第37話 ハロウィンの夜


「遅い、ワンテンポズレてる」

「すみません……!」


 迎えた初めての合同練習。アイドルグループの半分以上が学生のために、みんなでの練習は週末か平日の夜に限られる。

 私はこの五日間、死に物狂いで練習はしたが追いつけることはなかった。昼間は学校に行って、夜は部屋でひたすら練習。正直体力が保ちそうにない。それでもやらなきゃ……!


「まぁまぁ姉御。新入りも五日間で振付も歌も全部覚えるなんて、中々やると思いませんか?」

「たしかに〜、凄いと思うよ〜」

「やる気だけ、な。ファンの前ではどれだけ頑張ったとかは関係ない。結果だけが全てだ。完璧でないならステージには立たせない」


 ジュピターの姫路さんやネプチューンの海野さんが私を援護してくださったけども、優衣さんにはまだまだ認めてはくれなさそうだ。

 彼女がそう返事をするなら、他のメンバーもこれ以上関与することはなかった。


「まぁ、頑張って」


 姫路さんは最後に応援してくれた。

 とにかく今日でタイミングを覚えきらないと……!



「はいはーい! 注目注目〜!」

「あ?」

「もう優衣ちゃん怖い顔しない〜!」

「うるせぇなぁ、こっちは練習してんだ。黙らねぇと喉ちんこを線香花火にすっぞ」

「久しぶりに来たわね独特脅し文句〜。あと女の子がちんこ言ったらダメよ」


 入ってきたのはエガリP。両手にはたくさんの紙袋を持っている。


「ねーねー、それ何なのー? ブレスト・リッパー?」

「スイちゃん、それ拷問器具。笑顔で言うものじゃなーい。って違うわよ! 今日が何の日か知ってる?」

「「「11月1日?」」」

「義務教育の敗北! 違うわよ、10月は31日まであるでしょ」

「あ、ハロウィンですか?」

「それよ!」


 私がハロウィンって答えるけれども、メンバーはそんなに納得していない。


「あ、あれ……? ハロウィンって知ってます……?」

「あ? 知ってるに決まってんだろ。あれだろ、大人から食いもんぶん捕るやつだろ?」

「あー親父狩り。凛もよくやってたー」

「なんだ、年中行事じゃねぇか!」


 優衣さんたちが怖すぎる……!


「もう! ハロウィンの解釈は何だっていいわよ! とにかくハロウィンといえば今やコスプレ! ファンがみんなのコスプレ姿待ってるわよー」

「普段からしてるじゃねぇか」

「ホラーテイストなの!」


 エガリPは紙袋を置いて中から色々コスプレ服を取り出す。よくある定番の物ばかりだ。


「さっ、ツッタカター用に撮るわよ。着替えて着替えて〜」

「ちっ、めんどっ」


 と、言いつつも優衣さんたちはその場で服を脱ぎ出す。


「って何で脱いでるんですか!?」

「なんだよお前」

「いや、だって男の人いますよ!?」

「あ? 別に見られて減るもんじゃねぇだろ。下着は付けてるんだし」

「で、でも……」

「こんだけの人数、他に着替えるとこねぇだろ、狭いんだから」


 と、着替えを進めていく。

 写真撮影係の桃瀬さんもいるし、他に男性もチラホラ。プロデューサーもそうだ。


「え、えーっと……」


 これは私も着替えないといけないのか……。と、紙袋の元へ近寄ると、もう服はなかった。


「え……まさか、はだ──」

「弥生ちゃんは公開されてないから着替えなくていいわよ」


 あ、良かった。


「あー……、じゃあ私ちょっと外で練習してきますね……」


 そう言い残し、部屋の外へ出た。

 薄暗い廊下。迷いそう……。稽古場所は毎回借りているから、初めて来る場所であることも多い。もっとも、私はどこでも初めてだけども。

 練習場所を探して、一人歩いていく。


 と、先の角から話し声が聞こえる。


「──はい、はい、よろしくお願いします。どんなことをしても必ず……はい、失礼いたします」


 と、電話が終わったようで帰って来たところを鉢合わせしてしまった。


「あれ、弥生ちゃん?」

「あ、黒内さん」

「もしかして、電話の内容聞いちゃった?」

「あ、えっと、最後だけ……」

「そっか。こっちの話だから気にしなくていいからね」


 と、私の肩をポンと叩き、黒内マネージャーは帰って行った。多分、撮影会に合流したと思う。


「……ここじゃまだ狭いかな」


 ダンスは空間を大きく使う。そのためもっと広い場所を探す必要があった。

 もうちょっと同じフロアを探索していると、男子トイレから声が聞こえてくる。


「くそぅ! どうしてだ、どうして……誰も認めてくれないんだ……!」


 この声は……血流院さんの声だ。洗面台の水を流しっぱなしで、何かを訴えている。

 邪魔しちゃ悪いと思い、通り過ぎると、一つの部屋から光が漏れている。その部屋からは女性のすすり泣く声がする。


「ひょこで、にゃにをしとるんかね……」

「ひゃっ!?」


 悪いこととは思いつつも聞き耳立てようとしたその時、急に後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこには青二斎さんが。警備してたところなんだろう。

 そして入れ歯の噛み合わせが悪いのか。口から息が漏れ出て言葉がよく分からない。


「ひょこで、にゃにを……」


 芯がプルプル震えていらっしゃる……。生きてるよね?


