第167話

 インフィニティが闊歩する。

 大地が割れて、ビルが破壊され、混沌と化した世界を、闊歩する。

 崇人は泣いていた。悔しかった。悲しかった。嫌だった。

 自分がどうしてこんなことになってしまったのか――考えると悲しくて仕方なかった。


「なあ、僕は……僕はどうすればいい? 僕はどうすればいいんだよ……」


 インフィニティの中で、彼は呟く。


『……解りません』


 フロネシスは彼の言葉に反応して答える。

 しかし、そんなことを言っても彼の感情が変わるわけでも無い。

 感情論に任せて言葉を並べることは、一番論理的ではないのだから。


「僕は解らないんだよ、どうすればいいのか。僕は何をすればいい?」

『……私には人間の行動が考えられません。私は人工知能です。ただの存在でしかありません。ですから、あなたの道を進めばいいと思います。私は、それに従いますから』

「ハハ、まさか人工知能に慰められる日が来るとはね……。思いもしなかったよ」


 崇人は笑う。

 それは諦観も含めているのかもしれない。

 インフィニティは動く。

 壊れてしまった世界を、見つめるために。



◇◇◇



 フィアットは笑っていた。

 笑い狂っていた、の方が正しいかもしれない。


「あはははははははは! はははははは! 面白い、面白いよ! ここまで、僕の考えている計画の通りに進んでいるなんて!」

「そうですね。流石だと思います」


 クライムはフィアットに紅茶を渡す。

 紅茶の入ったカップを受け取ったフィアットは、一口啜った。


「……美味い」

「褒めて頂いて、光栄です」


 クライムは頭を下げて、言った。

 フィアットは微笑みながら階下を眺める。

 その光景は、彼にとって一番素晴らしいと思える光景だったのかもしれない。

 彼が望んだ結果、彼が欲しいと思った結果。

 それがこの景色であった……のだろうか?


「何か、違うな。このまま計画の終わりに進行する? いいや、違う。何か段階が残されていたはずだ……」


 フィアットはぶつぶつと呟く。

 クライムは計画の全容まで理解していないので、その言葉には何も賛同できなかった。

 こういう時はただ無言で対応を待つしかない。

 そういうことは、解り切っていた。


「何が、何が違うんだ……。考えろ、考えるんだ、自分……。きっと何か、間違っているのが露見されているはずだ。露呈している、と言ってもいいかもしれないが、どちらにせよ、それを見つけなくてはいけない……!」

「あの、一つよろしいでしょうか」


 もう埒が明かないと思ったのだろう。クライムが悩むフィアットに言った。

 フィアットは首を傾げつつ、クライムの方を向いた。


「どうした、クライム? 何かあったか?」

「いえ、一つ気になることがありまして。思ったのですよ。あなたが考えた計画は完璧であると。完璧であるからこそ、欠陥などあり得ない……と」

「そうだ。その通りだ。それの何がおかしい」

「別に私はおかしいなどとは言っていませんよ」


 微笑み、話を続けるクライム。


「ただ、私は気になっていると言いたいのです。あなたの計画は間違っていない。ならば、仮定が間違っていたのではないでしょうか? 計画で行われる、最終的な結果……そこまでの段階が、何らかのピースが混ざってしまったことで、失敗してしまったのではないでしょうか」

「失敗、だと?」

「ええ」


 クライムの言葉は止まらない。


「失敗、と言うのは言い過ぎだったかもしれません。ですが、それに近い状態が起きたのではないでしょうか。失敗は成功の母、とはよく言ったものですが……そうであっても、この計画に失敗は許されないのでしょう。そしていつしか、『失敗を失敗としなくなった』。私は、そう思うのですよ」


 フィアットは何も言わなかった。

 ただクライムを見つめていただけだった。その表情は悔しさよりも怒りの方が優っているようにも見える。


「気分を害したようであるならば、申し訳ありません。ですが、私は仕方ないと思います。あなたが間違えるのですから、私が一目見ただけで解るはずがありません」

「僕が、無意識に、失敗を改竄した。しかし、その結果と理想のずれが大きくなったから、それが結果として失敗と化した……そう言いたいのか?」

「残念ながら、今はそう言うしかありませんね」


 少しだけ、冷たく言い放った。

 そして、その『失敗』により、彼らは気付けなかった。

 『シリーズ』が考えている――計画の一段階に。



◇◇◇



 その頃、ヴィエンスはあるものを見つけていた。

 空から降りてくる、何かを。


「ものすごいスピードで落下してくる物体を確認! 何だ、あれは!?」


 レーダーがとらえたのは、最初、『物体』という括りだけだった。

 それから数秒後。

 その物体が、歪な人型であることを確認した。


「何だ、モノじゃない……! 人、か!?」

『そんなことは有り得ません! あれ程の速さで落ちてくるのならば、とっくに燃え尽きているはずです!!』


 言ったのはハルだった。


「じゃあ、何だって言うんだよ! あれは、人じゃない……としたら!」


 共通認識。

 二人の認識が一致した。



 ――リリーファーである、と。



 その頃それを崇人も目撃していた。

 最初隕石のようにも見えたそれは、徐々に人の形を為しているものだと判明する。


『あれはどうやら、リリーファーのようですね。レーダーにもそう確認されています』

「リリーファーが、空を飛んでいるのか?」

『いいえ、おそらくそのまま落下しているものかと』


 落下。

 フロネシスはそう言った。

 しかし、そのスピードを出せる程の場所、その高さはどれくらいなのだろうか?


「もしかして、月から来たのか?」

『宇宙から自由落下している可能性は充分に有り得ます。なぜなら、炎に包まれているからです。ですが、その機体は溶けていませんし、中に居る起動従士の生命反応も確認されています。相当、熱を伝えにくいのかもしれませんね』


 冷静に分析を進めるフロネシス。

 敵か味方か。

 そのリリーファーを、起動従士を、信じてもいいのだろうか。

 今の彼には、未だ解らなかった。




 帽子屋は白の部屋でモニターを見ていた。


「やっと来たか。これで段階は整ったと言えるだろう。僕も救われるよ」

「ほんとうにそう思っているのか?」


 言ったのはハンプティ・ダンプティだった。

 ハンプティ・ダンプティは話を続ける。


「君の計画がここまで滞りなく進行したことはすごいことだよ。尊敬に値する。だが、さすがにこれからは厳しいだろう。インフィニティだけではない、あのリリーファーも関わってくるのだから」

「そうだとしても、計画の大筋が変わることは無いよ。結果は、もう変わらない。最終段階まで、来たのだからね」


 帽子屋は呟いて、モニターを再度眺めた。

 モニターの視点が変更される。

 炎の塊。その中身はリリーファーだった。

 白い躯体のリリーファー。それはまるで月のようにも見えた。


「ツクヨミ、か」


 帽子屋はそのリリーファーの名前をぽつりと小さく呟いた。

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