた。


「えぇ!? 何で謝るんですか!?」

「やる気がないなら帰れって最初に言ったろ。でもお前は逃げずに死ぬ気で私達について来た。こんなヘロヘロだってのに。それに、さっきもハッキリ喋れと言って、ほんとに喋るとは思わなかった。自分の意見がない奴だと勘違いしてた。あんだけ私達のことを思って言われたらさ、そりゃ謝るしかねぇじゃんか。私の見る目はまだまだだった」


 私がみなさんに対して抱いていた想い。今、振り返ってみると照れ痒い。


「ほんとは……コーヒーを差し入れしようと思って来たんだ。苦いけど飲むか?」


 と、ずっと後ろに持ってたのはコーヒー缶二本だった。


「じゃあいただきます」


 私は優衣さんからコーヒー缶を受け取って、鏡の前に並んで座りなおした。

 ずっと、優衣さんを怖い人、ただそれだけだと思っていた。でも、仲間想いのリーダーでそして優しい人でもあるんだ。彗司さんからヤンキーと聞いて、勝手に先入観を持ってしまっていたけども、勘違いしていたのはどうやら私のようだ。


「くぅ〜! やっぱりコーヒーはブラックに限るなぁ!」


 ……やっぱりちゃんとヤンキーな気はする。あ、でもヤンキーでもコーヒーで生ビール一杯目みたいにはならないか。


「私さ、新メンバーが入ることには反対だったんだ。それはまためいみたいに消えちゃうかもって思ったんだ」

「冥さんって、たしか前にいた方ですよね?」


 昨夜学んだスペース9学によって、誰なのかはすぐに分かった。


「あぁ、そうだ。飛鳥あすか冥。“プルート”の名前で活動していた仲間だった」

「だった?」

「冥はさ、心に傷を負ってアイドルだけじゃなく、グループも抜けたんだ。こんなはちゃめちゃな奴らばかりだけど、あいつは凄ぇ優しい性格でさ。いつも私達の仲を取り持ってくれる奴だった。けど、優しいからこそ抱え込む性格だったんだ。それが、なんだかお前とダブってさ。……わりぃ、変な話した。忘れてくれ」

「聞かせてくれないでしょうか。冥さんについて」

「え?」


 冥さんが抜けたのは、私達が追っているアカウントのせいという噂。冥さんについて知れば、何か手掛かりが掴めるかもしれない。

 私は彗司さんのことは隠しつつ、優衣さん達を脅かすネカマの存在を見つけ出そうとしてることを伝えた。


「お前、それでスペース9入ったのか?」

「そうです。その相棒バディのために私も役に立ちたいと思いまして」

「そんでアイドルにまでなるとか、お前自己犠牲の塊だな」

「これは成り行きもあったんですけどね」

「まぁ、そんだけ本気マジってのは、そいつのこと助けたいからなんだな」

「恩人ですから」


「ふーん」と、優衣さんはコーヒーを飲む


「なら私と一緒だな」

「え?」

「私も冥のことを恩人のように感じてんだ。だからアイドルを本気マジで挑んだ冥を助けたいと思って、私も本気マジでしていた。だからこそ彼女がアイドルを辞めたのが信じられなくてさ。本当の原因を探してる」

「本当の……? え、あのアカウントが原因じゃないんですか!?」

「それは分からねぇ。でも冥の本気マジからして、あれぐらいの悪口じゃ辞めないと思った。だから他も当たっているだけ。実際ファンの間ではその噂が広がっているからさ、ツッタカターの趣味用の裏垢でSNSを色々見たりはしてるんだけど」


 あ、その趣味用でたまたま彗司さんの自撮り写真に辿りついたんだ。何度も調べたワードだと勝手にタイムラインに流してくるから。

 捜査もきっと、表だと何かと跡を残す可能性があるから裏垢でしてたんだ。


「まぁ、でもやっぱあのアカウントが一番怪しいなとは思ったよ。暴言以外にも犯行めいたことを呟いているし。実際事件が起きたのは聞いてねぇけど、冥が何かに巻き込まれていた可能性はある。あいつ、問題は一人で抱え込むから」


 だから優衣さんは、優しい人、遠慮して喋らない人がイヤなんだ。


「だから私が真実を見つける。私は一人で出来るほど強くなったんだ。もう冥に助けてもらってばかりの私じゃない。今度こそ私が救う……!」


 でも、優衣さん自身がとても優しい人なんだ。


「私も一緒に手伝わせてください! ゴールは違えど、きっと道のりは同じです。支え合って共に見つけましょう、真実を!」

「……そうだな。でも危ないことはすんなよ」

「優衣さんこそ」


 こうして、私はとてもしたたかで優しい協力者が出来たのだった。

 まずはお互いの情報共有。私は昨日彗司さんから得た犯人候補を優衣さんに教えた。もちろん彗司さんは隠してだ。


「なるほどな、もうそこまで絞れてんのか」

「あくまで推測ですが……」

「いや、十分だ。三人なら来週の収録も対策は出来る。顔は分かんねぇけど、まぁ大丈夫だろ」


 そして、優衣さんは残りのコーヒーを全て飲み干した。


「じゃあ、次は私か。そうだな、さっき聞いてきたし冥について話そうか」


 私も飲み進めていたコーヒーを飲みきる。


「奈良県を締める二大勢力があってさ、一人が“一匹狼の無敗王”。そしてもう一人が“無傷の女神”──それが飛鳥冥だった」


 やっぱりヤンキーだったんだ……。そりゃそうですよね。


「冥は無傷と言われるほど、負けるどころか傷一つ負うことはない。でも凄いのは戦った相手にも深い傷を負わせることなく勝ち続け、勢力を広げたとこにある。正に“無傷の女神”だった」

「そんな強いお方なんですね」

「ああ。なんか奈良の有数な合気道場に通ってたなんかで、強くなったらしい」

「え?」

「どうした」

「いえ、何も……」


 私も奈良県出身。心当たりがあったのだ。


「それで私が関西を制覇する目前、冥と出会ったんだ」


 話が私にとって異世界過ぎる……。きっと、他のメンバーの方は優衣さんが喧嘩で勝って仲間にしてったんだろうな。


「さっそく冥に戦いを挑んだ」


 喧嘩っ早い!!


「けど、私達は束になっても勝てないくらい冥は果てしなく強かったんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る