第18話《痛恨の極み》

ここは世田谷豪徳寺・18

《痛恨の極み》



「阿倍首相の靖国参拝をどう思いますか?」


 渋谷の駅前で、いきなりマイクを突きつけられてびっくりした。

「え、ああ……いいんじゃないですか。就任の時も、前の内閣の時に参拝できなかったことは痛恨の極みだとおっしゃってましたから……」

 考えをまとめようとしたら、リポーターは次の通行人にマイクを向けていた。カメラにN放送のロゴ、ああ、意に添わないわけだ……そう思った。

 N放送は、日本で、ただ一つ視聴料金をとっている放送局。だけど偏向していることは、あたしみたいな、ペーペーの大学一年生でも分かる。大学の講義でも、N放送局が作った司馬遼太郎さんのドラマが原作を離れて反日的な表現をしていたか説明していた。

 あたしの次にマイクを向けられたオジサンはA新聞の社説みたいなことを口角泡を飛ばしてまくし立てている。あたしのはカットされるだろうな……そう思ってバイト先の書店に向かった。


 開店前の書棚の整理。秋元クンは一見平気な顔をして仕事をこなしている。

 だけど、聡子と吉岡さんの仲を直に見せてやったので、諦めて……諦めようとしている。


 好きになってしまったことが痛恨の極みという顔。


 瞬間その姿にショックを受けた。

 あたしは、秋元クンの届かぬ恋を可哀想に思っていた。だから、卒業したはずの帝都のセーラー服まで着て、秋元クンに分からせた。そしていいことをしたような気になっていた。


 秋元クンの恋は届かないよ。


 なんで決めつけていたんだろう。

 聡子と吉岡さんのことだけ見ていて、それだけで決めつけていた。ハナから秋元クンと吉岡さんとでは勝負にならないと決めつけていた……これって、N放送やA新聞と同じ事をしてきたんじゃないか……そう思えてきた。


 あたしの人生は、まだ二十年に届かない。恋らしい気持ちは持ったことがある。中学の時。そして高校になってからは、部活で知り合った修学院高校の一個上の男子生徒を素敵だなと思った。でも、両方とも気持ちを伝えるどころか、ろくに口も利かずに終わってしまった。ほんの憧れだったから。そう思いこんでいた。


 大学の映画研究部の先輩で、感じのいい人がいる。感じがいいと思っているだけだと思っていた。恋なんじゃないか……想像してみた。答なんか出やしない。

 押さえ込むことに慣れてしまったので、自分の気持ちにさえ確信が持てなくなっている……。


 ああ、考えすぎ。パチパチとホッペを叩いて切り替える。


「さっちゃん、これ返本。バックヤードお願い」

 文芸書チーフの西山さんが台車を示した。

「はい」

 台車を転がしながら、一冊の本に目がとまった。


『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』


 大橋むつおという大阪の劇作家が初めて出したライトノベル。入荷したときから売れないだろうと思った。本業は劇作。それがいきなりラノベ。

 この人の作品は、高校時代に中央大会の上演作品として見た。面白い本だと思った『ダウンロード』という一人芝居。


 でも、ラノベとしては売れない。ラノベ作家としては無名であること。版元が小さく、ろくに営業にも来ないこと。そして値段がラノベとしては高いこと。バイトとは言え、本屋が売れないと思うのには十分な条件だと感じた。


 しかし、本の中味を読んで判断したことではない。


 こういう対応の仕方なんだ。マニュアルや薄っぺらい常識で、それでいっぱしの大人の判断だと思っている。

 あたしは『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』を社員販売で買った。


 ここから、意外な出会いが始まることになるとは想像できなかった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る