第100話
次の日は学校が休みだった。そのため別の学校に通っているコルネリアや、いつもは『新たなる夜明け』で活動を続けているエルフィーとマグラスとともに、ハリー騎士団の活動が出来る貴重な日でもあった。
……とはいえ、戦争とか作戦とかそんな大それたものがあるわけではなく、今日はただの演習だった。シミュレートマシンを用いた模擬演習なので、リリーファーを使うこともない。
ハリー騎士団の面々はシミュレートセンターへと来ていた。先ずはメリアに挨拶をしようとマーズは言ったが、メリアはワークステーションの画面とひたすらにらめっこしていて、そんな余裕など無さそうだった。
しかし、彼女に話を通さねばシミュレートによる模擬演習が開始できないこともまた事実だった。代表としてマーズがメリアの部屋に入る。
「マーズ、そういえば聞いたんだけど」
マーズの演習申し込みを聞いたメリアは、それを適当に流しこう言った。マーズは一応彼女に話したからきちんとしてくれるだろう……そう思いながら訊ねる。
「何かあったの?」
「あんた……タカトとヤったんだって?」
それを聞いてマーズは顔を赤くする。
「ちょ、ちょっとそれ! どこ情報よ!」
どこ情報も何も、マーズがそれを言ったのはたったひとりだった。
「フレイヤがそれっぽいことを言ってたからね。気になっちゃって。それでどうだった初夜ってやつは? 痛いのかやっぱり? しっかしよくやるよなあ……相手は十一歳だろ?」
フレイヤはあとで個人的怨みにより練習量を八割増しにしよう、マーズは思うのだった。
「……あのね、別に年齢は関係ないでしょう?」
「いやいやいや、十一歳だぞ。私でも抵抗するなあ……どっちから誘ったんだ?」
こくり。マーズは頷く。
それを聞いてメリアはひゅーひゅーと口笛を吹いた。
「お熱いこって。それにしてもまさかあんたの方から誘うなんてねえ……。まあ、タカトもタカトで奥手そうだし誘うことはしないんだろうけど」
「……とりあえず、今日はフリートークをしに来たわけじゃないのよ」
「解っている、演習だろう? もう準備は進めてあるからシミュレートマシンのある部屋に向かってくれ。おっと、間違って第三シミュレートルームには行かないでくれよ。そこは『あれ』の置いてある部屋だからな。学生に見せてしまったら何があるか解ったものではない」
それを聞いてマーズは頷いて、部屋をあとにした。
第一シミュレートルームにはフレイヤの姿があった。彼女はマーズの姿を視認するとこちらに向かって手を振った。
それに対してマーズはフレイヤの腹に右ストレートを食らわせた。
「ひどいなあ、マーズ。初めて出会った相手にそれかい?」
「元はといえばあんたがあのことをメリアに言ったのが悪いんでしょうが! メリアがああいう面白いことを知ると百倍楽しむのを知っているくせに!!」
「でも、誰にも言うな……なんて聞いてないからねえ」
そう言ってクスクスと笑う。確かにマーズはフレイヤに『誰にも言うな』なんて釘を打ったことはなかった。
「だって面白いことはみんなに言って共有したほうがいいでしょう? だからあなたもいったんじゃないの?」
「そういうつもりで言ったんじゃ……」
「あ、あのー?」
それに割り入るように崇人は言った。それを聞いてマーズは顔を赤くして訊ねる。明らかにその挙動はおかしいと、第一シミュレートルームに居る人間凡てが感じていることだった。
「ど、どうしたのかしら……?」
「とりあえず、演習をやるならやったほうがいいんじゃないか? 時間的にも限られているし……。それに俺たち学生は宿題をやる時間だって勉学に励む時間だって必要だしな」
「……それもそうね」
マーズは頷くと、シミュレートマシンに電源を入れて、そこに入った。それに従うように全員がシミュレートマシンに入る。
『全員、シミュレートマシンに入ったかー?』
シミュレートマシン、そのコックピットの内部にメリアの声が響く。
直ぐに全員が『OK』のサインをメリアに送った。
『よし。全員が入ったのを確認したぞ。メンバーの総計は九人かな。それじゃ、終了するときはマーズ、解っているな?』
「そりゃあ、あなたが呆れるくらいやっているんだからそれくらいは、ね」
それを聞いてメリアは笑みを浮かべる。
『それじゃ、シミュレートマシンを起動するぞ』
そう言って、シミュレートマシンに備え付けられているファンが高速駆動を開始した。シミュレートマシンに接続されているケーブルの先にあるサーバ群の一つ――『ブルーグラスエリア』にハリー騎士団のメンバーの精神が電子化されて送信される。