「ひょ、ひょ」

「何言ってるか分からない!?」

「そこで何をしてるんかね? って聞こうとしてたんだよ」


 また後ろから声をかけられた。部屋の中から出てきたのは柏苺さんだった。


「あ、な、なるほど」

「で、何をしようとしてたの?」

「え、えっと、練習場所を探そうと思ってて。今、みなさんはツッタカター用の写真撮ってるんですけど、私は出番ないので……」

「あぁー、なるほどぉー。まぁ、ここは狭いからなー。正直なところ練習しようと思ったらさっきのとこか、外行くかしかないと思うよー」

「そうですか……」

「それに、練習も大事だけど。みんながどういう感じで写真撮影しているのか、ファンに喜んでもらえるにはどうしたらいいか、参考になると思うけどなー」

「あ、確かにそうですね」

「そうそう。静止画ではあるけれど、画面越しにしか伝わらない物もあったりするからさ。勉強になるなるー! ダンスならまた私が教えるからさ!」

「はい、そうします……!」


 柏さんにアドバイスを貰い、帰ることに。私の姿が見えなくなるまで柏さんは手を振って見送ってくれた。もちろん青二斎さんもだけど、多分あれは動けないだけだよね……?



「はいチーズ」

「はいチー!」

「あ、可愛いと思います」

「思いますじゃねぇんだよ。可愛いだよ私が一番。分かってんのか、あ?」


 伏見さんが桃瀬さんに撮られているところだった。可愛い魔女っ子さんだ。

 複雑な衣装で、着替えに苦戦してるメンバーもいたが、それは女性スタッフに手伝ってもらっていて。

 優衣さんはもうヴァンパイアに着替えて撮影待ちだった。ハイヒールで身長を上げているから、普段よりも大人っぽく見えて、カッコよさも感じてしまう。


「……なに」


 他に行き場がなく、とりあえず彗司さんの妹ということで隣に立っていたけど不審がられてしまった。


「い、いえ……! 特段なにもございません……」

「私の方が年下なのに、なんで敬語」

「えっ、だってアイドルは先輩だし、リーダーじゃないですか。優衣さんが一番年下なのにみなさん敬語で……」

「あー、あいつらは抗争時代でシメただけだからな」


 抗争時代……?


「まぁ、お前は別にどっちでもいいよ。遠慮すんな」

「は、はぁ……。じゃあ、えっと、優衣ちゃんは──」

「なにが“ちゃん”付けだ。殺すぞ」


 ひぃぃぃぃぃい!! それは駄目なんだ!?


「次、如月さんお願いします」

「ん」


 伏見さんの写真撮影が終わり、桃瀬さんが呼ぶ。優衣さんが一つ返事で向かおうとすると、慣れてなさそうな足取りでバランスを崩してしまう。

 私はすぐさま駆け込み、自分が下敷きになることで優衣さんの怪我を防いだ。

 周りのスタッフは大慌て。


「大丈夫!?」

「怪我はない!?」


 主に女性スタッフが来てくれて、身を心配してくれる。


「だ、大丈夫です……」

「私も、まぁ、平気」


 良かった、優衣さんに怪我はなかったみたい。


「あーあ。ハイヒール折れちゃってる。別の靴に変えようか」


 スタッフさんが色々準備をしてくれてる中、私と優衣さんは壁際で並んで座って待つことに。


「優衣さん、怪我はないですか?」

「平気ってさっき言ったろ」

「良かったぁ……」

「なんだ……その、すまんな」

「いえいえ、優衣さんに何かあったら困りますので」


 二人の間で、沈黙が流れる。


「……お前、優しいな」

「え!? あ、ありがとうございます」


 褒められちゃった。もしかして、少しは仲良くなれたかな……?


「けど、それが自分を傷つけることになる」

「……え?」

「誰かのために自分を犠牲にするのは、アイドルとして立派に聞こえるかもしれねぇが、その代わり誰かがお前を助けられるわけじゃねぇんだ。さっきももしかしたらお前が怪我をしていたかもしれねぇ。自分を傷つけるくらいなら他人を無理して守ろうとしなくていい。お節介だ」

「でも、私より優衣さんの方が──」

「そうやって遠慮するのやめろよ」


 優衣さんの声に、他の人は一様に行動を止める。


「そういうのが、一番嫌いなんだよ。それで自分の身を守ろうとしても何も守れてねぇんだから。……すまん」


 優衣さんは周りに謝って、そのまま出て行った。撮影が終わった伏見さんが後を追いかけていく。


 私のせいで、空気が悪いまま撮影は進んでいった。

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