第2話《ダスゲマイネ》

第2ダスゲマイネ




 国語の試験、準備万端の読みを「じゅんびまんたん」と書いてしまった(^_^;)。


 それくらい、昨日の学校では落ち着きが無かった。


 理由は言うまでもない……水道工事のガードマンのニイチャン。


 悪気がないのは「あ!」って声でも分かっている。


 でも後ろを歩いていたサラリーマンのオッサンに「お!」と感激されてしまった。


 誘導灯がスカートにひっかかり、派手にスカートが翻り、オッサンに見られてしまったのだ。

 

 あたしは「う!」と唸って走るしか無かった。


 ボロボロのテストで、まくさの「マック寄ろうよ!」も断って真っ直ぐ家に帰った。


 水道工事が続いているといけないので、いつもの通学路を避け豪徳寺の駅から真っ直ぐみそな銀行の前を通りベスト豪徳寺の前の道に回った。


 みそなの前を通るときチラ見したら、工事は昼休み。オジイチャンのガードマンが一人で立っていた。だったら、普通に通ればいいんだけど、回り道するって決めたので、曲がることができない。


 こういう見栄っ張りで、融通の利かないというか、反射神経の鈍さは自己嫌悪。


 ダスゲマイネ


 口を突いて出てくるのは夏休みにはまった太宰治。ドイツ語のDas Gemeine(俗っぽさ)と、津軽弁の「んだすけまいね」(そんなだからだめなんだ)という音をかけている。

 気持ちがクシャっとしたときに出てしまうようになった。恵里奈みたく「じぇじぇじぇ!」なんて言える子はいいなと思う。


 家に帰ると悲惨が二つ。


 一つは、お母さんが風邪でひっくり返っていたこと。朝から咳き込んでいたのが本格的な風邪になったみたい。


「ごめん、さつき(姉)も遅いから、晩ご飯お願い……」


「大丈夫?」


「うん、犬飼さんのお見舞いに行って、病院で風邪もらってきたみたい。救急箱の風邪薬とお水くれない」


「うん。で、おじさん、どうなの?」


「あたしがお見舞いに行ったときは、少しお元気だったんだけどね……」


 あたしは、お母さんの「けどね……」にひっかかった。


「ひょっとして……」


「うん、今朝方ね……明日お通夜で、明後日お葬式。それまでに治さなくっちゃ」


「そうなんだ……」


「さくら……これ便秘薬だわよ」


 ダスゲマイネ(;'∀')


 犬飼さんは、お向かい。


 子どもの頃は娘さんたちが手を離れていたこともあって、よく遊んでもらった。


 自転車に乗れたのもおじさんのおかげ。お母さんの知らないうちにお風呂に入れてもらって、さくらが見あたらないと大騒ぎになったこともある。子供心にも職人あがりのおじさんの引き締まった体を、よく覚えている。今なら、近所でも幼女を、いっしょにお風呂に入れるなんて問題なんだろうけど、うちの桜ヶ丘あたりは、珍しく昔の気風が残っていた。ご町内を大騒ぎと大笑いにさせた懐かしい思い出。


 駅前に行くまではホカ弁に決めていた。


 とてもお料理する気分じゃない。


 ところが、水道工事を一本避けた道を通っていると、風に乗ってオデンの匂いがしてきた。


 突然の風がページをめくったように記憶がよみがえらせた。


 お風呂に入れてもらったあと、オデンをご馳走になったんだ。出汁の取り方がうちと違って、とても美味しく感じた。竹輪麩と玉子が特に美味しかった。


 で、ホカ弁屋から、スーパー・ベスト豪徳寺に切り替えた。



「これ、さくらが作ったのか!?」


「ホントに!?」


 お父さんも、お姉ちゃんも目を剥いた。


「犬飼さんちのオデン思いだしちゃって……」



 お通夜には、お姉ちゃんと二人で行った。


 お母さんは、風邪がもう一つ。お父さんは仕事でお通夜には間に合わない。


「おじさん言ってた。さつきちゃん、自転車乗れると世界が広がるぞって」


「え……あたしも言われたよ!」


「じゃ、姉妹そろって恩人だ……」


 お通夜の会場に着いたころは、お姉ちゃんは涙でボロボロだった。


 あたしは、十分悲しいんだけど、涙が出ない。オデン作りながら、十分泣いたからかもしれない。


 でも、こんな状況と場所で泣けないなんて女の子らしくない。


 ダスゲマイネ……


「ん?」


 また呟いて、お姉ちゃんに変な目で見られた……。

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