精神の電子化技術は今でこそ一般化されているとはいえ、未だにきちんと活用できているのはこのシミュレートマシンのみだといえる。ほかにも様々な活用法が考えられたが、そのどれもが電子化を必要としないものばかりだったからだ。
精神、というより正確には脳の電気信号をシミュレートマシンが受け取って『擬似人間』として具現化する。それは難しいことではあるが、かといって一度技術が確定してしまえば難しい話ではない。
しかし、問題もある。サーバに供給される電源が切れてしまったらどうなるのか? サーバが熱暴走を起こして急遽電源を切ったらどうなるのか? などその問題は特にサーバについてだった。
そうしてシミュレートセンターが導いた結論はリリーファーに使われているエンジンの巨大版(ダウンサイジングに倣ってアップサイジングということもある)をシミュレートセンターに置いて、緊急時には即座にそれが発電できるようになっている。そして、その電気によってサーバを冷やす機械を動かしている。古風に見えるが、これが一般的で一番ひねりのないスタンダードなやり方だ。
シミュレートマシンが完全な電子空間に移動した。正確にはハリー騎士団の脳内信号が電子化されてシミュレートマシンに似た空間に送られていたのであるが、それを体感出来ない人間からすれば前者の方がすんなり飲み込める。
ブルーグラスエリアは広い草原のエリアである。高い山は無く、彼方此方に申し訳無さ程度に森林が配置されているくらいだ。
そして崇人たちがいる場所は、だいたいそのエリアの中心付近であった。
『無事、全九名転送完了しているな。……いや、しかし「ブルーグラスエリア」を選ぶなんてな……お前もなんというかスパルタだよな』
「そこまでしないと人は何も覚えないよ。但し、ずっとスパルタではなくて、時折アメをあげとかないとさ。別の方向に目覚める可能性も棄て切れないわけではないけど」
それもそうだ、とメリアは答えた。
「……というか、あなたさっき『九名』って言っていたわよね……。あれってどういうこと?」
そう。
マーズが最初に抱いていた疑問はそれだ。ハリー騎士団は、少なくとも今日来た人間だけなら七名、現地集合のフレイヤを追加しても八名なので、一名ほど足りないのだ。
『あぁ、それなら……』
メリアがそれについての説明をしようかと思った、ちょうどその時だった。
マーズの乗るリリーファーの目の前にいたある一機のリリーファーが敬礼をした。
『申し遅れました、私レナ・メリーヘルクといいます。あの時では普通に対面しているだけで、今回のようにシミュレートマシンの「世界」で出会うのは初めてになります』
それを聞いてマーズは驚いた。昨日の会議の時では彼女の様子がまるで心を抜かれたような感じだったからだ。
何処と無く痩せ細っていた身体を見てマーズは騎士団に在籍させたとしてもリリーファーを操縦させることが出来るのか? そう思っていたからだ。
だが、今の彼女を見てそんな不安など払拭されていた。
リリーファーが動いていたからだ。シミュレートマシンは何も乗っただけでリリーファーが操縦出来るわけではない。起動従士同様様々な条件が課せられるが、奇しくもその条件は起動従士の条件と等しいものだった。
「……大丈夫なのね。言っておくけど、泣き言なんて言っていられないのよ」
マーズの言葉を聞いて、レナは鼻で笑った。
『解っているわ、それくらい。それに私はバックアップだった人間。少しくらいのキツイ特訓でもへこたれることなんてあってはならないわ』
「それもそうね」
そう言うと、マーズはスピーカーを外部に接続した。
「今ここにいるリリーファーに乗っているのが、レナ・メリーヘルクだ。年齢的な意味では君たちよりも私の方に近いかも。だけれど、別に堅苦しくやる必要はないわ。だってあなたちの方が先輩なんだから」
マーズの言葉に、それをずっと聴いていたであろうレティアは吹き出した。
『私がそのレナです。聞いた通り、私に遠慮なんて不要です。ただでさえ実力主義である軍に残れるだけでも、私は国王に感謝しなくてはならないだろう。……だからこそ、私に油断や遠慮などしてはいけません。私は生き返った。そしてそれに感謝して生きていかねばならない』
「……さて、それじゃハリー騎士団が全員揃ったところで、作戦会議と参りましょう」
マーズがそう言って、改めて前を向いた。
そこには黒い何かが立っていた。それが生き物なのかリリーファーなのか解らない。四足歩行のようにも見えるが、生き物らしい温かみも見られない。かといって機械らしい雰囲気もない。
