第15話 希望の世界2 カナヘビ騎士
パチパチと音がする。スモークチーズのような匂い。何だろう。朦朧とする意識の中でえぬはゆっくりと瞼を開けた。
暗闇の中、揺らめく炎が見える。火の粉が上がって薪が少し崩れた。焚き火だとわかりえぬは少し安心した。炎に照らされて闇の中から人影が3つ現れた。その中の少年が口を開いた。
「気がついたみたいだね。手荒な真似をして悪かった。あまり余裕がなかったんだ。僕たちは君に危害を加えるつもりはないから安心してほしい。とは言っても、あまり緊張もしていないみたいだけど」
奇妙な世界を渡り歩いてきたえぬは多少のことでは動揺することはなかった。多少驚きはしたものの、何かあっても旅は続く。それは覚悟というよりはあきらめに近い感情だった。
少年はかけていた眼鏡のずれを直して続けた。
「僕はケイ。この2人はアンナとショウ。新たな旅人がホルプに来たって聞いていてもたってもいられなくなってね。君は?なんていう名前なの?」
アンナと呼ばれた少女は軽く笑ってお辞儀をした。腰まである長い髪が揺れている。体が縦幅も横幅も大きなショウと呼ばれた少年は無愛想に一応会釈をした。3人ともえぬと同じくらいの歳のようだ。やけに親しげに話しかけてくるけど、とりあえず名乗っても大丈夫かなとえぬは思った。
「えぬ」
「えぬ?」
「うん、えぬ」
「えぬだね。なんだか懐かしいな」
まさかの反応だった。思わずえぬは尋ねた。
「懐かしいってどういうこと?」
「うん、僕もよくわからないんだけどね。何だったっけな。娘のような、妹のような何か大切な名前だったんだけど、うん何で出てこないんだろう」
ケイは腕を組んで考え込んでしまった。
焚き火の灯りの外で何か動く気配がした。えぬが音の方に目をやると「ああ、大丈夫。そいつは僕のペットだから」とケイが言った。
ぬらりと暗闇から現れたのは大人の身長の2倍ほどの長さの大きなトカゲのような生き物だった。音もなく素早く手脚を動かし、音もなく止まる。草木の間をすり抜けてケイの隣に丸まって落ち着いた。
「カナヘビっていうの。他のところだとあまりいないから旅人さんには珍しいかもね。ケイはカナヘビを操縦するのが上手なの」
アンナがカナヘビの背を撫でながら言った。よく見るとカナヘビには鞍のようなものがついている。
それはわかったんだけど、いったいなぜこんなところに急に連れてこられたのか。えぬは尋ねた。
「お前はケイに感謝したほうがいいよ」
今まで押し黙っていたショウが言った。
「そんなこと、当たり前じゃない。してもしきれないよ」
すぐにえぬは答えた。
そう、そんなの当たり前。
当たり前?
何だろう。急に言葉がこぼれ落ちた。ケイという少年にはたった数分前に会ったばかり。なぜ連れてこられたのか聞いたのに、感謝
の気持ちをもっていると言ったのは どういうことだろう。
さっき、ケイも何か引っかかりのあるような様子だった。えぬの前の記憶に、ケイも関係しているんだろうか、
「うん、えぬ。半ば強引に君を連れてきたのは」
言葉を遮るように甲高い動物の鳴き声が聞こえた。それも複数の鳴き声が何層にも重なっている。
「まずい」と言ってショウは大きなバットのような武器を持った。アンナはまるでシンデレラのガラスの靴のような履物を素足に履き、何度かトントンと地面を叩いた。
「説明は、ごめんちょっと後にしようか。希望の街の外は案外こんなものさ」
ケイはカナヘビの背に乗った。
「さ、早く!えぬも乗って!」
わけのわからないままえぬはカナヘビの背に乗った。
「しっかりつかまっててね!」
言われるがままにえぬはケイの腰に手を回してぎゅっと掴んだ。ケイの背中は大きくて温かかった。
カナヘビが小さな手脚を素早く動かし始めた瞬間、甲高い声が一層大きくなった。
声の聞こえた先に、何かの姿が見えた。月明かりの下に、カナヘビよりもさらに巨大な、ミミズが、現れた。
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