終わる世界に降る歌は

羽鳥(眞城白歌)

Prelude.

 

 今よりいくらか昔に、世界は一度終わったのだという。




 ぎらぎらと、容赦なく輝き降る陽光に焦がされて、少女の栗色の髪はぱさぱさに乾ききっている。

 右の腕にクマのぬいぐるみを抱え、白い瓦礫がれきの間に埋もれるように座りこんで、一心に地面をさぐっていた。

 簡素な黒いワンピースの裾が地面につくのも、気にせずに。


 少女のかたわらには猫がいる。

 ぬいぐるみのように柔らかな黒い身体と、二本の尾。

 銀に鈍く光る、コウモリに似た機械の翼。

 きらきら輝くエメラルドの瞳は少女の動きを追っていた。


 黒猫の耳がふと、何かを聞きとがめてはたりと動く。


「フィー、何か見つかった?」


 砂礫されきを踏んで砕く音。ゆるく風をかき混ぜた翼の気配に、少女は顔を上げた。

 ぼぅとした青い両眼に、少女をフィーと呼んだ声の主が映る。


 背負う大きな白い鳥の翼。くすんだ金の髪にひと房だけ混じる、鮮やかな空の色。

 鳥人とも天使ともつかぬ姿をした青年が、濃青の両眼でまっすぐ見ていた。


「…………」


 それだけ確認すると興味を失ったように、少女の視線は再び地面へ落ちる。

 瓦礫の間から彼女が拾い集めているのは、白い磁器の破片だった。

 丁寧に埃を払い、そっと並べて重ねてゆく。


「手を切るよ」

「……平気」


 青年の存在も、あり得るかもしれない危険も、少女の興味をひくことはない。


 彼は困ったように笑うと、そばに転がっていた白い大きな塊に腰掛けた。

 座ったあとで、それが野ざらしになっていた大きな骨だと気づいたが、別に構わなかった。





 

 世界は今よりいくらか昔に、一度終わりを迎えたという。


 なにが理由でキッカケで、そんなことが起きたのか。

 以前の世界がどんなで、これから世界がどうなっていくのか。

 彼は知らなかったし、興味もなかった。


 乾いた風と、白い瓦礫。まばらな緑の草木と、あたりまえのように生きる鳥や獣。

 そして残骸だらけの地面を削り、命をつなぐ人々と。


 彼が降りついた場所にあったのは、ただそれだけだった。




 もっと遠くまで探しに出かければ、もしかしたら、大きな都市や森や川や海を見つけられるのかもしれない。

 方法がないわけではなかった。彼は背に持つ大きな白い翼で風を読み空を渡り、ここへと辿り着いたのだから。



 この場所に強く引き止める理由が、あったわけでもなく。


 ただ、何もなかった。

 街も森も川も海も何もないここには、瓦礫しかないこの場所には。



 彼が嫌悪した一切のものも、また、なかっただけだ。





 


 ぎらぎらの太陽が地平のかなたへ沈むと、闇のとばりが白い地面を呑みつくす。

 遠いどこかで、歌うように獣が遠吠えている。

 明かりを失っては、少女も破片集めを続けることはできない。


 持ち主が誰かもわからない崩れかけた家が、ふたりといっぴきにとっての仮宿だった。

 家具もなければ寝具もない。それでも、雨と風から身を守る程度の壁と屋根は、まだかろうじて残っている。


 黒猫は尾の先で、小枝を取っては炎の中に投げ入れる。

 青年がちぎったパンをあぶって、少女に手渡した。

 受け取ったそれに無言で歯をたてた少女は、首をわずかに傾けて青年を見る。


「……固いよ」

「ホントだ」


 それでもふたりは、干乾びたパンを水で飲みくだして、胃に収める。

 金もなければ種もない。働くことも、種をさがし何かを育てることも、彼は気乗りしなかったし少女は興味がなかった。


「寝る」


 ぽつんとつぶやいて寝転がる少女を見、彼はゆるりと翼を持ち上げ、姿を変じる。

 蒼く大きな、長い尾と翼を持つ、巨大な狼だった。

 鼻の先でつついてうながせば、少女は彼の翼をつかみ、華奢きゃしゃな身体を巨狼の毛並みへと埋めた。


「おやすみ、りれくん」


 ささやく少女に挨拶を返し、彼もまた、少女に翼をかぶせて身体を丸め瞳を閉じる。

 眠りに身をゆだねれば、朝は自動的に巡ってくるだろう。

 それは、壊れかけの世界でもたがうことはないらしい。




 彼の名を、リレイ、という。

 昔はもう少し長くて、付された意味だとか役職名だとか、他にもいろいろあった気はするのだが、今はただそれだけが彼の名だった。



 欲しいもの、失いたくないもの、今はもう何も持たない、彼にとって。


 何もないこの場所は、哀しいほどに居心地のよい場所だった。





 ♫

 


 



「夜にみる物語を人は〝夢〟って呼ぶんだそうだよ」


「……それじゃ、昼の物語は、なんて呼ぶの」


「人はそれもいろんな呼び方するけど、僕なら〝歌〟って呼びたいかな」






 to be...

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