第35話 自分の部屋に鍵が欲しい


 ライブの後のメンバーだけの反省会。ただ、その反省会は本当に会? と言えるほど拳が飛んでいた。


「おい、あそこのステップなんで左右間違えた!?」

「てめぇが、前のキャパの幅で動いてるからだろうがよ。左右対象だったら二歩目で衝突すんだろうが!」

「それはてめぇが何とかしろよ!」


 ウラノスの天王寺さんと、ヴィーナスの宝崎さんが言い争っている。

 誰も止めることなく、むしろ自分の意見も添えて争いにそれぞれ加担し、戦争みたいになっている。スタッフさんは分かっているからか部屋に入ってくることさえしなかった。


「うるさい」


 優衣さんの鶴の一声で場は静まる。


「色々言いてぇことあるかもしんねぇが、その前にまずは話を聞け。話聞かねぇやつが何も喋んな。ウチらは一つのグループだ。だから、仲間の言葉は大切にしろ」

「でもよ姉御……!」

「話を聞け舞香。あと椅子下ろせ」


 と、天王寺さんはパイプ椅子をゆっくり床に置いた。


「何も全て聞き入れろとは言ってねぇんだよ。受けたものをどう自分で組んで考えるかだ。だからまずは受け入れろ。嫌でもそうしろ」

「「……はい!!」」


 優衣さんの言葉をメンバーはすんなり受け入れて、建設的な会議となりそうだ。


(凄い……優衣さんが一番年下なのに、みんな話を聞いて……。やっぱりこのグループのリーダーなんだ……)


「じゃあおめぇら……自分の言いたいことを言い合え、殴り合え!」

「「「おりゃぁぁあ!!」」」


 あ、結局そうなるんだ……!?


 と、私の携帯に通知が。彗司さんからだ。


『ライブ後に例のアカウントが動いた。またボロクソに書かれてたから弥生は十分に気をつけてくれ!』


「彗司さん……」

「おい新入り!」

「ひっ!?」

「姉御の話聞いてなかったのか! 携帯触ってんじゃねぇ!」


 宝崎さんは私の携帯を取り上げる。ギリギリ電源を切ったので内容は見られずに済んだ。


「まさか、男と連絡取ってんじゃねぇだろうな?」

「ち、違いますよ……」

「アイドルにとって一番の敵はスキャンダルだ。下手なことしてウチらに迷惑かけんじゃねぇぞ?」


(みなさんのキャラバレが一番スキャンダルに近いのでは……)


「あぁん!?」

「ひぃっ!」

「ったく、なよなよしやがってよ。姉御、本当にこいつ仲間に入れるんすか? 納得が全然いかねぇんですけど」

「あのオッサンが言うから仕方ねぇだろ。じゃ、さっそく振り落としでもするか」

「振り落とし……ですか?」


 すると、優衣さんは私の手を引っ張り、さっきまで立っていたステージへと連れ出す。


「今から目の前で踊るから、それを真似てみろ」

「は、はい……!」


 突然始まった個人レッスン。新入りだから全力でついていくしかない……。

 けれども、目の前の動きはもはや人間とは思えない動きを取り入れたダンスだった。宇宙人がテーマではあるけど、やっている中身は人のはず。これは、優衣さんたちの運動神経が為せる技であり、私は手をとりあえず出すだけの左右を合わせることぐらいしか出来なかった。



「そんな動けるわけじゃないのか。じゃあ今日はとりあえず帰っていいよ」

「え!? あ、いや……」

「別にいても何も出来ないでしょ。ダンスの動画を苺さんに貰って、家で練習して。音源もあげるから」

「で、でも私も何かお役に」

「無理だ。未経験者ってのは分かったから。あぁ、そういや先週しらひめさんといた人だよな。ライブにも来てくれて」

「私のこと覚えてたんですか!?」

「一度来た客は出来るだけ覚えるようにしてんだ。あれからどうやってここまで辿り着いたのかは知れねぇが、今の自分の実力はちゃんと自覚しておけ。ライブ中にも同じようなの言ったけど、半端な覚悟じゃお前を見捨てるからな」


 あんな凄いダンスを見せた優衣さんだったが、汗一つかかずに舞台袖へと戻っていく。


「次の金曜夜に合同練習があるから、そこまでに仕上げてこい。じゃ、おつかれ」


 そして彼女は消えた。きっと楽屋に戻って他のメンバースタッフとの会議や共有を改めてするのだろう。

 これ以上楽屋に戻っても、私は何の役に立たない……。だからここは大人しく家に帰り、優衣さんから出された課題をやり遂げよう……!

 絶対、みなさんには迷惑をかけられないから……! ……でも、その前に携帯だけは返してもらわないと。




 ハイテンションな苺さんにダンス動画と音源、そして歌詞も貰い、自分の部屋で早速練習を始める。


「──えっと、ここでジャンプしてからのターンで決めポーズ……結構動きが早いなぁ。でも練習するしかないよね……」


 メトロノームでテンポを取り、リズムを合わせる。


「よし! ジャンプ! からのターン! そして『はいチー!』」

「あらあら、娘がなにか可愛いことしてるわ〜」

「ふぉぉぉおおお、お、お、お母さん!?」


 はいチーとポーズを取った目先、部屋に入って来た私の母が嬉しそうに見ていた。メトロノームよりも心臓の鼓動が速くなる、恥ずかしい!!


