第190話

 インフィニティはヘヴンズ・ゲートの前に到着した。

 ヘヴンズ・ゲートの周りは、かつては森に覆われていたはずだったが、今は何もなくなっていた。荒野の中にぽつりと扉だけ残っている、少し不思議な様子となっていた。

 扉は十年以上前と同じ様子だった。あの時から開けられていないためか、苔がところどころに生えている。


「ここに……何があるというんだ……?」


 コルネリアから一応話は聞いていたものの、この場所については全容が解明されていないため、どうすればいいのか解らなかった。

 ヘヴンズ・ゲート。

 彼にとって、いまだ理解できない場所。

 もともと世界に馴染んでいないからかもしれないが、彼にとって不思議な場所――その一つがここだった。


「ここは……いったい……何のための場所なんだ?」


 改めて。

 彼はこの場所の存在意義を考える。

 荒野に浮かぶ、異質な扉。

 この空間、この扉はいったいどこに繋がっているのか。


「……ううむ。やっぱり解らない。一体全体、ここはほんとうに何のために必要としているのか。けれど、帽子屋はここを必要としていたはず……。記憶が正しければ、の話だが」

『解析すると、まだ何もないようです。かつてはエネルギーが充填して「反転」していたようですが。今は普通ですね……いや、』

「いや? どういうことだ」

『扉の奥から高エネルギー反応が見えます。もしかして――、いや、これは、リリーファーと同質のエネルギーです』

「なんだと!?」


 そして。

 フロネシスが言ったと同時に――扉がゆっくりと開かれていく。



 ◇◇◇



 白の部屋で神と呼ばれた少女はテレビでその映像を見ていた。


「どうやら、タカト・オーノは『出会う』ようだね。長かった、というか早かったというか。彼の子供たちも、今や別空間。彼の頼もしい仲間も今やだれもいない。さて、タカト・オーノ、君はどう動くかな?」


 テーブルに置かれた冷めきった紅茶と別に、淹れたばかりの温かい紅茶を飲み干して、彼女は頷く。


「世界には犠牲がつきものだ。神が世界を作り、人間はその世界で暮らしていく。……その意味を理解してもらわねば困るのだよ。クロノス・ダイアスも、タカト・オーノも」



 ◇◇◇



 扉がゆっくりと開かれていく。

 中は、暗闇だった。暗黒だった。ただ、一面の黒が広がっていた。


「何故、急に扉が――」

『解りません。ですが、これだけははっきりと言えます。この扉は、我々の世界から開けたものではなく、「あちら側」から開けたものであると――』

「あちら側?」

『ええ。おそらく、というかデータから見る推測ですが、この扉は我々の世界と別の世界をつなぐ扉であると推測されます。その扉のむこうには、我々が住む世界とは別の世界が広がっており、おそらく現状はこちら側から望んで開けるのは不可能であると考えられます』

「つまり、向こうからしか開けることのできない、と?」

『ええ。ですが、一度開かれればその間はこちらでも制御は可能だと思われますが』

「……成る程。そして、今からやってくると推測されるのが――」


 暗闇だった扉の中から、二つの光が見える。

 それがリリーファーの眼であることに気付いた彼は、急いでインフィニティを後退させる。

 だが、若干遅かった。命令が遅かったのだ。

 刹那、インフィニティの右肩に、その槍が突き刺さる。


「ぐあああっ……!」


 肩を抑えながら、必死に反撃を試みる。

 まずは刺された槍を抜き、自らの武器とした。


「そんな簡単に、やられてたまるかよ……っ!」


 そしてそれをそのまま、相手に突き刺そうとする。

 だが、そう簡単に相手もやられるわけではない。

 すぐにインフィニティの横に回り、左腕を絡み取った。


「何をする気だ。まさか、インフィニティの腕を文字通り抜き取ろうなんて考えじゃないだろうな……」


 彼の考えはすぐに的中した。

 敵のリリーファーはインフィニティの腕を引っ張り始める。リリーファーの力なので、その力は相当なものだったが、しかし相手はインフィニティ。そんな簡単に抜けるはずがない。


「フロネシス、エクサ・チャージの準備は?」

『残り二十秒です』

「了解!」


 そして彼は右手に持っていた槍を――そのまま相手のリリーファーの左肩、ちょうど関節に当たる部分に突き刺した。

 相手も思わず仰け反り、インフィニティから離れようとする。

 だが、今度はインフィニティが反撃する番だ。


「逃がさねえよ!」


 インフィニティはそのあとを追うようにくっついていく。

 そして。


『エクサ・チャージ、準備完了しました。いつでも可能です』

「了解! エクサ・チャージ、そのまま放て!」


 そして。

 インフィニティはエクサ・チャージをそのリリーファーに打ち放った。

 エクサ・チャージはリリーファーに命中し、扉に激突する。衝撃で一瞬だったがリリーファーは気絶していた。――正確に言えば、リリーファーの中の起動従士が気絶しただけに過ぎないのだが。

