第十四章「セイレキ二〇一一年~仙台その二」

 第十四章「セイレキ二〇一一年~仙台せんだいその二」


 大震災で気仙沼けせんぬまの家が流され、お父さんとお母さんも行方不明になったわたしは、仙台のひいお祖父じいちゃんの家に引き取られることになった。


 仙台にひいお祖父ちゃんがいるっていうのはお父さんとお母さんから聞いていたのだけど、実際に会ったことはそれまでなかったの。


 初めて会った時、ひいお祖父ちゃんは甚平じんべい姿で、ニコニコしながら笑っていたわ。


「なんとまあ! ほがらかな! まんまるほっぺの、乃喜久のぎくさん! 黄金を背負うておる。さてはお主、常世とこよ徳理とくりをもたらす者でありますな!」


 ひいお祖父ちゃんて、やたらめったらわたしをめる人で、最初はとまどったわ。


 ノリの良い人で、軽やかに言葉をわたしに投げかけながら、わたしがその後十年間住むことになる藤宮ふじみやていに案内してくれたわ。


「乃喜久の部屋じゃぞーう」


 あてがわれた私室の扉を開けた時のことを、今でも覚えている。


 部屋に満ちた古い本の香りに、体の中心がじんと熱くなって。複数の大きなサーバーの存在感が、頑強な感じで頼もしかった。



――そこでわたしは、歴史とコンピュータに出会ったんだ。



 壁一面の本棚に並ぶ古今東西の蔵書。ハイスペックのパソコンと、プログラミングが勉強できる環境。最先端のヴァーチャル・リアリティオーグメンテッド・リアリティの機材。


 ひいお祖父ちゃんは、お金持ちの人だったの。藤宮邸も、地域では豪邸ごうていとして有名だったらしいわ。


「乃喜久、こう、じゃ、こう!」


 ひいお祖父ちゃんは、両手の人差し指、中指、薬指の三本を立てた謎のポーズをとったわ。


 とりあえず、わたしもポーズをマネしてみる。


「これは、ワクワクサインじゃ!」


 ひいお祖父ちゃんがワシワシと三本の指を動かしてみせる。


「これまでだと、ピースサインはブイサインであったじゃろう? "ブイ"はビクトリーの頭文字で、『勝利』ってことだがね。『勝利』では、勝った側しか嬉しくない。負けた側を踏みつけて幸せを得るというのはもう時代遅れだぞい。だから、ワクワクの頭文字で"ダブリュー"でピースじゃ。ワクワクの真心まごころだと、世界中の全員が幸せになれるがね」


 その時はまだひいお祖父ちゃんが言ってることにピンとこなかったけれど、とりあえずわたしも三本の指をワシワシと動かしてみたわ。ワクワクのピース!


「ワクワクするままに、大いに学べい乃喜久よ!」


 それからの人生、わたしは勉強したわ。


 あらかじめ範囲が決まっている学校の教科書は渡された日に終わらせちゃってね。


 自分が興味があること、心が動くこと、ひいお祖父ちゃんがいうワクワクすることを、一日十四時間くらい勉強したの。


 そうして、歴史と最新のコンピュータ科学にくわしい、混合ハイブリッド歴女れきじょというわたしができあがった。


 わたしは、自分で自分にダメ出しすることが少なくなっていた。


 もちろん、今でも落ち込むことはあるけれどね。


 でも下を向いてしまっていても、少し休むと、自然と上を向けるようになってきたの。


 悲しいことと同じくらい、温かいものも今は身体からだの真ん中にあるの。


 温かいものは、時々心におさまらないではみだしてきちゃったりもするわ。


 ひいお祖父ちゃんのテンションがうつってしまったみたいな? 胸の内から嬉しさが込み上げてくることもあった。


 そんな時は、ひいお祖父ちゃんのマネをして、夜中に部屋で一人、くるくる回りながら奇声をあげたわ。


「ひょーう」


 わたし、ちょっと変になっちゃったんじゃないかって、ひいお祖父ちゃんに相談したこともあったんだけど、それが「フツウ」なんですって。


 フツウ。


 色々勉強中なんだけど、ずっと考え続けてる言葉の一つだわ。



  /第十四章「セイレキ二〇一一年~仙台その二」・完

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