少女輪廻協奏曲 ノギクとヴェドラナの愛

相羽裕司

第一部「歴女と聖女」

第一章「理由が必要なの?」

 ひゅーるるる。とくん。



第一部「歴女れきじょ聖女せいじょ


 糸が途切れてしまっている。この世界に、ヴェドラナはいない。



 第一章「理由が必要なの?」


 なるほど。どうやら異世界にきてしまったみたい。


 いいえ。まだ、ゲームのやり過ぎでついにわたしの頭の方がおかしくなっちゃった可能性もあるかな?


 わたし。フジミヤ・ノギクは逃げている。


 追手は一人。少年騎士きしだ。


 煉瓦れんが作りの家々。教会。尖塔せんとう。少なくとも現代の日本ではないわね。中世ヨーロッパ風の街並みをうように、わたしは逃げる、逃げる。


 でも、ちょっとおかしい。わたしを追ってくるあの少年騎士、途中で何度も立ち止まるの。


 車椅子のお婆さんが段差を超えられないでいたところを見かけては、手伝ってあげたり。


 道端で言い争いをしている街の人を見かけては、仲裁ちゅうさいに入ったり。


 お疲れ気味のお母さんが連れてる赤ちゃんを見かけては、あやしてあげたり。


 その度にわたしを見失っては、少し経ってからまた見つけて、わたしはまた逃げて。もう一時間くらいその繰り返し。


 いい加減、疲れてきた。自慢じゃないけど、わたし、体力は全然ないんだ。


 狭い道を抜けて広場に出たところで。


「見つけたぞ」


 アルトの声が響いた。まだ、声変わりが終わってないのかもしれない。


 また追いつかれちゃったなぁ。そろそろ、相手の顔も記憶に残ってきた。名前は、昨晩教えてもらってる。


 中央のおひげのおじいさんの像から、道が放射状に伸びている。ここ、街の要所ね。


 わたしと少年騎士は向かい合った。


「ミティア、くん。だから、あらゆる意味で、誤解なの。私は『究極の魔法』なんて使えない」


 どうして、わたしがこんなことになっているかというと。


 ……


 ///


 昨晩。


 わたしは王の間で「召喚しょうかん」された。


 「召喚」っていうのは、別の世界から別の世界へと、呼び出されること。


 こういうことがあり得る可能性を、現実世界にいる頃からわたしは否定していなかった。


 だから、召喚されたこと自体は自然に受け入れられたんだけど。


 この世界――リュヴドレニヤに伝わる「究極の魔法」が使える魔女として、わたしは召喚されたんだって。


 でも、わたしはそんなの使えない。


 王様はひどくがっかりしたわ。


 がっかりしただけじゃなくて、わたしをお城の東の塔に閉じ込めた。その時、わたしのお世話役として紹介されたのが、ミティアくん。若いけれど、騎士隊長だって言ってたわ。


 でもこれって、どう考えても軟禁なんきんでしょう?


 そうね。王様が準備してくれた服だけはカッコ良かったわ。


 黒に近い深い紫の上衣と、白いスカート。胸元には青いスカーフ。全体として軍服のようにキリっとしていて、ドレスのようにつややかでもある。元々髪につけていた藤色のリボンと合ってる感じ。くつにはピンクのアクセントが付いていて、ほどよくカワイイ。


 わたしの趣味に合う感じ。


 でも、ずっと閉じ込められてるわけにもいかないわ。わたしにも、会いたい人がいるし、行かなきゃならない場所もあるからね。


 一夜だけ様子を見て、夜明け頃、ちょっとズルをして塔から抜け出してきたの。


 気づいたミティアくんが追ってきて、今にいたるというわけ。ミティアくん以外には、まだわたしが塔から抜け出したことは伝わってないみたい。


 このミティアくんという少年騎士は……。


 背はわたしより少し高いけれど、顔に幼さが残っていて、たぶんわたしより年下だわ。こんなに若いのに騎士隊長って、どういうことなのかしら。


 銀の髪を揺らして、簡素な鎧を身に着け、腰に剣をさして、手には盾を持っている。胸元に、普通だったら女の人がつけてるようなブローチをしている。ああ、とてもりんとした瞳でわたしを見るのね。純粋な感じ。真っ直ぐな男の子は、ちょっと好きかも。


「パっと消えたり、また現れたり。おまえ、やっぱり魔女なんじゃないか?」

「いきなり『おまえ』呼ばわり。女子にはあんまり慣れてないのかな?」


 わたしへの態度は、昨日からなんかぶっきらぼうなんだよね。


「話を、はぐらかすな」

「魔女、というより、歴女れきじょです」

「レキジョってなんだ?」

「ええと。歴史のことを勉強するのが趣味の人、みたいな?」

「やっぱり、怪しいな」


 ミティアくんは腰の剣のつかに手をかけた。ちょっと、こわい。


「消えてないわ。ミティアくんが勝手に見失っては、また見つけてるだけ。『究極の魔法』どころか、姿を消す魔法とかも使えないから」


 その時、コロコロと、広場で話していたわたしとミティアくんの足元に「きゅう」が転がってきた。


 その、野球ボールくらいの大きさの「球」を見て、ミティアくんが顔色を変えた。


「離れろ!」


 「球」は爆発すると、もくもくと白い煙を発し始めて……。


 わたしはいよいよ、ここは現実世界じゃないんだと理解した。


「ぐるるるるるるる!」


 獣の耳。裂けた口。するどい。「球」から立ち昇った煙の中から、オオカミ人間が現れたの。手には、石のやりも持っている。


「ウェアウルフ!」


 オオカミ人間を、ミティアくんはそう呼んだ。


 オオカミ人間は石槍を振り上げて、明らかにわたしを狙っていたわ。


 わたしがとっさに左手の薬指に右手をそえた時。でも、ミティアくんが剣を抜いて、一瞬で間合いをつめて、ウェアウルフの胸を貫いた。


 獣の雄たけびをあげながら、オオカミ人間は崩れ落ちた。


 ミティア……くん。わたしを守ってくれた?