「の、ノックしてよ!」

「したわよ。でも集中してて全然気付かなかったんだから」

「いつからそこに……?」

「えっとー、『よーし練習するぞー』から」

「序盤の序盤!!」

「アイドルになって踊るんでしょー? お母さん応援してるわよ、頑張ってね〜」

「お遊戯会となにかと勘違いしてない? こっちは本気なんだよ、もう……。あ、お父さんには言ってないよね?」

「そう言うと思って、言ってません。……あら、おかえりなさい」


 母が挨拶した相手は、当然家族である夫──つまり帰ってきた私の父に対してのものだった。母は気を遣って、さっきまでの会話を止め、告げることもせず黙った。


「お、おかえりなさい……」

「今日は帰っていたのか」

「うん……」


 父はいつも着物である。長年、奈良の県議会議員を務めており、実家の道場の師範代でもある。

 今日は会食の後、タクシーで帰って来たようだ。


「さ、お父さん。お風呂出来てますよ。入りますか?」


 お母さんは私から父を離そうとしてくれる。けれども、私は父にどうしても話さないといけないことがある。


「お父さん。お願いがあるの」

「何だ。お小遣いでも欲しいのか」

「そうじゃなくて、えっと、その……」

「私は昼夜問わず忙しいんだ。用があるなら手短に話せ」

「その、けい……友達を助けたいんです。そのために私に教えてほしいんです──」



   ◇ ◇ ◇



 数日後、場所は如月彗司宅に移る。


「よぉぉし、こ、これで明日には観覧チケットが2枚当たるはずです。たくさんの人に協力を呼びかけましたからね。あとは、このアカウントの警備とSNSパトロールっすよ、ふへ、ふへへへ」

「一ノ瀬……お前臭ぇ!」

「えー!? 乙女が飲まず食わずで働いてるのに、そんな酷いこと言うんすか!?」

「それはありがたいけど、俺ん家に居座るなよ! お前隣に部屋あんだろ!」

「仲間じゃないすか〜」

「うるせぇ! 何日風呂入ってねぇんだ」

「一週間すかね」

「ライブ後でも入ってねぇの!? とりあえず風呂入ってこい!」

「はーい」


 と、牛乳こぼしたボロ雑巾のような臭いとやつれ具合の一ノ瀬は風呂場へ向かった。


「いや家帰れよ!」


   ◇ ◇ ◇


(彗司ん家の前まで来たはいいけども、どうやって顔合わせりゃいいのか分からない……!)


 その頃家の前には神菜が来ていた。


(いつも通り、いつも通りでいいよね。てか彗司が大学来てたらもっと早くこんな気持ちにならずに済んでたし!)


 そして、神菜はインターホンを押した。


   ◇ ◇ ◇


 ピンポーン


「ん? 誰だ弥生か?」


 しかし今日は木曜日。そんなはずはないと思い、いつも鍵をかけてない玄関の扉を開けると、そこにいたのは神菜だった。


「え、どうした」

「は!? どうもしてないわよ!」


 神菜は長風呂でも入って来たのかというくらい顔が赤かった。


「なんでそんな──あ」


 俺もあの日のことを思い出してしまった。対面でモジモジ、神菜の唇を見ると、あの時の感触がフラッシュバックして自分も顔が赤くなってしまう。大学サボってたから、あれから会ってなかったな……。


「……ん? シャワー、誰か入ってるの? まさかまたあの子? って、まさか彗司、何する気なの!?」

「は、いやちげぇし! お隣さんだよお隣さん」

「あぁ、は?」


 そりゃそんな反応なるよな。


「せんぱーい。タオルってどこすかー?」

「え、女の人……?」

「あ、あぁ。あ、洗濯機の上の棚だよ」

「おぉ、ここに物置くとこあるんすねー」


 一ノ瀬はシャワー浴び終わったらしい。このままでは鉢合わせしてしまうが。


「いやぁ、あいつは別に何ともねぇよ。そんな気が起こるようなタイプじゃねーから」

「普通にそれ失礼だけど。てか、彗司はいつの間に女性をホイホイ連れて来るようになったわけ? 最っ低」

「別にそういうのじゃねぇって。まぁ、とりあえず中入れって、な?」


 玄関開けっ放しで話してたので、近所迷惑になると困るし、神菜を中に入れる。

 扉が閉まると、合わせたかのように浴室への扉が開く。


「あれ、お客さんすか?」

「あ、どうも……って、は!? ちょ、ちょっと彗司!?」

「は? はぁ!?」


 神菜がやたら驚くから、振り向いてみると、そこにはスッポンポンの一ノ瀬がいた。

 裸で驚いたわけではない。いや驚いたか。だってそこにいたのは俺の知ってるチンチクリンの一ノ瀬じゃなくて、スラッとした俺好みの美しい女性だったからだ。


「ん? どうしたんすか先輩。そんな知らない人が家にいたみたいな顔して〜」

「お前だよ!!」

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