 エクサ・チャージは高電圧の粒子砲だ。だから、仮にそれを耐えたとしても電撃による障害は暫く残る。動きが鈍くなったり違う反応を示したりする可能性だって十分にあり得る。それがエクサ・チャージによる『二次災害』だった。

 それでもなお。

 相手のリリーファーは戦う姿勢を崩さない。

 犬歯をむき出しにし、こちらに敵意を見せる姿勢はまるで野生の獣そのものだった。


「ほんとう、相手のほうはまだまだ戦いたいと思っているらしいな……。帽子屋が言っていた戦いってやつは、これだったのか?」


 だとすれば、崇人が負ければこの世界が滅ぶ――ということとなる。

 逆に言えば、相手が負ければ相手の世界が――。


「いや――それはあまり考えないほうがいいな。どちらにせよ、今はこの戦いを乗り越えていく必要がある。俺は帽子屋を、あいつに一発入れてやらないと気が済まねえんだよ……!」


 そして。

 彼は相手に立ち向かう。

 相手のリリーファーが走り出したと同時に、彼もそれに立ち向かうべく、走り出していく。

 相手のリリーファーは、左手はもう使い物にならず右手だけで攻撃していた。右手はよく見れば(正確に言えば、使えなくなっている左手も一緒だが)爪が尖っており、それだけで武器足りえる。即ち、ほんとうに獣そのものだったのだ。


「これが同じリリーファーかよ……。ほんと、異世界の技術には感心するね、まったく……」


 そんな軽口を叩いてみたが、実際にはそんなことを言える余裕など無かった。

 軽口を叩いている間も、敵の猛攻はとどまるところを知らない。実際問題、そんなことを言っている暇があるならば反抗に転じるのが一番なのだが――。


(正直、そんなことをしているほど余裕がないからここまで拮抗しているのだけれどね)


 誰に言うでもなく、彼はそう思った。

 実際問題、彼は思っていたはずだった。少し戦っただけでわかる――相手と自分では場数が違うということ。相手と剣を交えたのが僅か一分ほどしかないというのにそれが解ってしまう。なんというか、経験の差が違うといえばいいのだろうか――。


『マスター、気を抜いている暇はありません!!』

「解っているよ!」


 ガキン、ガキンとそれぞれの武器がぶつかり合う音がする。正確に言えばインフィニティには剣のような武器が無いため、コルネリアのリリーファーから拝借したナイフしかないのだが。

 だが、ないよりはマシだ。実際問題、有ったほうがいいだろうと思い持ち出してきたが――これが思った以上に功を奏した。


「ほんと……まさかこんなことになるとは!」


 ガキン、ガキン……ガキン!

 一瞬できた隙をついて、インフィニティが相手のリリーファーを地面に倒した。


「やった!」


 だが。

 まだ敵のリリーファーは動いていた。

 インフィニティの足を取り、思い切りそれを引っ張った。

 当然、それに気づかなかった崇人は態勢を崩して――そのまま尻餅をついた。


「くっ!」

『マスター、攻撃、来ます!』

「単語区切りに言わなくても、解っているよ!」


 崇人は唸りながら、思い切りリリーファーコントローラを握りしめる。彼自身の握力で、それが握りつぶされそうなほどの圧力がリリーファーコントローラにかかり、少し軋む。

 でも、彼はやめない。攻撃をやめない。戦いをやめない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 そして、インフィニティは自らの拳で――リリーファーを殴り倒した。



 ◇◇◇



「ほう! さすがはインフィニティ! まさか、ブレイカーを殴り倒すとはね! いやあ、伊達に君が開発したインフィニティではないねえ?」


 白いワンピースを着た少女はソファに座っている帽子屋に声をかける。

 帽子屋は少女の声を無視して、モニターを見つめていた。

 くい、と少女は手首を捻る。

 同時に帽子屋の腕がぽきり、と音を立てて折れた。


「ぐう……!」

「私の話を無視するからだよ、クロノス・ダイアス。君は立派な商人だ。この世界を見守るための、証人となってもらうよ」

「商いをしろ、と?」

「ふざけるのも大概にしろ。私の間違いを、持ち上げるでは無い」

「間違えたのは君のほうだがね、カミサマ?」


 それを言うと、白いワンピースの少女は舌打ちをした。

 仕方がないことではあるが、舌打ちされた原因を作ったのは明らかに神のほうであったから、別に彼は反省することなんてしなかった。


「……話を戻そうか。あのインフィニティ、伊達に『最強』を名乗る機械ではないね?」

「機械ではない。リリーファーだ。かつては災害救助支援ロボットとして開発された」

「ああ、そうだったね。けれど、実際にインフィニティがその役割として使われたわけではないだろう?」

「確かに、そうだ。だが、インフィニティはインフィニティとしての役割を持っていた。災害救助支援ロボットという、当初のインフィニティの目的とは違う、まったく別の……」

