第四章「セイレキ二〇一〇年――一ノ関」
第四章「セイレキ二〇一〇年――
その日も、雪が降っていた。
そのままでは触れた途端に消えてしまう、雪の結晶のような、わたしとヴェドラナの出会いの日の思い出を少し。
二人がもうすぐ七歳になる頃でね。
大震災が起こる、ちょうど一年前だわ。
その頃のわたしは、悲しい気持ちを抱えていて、いつも下を向いて暮らしていた。
でも、その時だけは上を向くことができたの。
赤毛の女の子が、
すぐに目にとまったわ。
一つは、女の子は一目で外国の子だとわかったから。
二つは、女の子は車椅子の男の子を一人で連れていたから。
車両には、女の子と車椅子の男の子と、わたししかいなかった。
電車に揺られながら、女の子のことがずっと気になってたわ。
電車が気仙沼についた時、車両とホームの間に、ちょっとだけ段差があった。
女の子はまだ車椅子の扱いに慣れていない感じで、つっかかりそうになって。
わたし、自然と体が動いたの。きっと、わたしはずっと体が不自由なお母さんと暮らしてきて車椅子に慣れていたから、わたしが手伝わなきゃって思ったのね。
わたしは無言で女の子の後ろから近づいて、男の子が座っていた車椅子のグリップを握って、ティッピングレバーを足で踏みながら段差を超えてホームに下したわ。
女の子の方を振り返って。そう、外国の子だから、英語じゃないとダメかなって思って。
近所の英語講座で覚えていたフレーズを使って。
「メイ、アイ、ヘルプ ユー?」
って話かけた。
赤毛の女の子がはにかんで。
「アリガトウ」
って返してくれた。
日本語しゃべれたんだ! って、ちょっと恥ずかしかったわ。
それが、わたしとヴェドラナの最初の出会い。
その後、家が近所になって、小学校も同じになるなんて。一番の友だちになるなんて、この時はまだ全然知らなかったんだけどね。
ヴェドラナはね。お兄さんのユーレさんが難病で体が不自由で、治療のためにスロヴェニアのリュブリャナと仙台が結んでいた協定を使って、ちょうど日本にやってきたところだったんだって。
それから、二〇一一年三月までの、一年間のわたしとヴェドラナの冒険の話は、またいつかね。
あの日、一ノ関の駅でヴェドラナが振り返った時。
世界ではじめてヴェドラナがわたしを捉えた時に、ね。
――わたしに、赤髪の少女が重なった。
わたしは、あなただ。
不自由で愛しい家族の車椅子を押して、生きてきた。
これからも押しながら、生きていく。
雪に覆われた道は滑りやすいから、ゆっくり、ゆっくり、丁寧に、慎重に。
独りでは疲れてしまうから、えっさ、えっさ、交代しながらね。
わたしは、ヴェドラナと出会った時に、一生分の運を使っちゃったのかもしれないわ。
/第四章「セイレキ二〇一〇年――一ノ関」・完
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