「……あれは……」
崇人は呟く。ほかの人間も似たような反応を示していた。
――なんだというのだ、あれは。
崇人は、ヴィエンスは、エルフィーは、マグラスは、コルネリアは、それぞれそんな思いを抱いていた。
対してマーズはそれを予想していたのか、外部スピーカーへと接続して、伝える。
「……『ウイルス』だよ。少なくとも私はこれをそう呼んでいる」
「ウイルス?」
崇人は聞き返す。
マーズの話は続いた。
「ウイルスと言っても、そういう類のものではない。サーバに構成された電子的な世界に住み着いている『設定』の敵だよ。リリーファーみたいに電源を落とさない限り動き続けるとかそういうわけではなくて、心臓を潰せば死ぬ。人間と一緒だ。……そして、私たちの訓練はあれを倒すことだよ」
マーズはニヒルな笑みを浮かべたが、それがほかのメンバーに知られることなどない。
崇人はマーズからそれを聞いてある種の絶望に苛まれていた。彼らが今まで向き合ってきたのはリリーファーだ。リリーファーを倒していくことが出来たのは、たとえ人が入っていたとしてもリリーファー自体は生きていない存在だったからだ。
だが、ウイルスと呼ばれた存在は生きている。生きているのだ。生きている存在をそう簡単に殺すことが出来るというのか? それに、彼らが持っている武器は通用するとでもいうのか?
崇人はそう考えていた――が。
「タカト、避けろ!!」
予兆などなかった。
刹那、ウイルスは崇人の乗るリリーファーに噛み付いてきた。その場所は人間でいうところの頚動脈を正確に突いてきた。
「なんだっ……! こいつほんとうに思考能力が人間以下なのかよ……!!」
崇人は呟きながら、フロネシスに命じる。
――しかし、反応などない。それは当たり前だ。なぜなら彼が乗っているリリーファーはインフィニティなどではなく、この空間のためにある擬似リリーファーだ。性能はニュンパイレベルと思って間違いないだろう。
彼はフロネシスからの返答がないことで、このリリーファーはインフィニティでないことを思い出す。突然の攻撃で何が起きたか、彼自身でも解ることなく、混乱してしまったのだ。
「……しゃーないっ!!」
リリーファーコントローラを強く握り、指示を送る。
何とかそれを引っペがそうとするが、しかし意外に固く、動くことがない。
「めんどくせえ……っ!!」
その時だった。
ウイルスが叫んだ。その叫びが泣いているような叫び声であったことは、なんとなくであるが理解できた。
なぜそんな叫び声を上げたのか――それは、ウイルスの背中に突き刺さっている巨大なナイフが原因だった。
「逃げろ、タカト!!」
それを刺したのはマーズだった。頷いて崇人はウイルスの身体を思い切り蹴り上げた。
ウイルスの身体は宙に浮いて、地面に倒れる。崇人はリリーファーコントローラを巧みに操って、マーズたちの場所へと戻る。
「……手間かけてすまなかったな」
崇人はマーズに向けて通信を送る。
対してマーズは微笑みながら、
「いいえ、別に問題ないわ。……というか狙って攻撃することができたし、寧ろ褒めてあげてもいいレベル」
「……ほんと、毒舌だな」
そう言って、崇人のリリーファーもコイルガンを構えた。
「さて……と」
崇人は頷く。
「発射っ!!」
そして。
――ハリー騎士団のリリーファーから一斉にコイルガンの弾丸が射出された。
「意外にも簡単に終わってしまったね。演習とは聞いていたが、レベルも高い。メンバーとのコンビネーションもそれなり。うん、ばっちりなんじゃないかい? 来るべき時に備えておくことも一番ではあるし」
メリアはコントロールルームから見ていた映像を解析した、その結論を述べた。
メリアはそう言いながらも未だにワークステーションとにらめっこしている。崇人がこちらを向いて話すようにそれっぽく促してみたが流されてしまったのでそのままで話をすることにした。マーズ曰く、彼女も忙しいのだからそれを止めるわけにはいかない――ということだ。
「ともかく、ウイルスがちょっと弱かったのは私としては想定外だったかな」
マーズも、今回の演習の結論を述べていく。
けっして今回の演習は難しいものではなかった、ということは事実だ。そして彼女がそう思っていたこともまた事実であった。
「……ちょっと難易度の調整をしてみる必要があるかしらね」
そう言ったメリアの目が輝いていたことに、唯一気づいたのは彼女の一番近くにいたマーズだけだった。
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