第187話

「神、だって?」

「イエス。この世界を統べる神。それどころか、実際にはこの次元すら超越している存在だけれどね。それこそ、位相違いの空間も私の力を使えば簡単に往来することだってできる。……まあ、今は無理な話ですけれど」

「位相違いの空間……ってことは元の世界に往来することも可能、ってことか!」

「まあ、今は無理ですよ? 帽子屋に力を奪われてしまいましたからね」

「帽子屋……シリーズに?」

「ええ」


 少女はもはや少女の風貌で話してはいなかった。


「シリーズは私がもともと生み出した同位相管理者のことを指します。Superintendent for Engage in integrated Resource for keeping Internal Environment to Same-phasing. とどのつまり、『位相同期のために内部環境を統合されたための統合されたリソースに従事する管理者』……それを略してシリーズ、私はその意味を込めて名付けたのですよ。ああ、解説が必要ですか?」


 こくり、と彼は頷く。

 まるで待っていました――そう言わんばかりに、少女もまた頷いた。


「位相同期、これは解りますね。この世界にはいくつもの位相空間が存在しています。そしてその位相を同期して、世界がぶつからないようにしているためです。インターバルを儲ける、と言えばいいでしょうか。世界同士が衝突してしまうと、世界と世界の間にある壁が崩落してしまい、空間の融和が起こります。基本的に世界の濃度は一定にされていると思いますが……、時折そうでない世界も出現します。当然ですね、工場で作るようにテンプレートがあるわけではありませんから。作り方こそあっても、完成までの工程に何かあればそれは唯一無二のものと言えるでしょう?」

「空間の飽和によって、世界が消滅することは有り得ない……ということか?」

「そういうことになりますね。まあ、当然ですけれど。私が作った世界ですよ? そんな簡単に滅んでたまるものですか。……まあ、もともとシリーズが居ない空間ですと、管理が行き届いていなくて……というパターンもありますけれどね? 実際にありましたし」

「それ、軽く言っているけどやばいパターンだよね?」

「まあ、そうなりますね。現にあの時は世界が半壊しました。ちょうどあの世界の管理者がうまく発電所の大爆発ということで隠蔽しましたが……。あのあとの世界は、結局再興できたようなので何よりですが」

「管理者が居ない世界もある、と」

「正確にはシリーズが居ない世界と言えばいいでしょうか。でも、別空間に関与できる存在は居ました。便宜上、彼女をシリーズとすればいいでしょうか。ですが、完全に形は人間のそれですし、彼女もあまりそう思ってはいないようですから、私としてもあまりそう口にしたくないのですけれどね」


 少女の言葉は理解できないことだらけだった。

 だが、彼としてはそれを何とか理解しようと思っていた。そこから何か――ヒントとなる情報が手に入らないかと思ったためである。

 少女は告げた。


「ああ、一応言っておきますけれど、私はあなたに解ってもらおうとして話していませんからね? 実際問題、解ってもらえるとは思っていませんし。まあ、理解しようと努力するのは大事ですがね」

「……さっきから君は人の気持ちを逆撫でするのが得意なようだね? ……まあ、いいや。ツッコミを入れる気にもならないよ」

「話を続けましょう。では、シリーズの管理するリソースとは何か? リソースは資源ということですね。正確に言えば、先ずは領土。地面、水、空、この三つですね。そして生物。動物に人間、植物もそれに該当します。それらを管理し、処分や増加させるときはその責任をもって行う……それがリソースについてです」

「それじゃシリーズはこれのことについて……凡て責任を持っている、ということなのか? だとすれば少々おかしな話になると思うが……」

「そこが、私の力が失われていることと関連付けられていくわけです」


 少女は人差し指を立てて、自慢気に言った。

 しかしながら先程の話からすれば、それは彼女の力が失われたことと関連があるようなので、とても自慢気に話す内容では無いと崇人は推測する。


「シリーズは、私から力を奪いました。力、と言っても様々な種類があると思いますが……簡単に言えば凡てです。そして、私の力を行使してあることを行いました」

「……それは?」

「バトルロイヤル」


 一言で片づけられたが、その単語だけを聞けば物騒なことだ――崇人はそう思った。

 少女の話は続く。


「要するに、この同位相空間……数は私にもすぐには数えられないのですが、その数の世界が、自分たちの世界をかけて戦う……。シリーズはそれを計画して、私の名前で開戦を発表したのですよ」


 それを聞いて彼は絶句した。

 即ち、それが意味するところは――。


「つまり、神の名を騙った、ということか……?」


 こくり、と頷く少女。


「神の名を騙ること……それはとんでもない罪です。ですが、今、それを裁く術はありません。法律なんて無いのですから。所詮法律は人間が決めた、人間が生きていく上のルールに過ぎません。それを束ねる神には、そのようなルールなんてありませんし、必要ないのですよ」