「ほう? 何だったかな、ここは少し思い出すという形を踏まえて、私に話してもらえないか?」

「知っているくせに、あえて話を聞こうなんて変わっている。さすがは神といったところか」

「今度は左腕を折るぞ」


 悪戯をするかのように笑みを浮かべた神を見て首を横に振る。


「解った、解ったよ。だから勘弁してくれ。両手まで折られてしまうとすぐに回復することもできない。なかなか難しい身体をしているからね、シリーズというのは」

「それは私の範疇にはない。君自身の考えだろう。だが、……まあ、いい。インフィニティは災害救助支援ロボットとして開発されたリリーファー本来の目的とは違う、そう言ったな。さて、それはなぜだ?」

「当時、世界でもっとも影響力を持っていた国の存在があった。その国は我々の国に対して、こう命令した。『クリーンな戦争をするために、武器を開発せよ』と」

「ほう。そうだったな。そうだった」

「そして我々は武器を開発した。――とはいえ、我々の国は、戦争という単語にはあまりにも過敏に反応する勢力があった。どこの国でもあったかもしれないが、我々の国は一番ひどかったといえるだろう。法律があったから仕方ないことかもしれないのだが、そうだとしてもひどすぎた。我々の国は、今思えばほかの国と比べればそこがうっとうしく感じるのかもしれないな……」

「寄り道はしなくていい。端的に結果だけ述べてくれ」

「……わかった」


 クロノス・ダイアスは頷き、話を続ける。


「結果として、僕たちは開発を決定。秘密裏にあるロボットを開発した。救うものと名付けたリリーファーなのに、破壊するものを作ったわけだ。我々はそれを『破壊者』、ブレイカーと呼んだ」

「ブレイカー、成る程、成る程ね。あなたが仕組んだバトルロワイヤルにはあなたが開発したものどうしが戦っている、と。そういうことね?」


 こくり、と頷くクロノス・ダイアス。

 クロノス・ダイアスはさらに話を続ける。


「ブレイカーはインフィニティとは違う、しかしながらリリーファーと同じような機械だった。武器も性能が大きく異なるからね。そうして、大量のリリーファーを手に入れたその国家は、それを利用して『クリーンな戦争』を実現したわけだ。大量の死骸を、戦場に撒き散らすことになったとしても」

「だが、その独占的状況も長くは続かなかった……と」

「ほかの国もブレイカーに似たロボットの開発に移ったためだ。同時に我々は彼の国に協力したということで世界中からの批判を受け孤立してしまった。だから、属州にならざるを得なかった。多くの反対意見があったが、我々の国が生き延びていくには、それしか方法が無かった」

「ブレイカーどうしによる『クリーンな戦争』、そして、新しい時代の戦争。まるで今の時代のようだが?」

「……人間は何度も歴史を繰り返す、ということだろう。かつての旧時代でも、何度も文明の興隆と滅亡を繰り返していったようだ。今思えば、仮に我々の介入が無かったにしてもこうなるのは織り込み済みだったのかもしれない。あるいは、これが人類の文明のメカニズムに組み込まれていた可能性だってあり得る」

「人間のメカニズムは、たまに我々をも裏切ることがある。作った存在ですら、それは解らないものだよ。だが、それが面白い。それがいいのだよ。人間は。だからこそこういうことをしがいがある、というもの」

「だが、ほんとうにこれでいいのだろうか――」


 そう言ったクロノス・ダイアスに、意外だ、という反応を示す少女。


「驚いた。まさか君がそういう反応を示すとはね。まだ人間の心が残っていた、とでも言うべきか?」

「なんとでも言え。今はタカト・オーノのほうに心情が傾いているとでも言えばいいだろう。この世界で一番つらい思いをしているのは彼だったからな」

「突然異世界に飛ばされ、クラスメイトは目の前で死に、自分のせいでカタストロフィを起こされたと批判され、初めて体を重ねた、愛する女性を守ることすら出来ず、目の前で死んだはずのクラスメイトは人間じゃなくなっていて、しかも目の前で死ぬ――か。確かに、羅列してみれば最低な人生を送っているようだ。私だったら耐えられないね。こんな人生」

「……私がそう導いたのだから、彼の行為に同情することなど出来ないかもしれないが……、だが、彼は私の計画の最大の被害者ともいえる。そうだろう?」

「ああ、そうだ。だが、それがどうした? お前の野望、私の野望。それぞれ結果は異なるかもしれないが、そのためにはどんな犠牲をも払うのだろう? まあ、私としては楽しければそれで構わないのだが……」


 少女はそう言ってテーブルに置かれていた紅茶をすすった。紅茶はもうすっかりと冷めきっており、それを口につけた瞬間、少し目を細めた。

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