「神のルール……そりゃあまあ、世界を束ねている存在だっていうくらいなら必要ないのかもしれないが」


 崇人は訳が分からないことだったが、それでも何とか彼なりに言葉をかみ砕いて、頷いた。


「神のルール、と簡単に言いますけれど、あなたは意味を解っていますか? 実際問題、この世界に広がる同位相空間はあまりにも量が多い。それがある時点でそれなりのルールを作ればよかったものを、結局我々は何もしなかった。蔑ろにした結果が、これですよ」


 そういって少女はワンピースを翻す。

 よく見るとそのワンピースは少しだけ薄汚れて見えた。


「過去、何回か俺の目の前にやってきたときは?」

「あの時はまだ神という地位に立っていることができた。帽子屋がその地位を盗んだのはつい数年前のこと。この空間を破壊するだけ破壊して、人間の生きる意志を極限まで少なくさせて、人も減らした……。何を考えているのか、解ったものではないよ」


 それは帽子屋についての、ある意味では率直ともいえる苦言だった。

 それを聞いて崇人はどうすればいいのか――それは一つしかなかった。


「この事態を解決する方法……俺の世界もこの世界も救う方法。薄々そうかもしれないと思っていたけれど、帽子屋を倒すことで、すべてが解決する……。きっと、そうなのだろう」

「きっとも何も、それが真実。まぎれもない事実だよ。帽子屋が私の力を奪ったことで、いや、正確に言えば、私の力を奪うことを計画に組み込んでいたこと……それからだろうねえ。ヘヴンズ・ゲートのアリスの封印を解き、アリスの力をも自らに取り込んだ。まさに、今やシリーズは彼の独壇場と化している。最低なものだよ」


 少女は溜息を吐いて、さらに話を続ける。


「まあ、問題としては明確になったのではないかな? これから倒すべき敵も、きっともう君の眼には見えているはず」


 そう言われて、崇人は頷いた。

 彼の眼には――帽子屋の姿が浮かんでいた。


「帽子屋は、最初こそ何も無かった。いい役割を持っていた、そして、私にも優しかった。アリスを守り、この世界を観測するという役割を忠実に守ってくれていた……。だが、今思えばそれもすべてこのためだったのではないか、私はそう思うのだよ」



 ◇◇◇



 戻るとヴィエンスとコルネリアの口論はさすがに終わっていた。


「まあ、さすがに終わっていないと面倒だったがな……」

「おや? タカト、いったいどこへ行っていたんだ?」


 そういったのはコルネリアだった。コルネリアは崇人が持っているお盆を見て、ぽんと手をたたいた。


「もしかして、水を持ってきてくれたのか?」


 質問したのはヴィエンスだった。さすがのヴィエンスもそれを見て理解したらしい。


「ああ、そうだよ。あのとき二人とも口論していただろ? だから、喉が渇いているのではないか、って思ってね。ああ、俺はもう水分補給したから問題ないぞ。二人とも、一つずつあるからそれを飲んでくれ」


 そう言って崇人はそれぞれにコップを差し出す。

 それを受け取ってコルネリアとヴィエンスはそのまま飲み干した。


「冷たくて美味い。全身に染み渡るよ! ありがとうな、タカト」

「ありがとう、タカト。おかげで助かったよ」


 二人同時にお礼を言われて少しだけ照れる崇人。

 どうにか流れを変えようと思い、崇人は質問する。


「そういえば、二人の話はまとまったのか? ……これからどうする、って話だけれど」

「ああ、それなら……」


 ヴィエンスが何かを言おうとしたが――、


「もうすでに決まっているわ」


 しかしそれよりも早くコルネリアが答えた。

 コルネリアが指さしたのは、床に置かれた古い地図だった。


「これは?」

「この周辺の地図。そして、この丸……わかる? 覚えているかどうか微妙だけれど、かつて私たちが向かった場所――」

「ヘヴンズ・ゲートがあった場所だ」


 次に言ったのはヴィエンスだった。


「ヘヴンズ・ゲートは、確か『異世界』らしき何かがあったはずだ。今は閉ざされているかもしれないが……行ってみる価値はある。現に、この場所には人がいない。いや、正確に言えば『消えてしまった』。だったら一つでも可能性を信じて、そこへ向かったほうがいい。そうは思わないか?」

「可能性か……面白い」


 崇人はそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべた。

 それは文字通り、可能性を信じたものだった。その可能性が失敗であろうと成功であろうと、今はそれに賭けるしかない――だから、彼は笑った。


「それじゃ、行くぞ。私たちにゆっくりしている時間などない。急がねば、何も始まらない」


 そして、崇人たちは部屋を後にした。

 目的地は、リリーファーが格納されている倉庫である。

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