 体をふるわせて動けなくなったウェアウルフから剣を抜くと、ミティアくんは空を見上げた。


空襲くうしゅうが始まったんだ」


 言われてみて私も天を見上げると、空に沢山の黒い点が飛んでいる。ただ飛んでるだけじゃなくて、ぐるぐると回っている。


 黒い点からはたくさんの「球」が降り注いできて、「球」は地面に落下すると、モンスターを出現させるみたい。


 空襲。この世界は戦争中、ということ?


 わたしが考えをめぐらせていると、再び空から「球」が広場に落ちてきて、先ほどよりも大きな白煙はくえんが上がった。


 今度、現れたのは。


 わたしの五倍の背丈がある、大男。口が裂けて、目はギラギラと燃えている。手には大きな棍棒こんぼうを持っている。大怪人!


「トロール!」


 ミティアくんは大怪人をそう呼ぶと、剣を構えた。


「おまえ、俺が引きつけるから、逃げろ! アレは、騎士中隊総出で何とか一体仕留めるヤツなんだ」


 でも、そんな強い怪物を、ミティアくん一人でどうするというの?


 わたしは、再び左手の薬指に手をあてた。


(まだだ。わたしが今すべきは、観察。わたしの出番。次の一手のために、情報を集めて分析するの)


 先ほどウェアウルフにしたように、再び大男に向かって踏み込むミティアくんだったけれど。


 今度のミティアくんの突きは、トロールの太い腕で防がれてしまった。剣が、根本からポッキリと折れてしまう。


「聖剣が!?」


 ミティアくんが動揺どうようの表情を浮かべる。


 トロールが棍棒を大きく横にふるうと、広場ごと吹き飛ばしてしまいそうな風がうなった。


 ミティアくんは態勢を低くして、かろうじてその一撃をけると、再びわたしに向かってくる。


 わたしの手を引いて逃げようとする。


「待って、そっちは」


 わたし、ミティアくんから逃げている途中に、走りながら大まかな街の構造を把握していた。


 広場に辿り着いた時に、周囲も観察していたから、わたしには分かってた。放射状に伸びる七本の道のうち、そっちは行き止まりなの。


 男の子の腕の力に逆らえなくて、わたしとミティアくんは行き止まりの道に逃げ込んでしまった。ミティアくんもすぐに袋小路ふくろこうじだと気づいたのだけど、遅かった。広場へ戻ろうにも、大男が道をふさいでしまっている。


 幸い、身体からだが大きすぎてトロールはこの狭い道には入ってこれないみたいだけど。


「俺がおとりになるから、その隙におまえは逃げろ」


 その時、ちょうどわたしが頭の中でしていた観察と分析が一区切りついた。


 そんなさらっと、自分を犠牲にして他人わたしを助けるって言うなんて。ミティアくん。あなた、真面目に生きてきたタイプの人間ね。


「それはダメ」


 わたしは断言した。


「おまえの方が、俺より弱い。弱い方が助からなきゃ、ダメだ」

「立派なこと言ってるけど、でも、ダメ」


 これは、わたしの中で譲れないことだから。わたしが、大事にしていることだから。


「ピンチっていう時。強くても、弱くても、誰も犠牲にしないで、全員助かる方法を、最後まで諦めちゃ、ダメ」


 わたしが急に力強い言葉を口にしたからか、ミティアくんは戸惑ったようだった。


「でも、策がない」


 ミティアくんは悔しそうだ。


 でも、わたしには分かった。こういう状況で、彼は自分のことよりもわたしのことを案じているということ。


 うん。そんな君になら、もう、隠し事はできないね。


「一人だけだったら、そうね。でも、あなたの体力つよさとわたしの頭脳つよさを掛け合わせれば、何とかなるかもしれないわ」


 そのために、ミティアくんの命がけのトロールとの接触を、一度だけ観察させてもらった。


 わたしは、左手の甲をミティアくんに向かってさし出した。


「わたし、魔法は確かに使えないんだけど」


 ギリギリ、うそじゃないよね。


「不思議な力がない・・とは言ってないわ」


 わたし。ノギクの十二の秘密のうちの一つ。これはさそり座の秘密。



――わたし。フジミヤ・ノギクは能力者である。



 この世界リュヴドレニヤに「召喚」される前。


 現実世界にいた時からね。


 わたしは左腕をくうに振り抜いて、能力を発動させた。


「『真心まごころつながるワクワクのピース』!」


 左手の薬指に赤い光。中指に紫の光。人差し指に青い光。


 光り輝く三本の糸が現れた。


「魔法?」

「魔法じゃないわ。本質能力エッセンティア……ってひいお祖父じいちゃんは呼んでたけど、説明はあと」


 わたしが能力者であることは、現実世界でもヴェドラナとひいお祖父ちゃん以外知らなかった。


契約けいやく。糸と糸を繋いだ人間同士は、お互いの心と心を繋げることができるわ。考えてることも、気持ちも、知識も、記憶も、お互いのことをお互いが知れるようになる。


 薬指の糸と、中指の糸は、もう契約済みなんだけど、人指し指の糸が残ってる。この青色の糸とミティアくんが契約してくれるなら、わたしの知識の全てをミティアくんも使えるようになる」


 わたしの真剣さが伝わったのか、ミティアくんは居住いずまいを正した。能力については、信じてくれたらしい。


「おまえの知識の中には、トロールを倒す策があるっていうのか?」


 わたしは、うなずいた。


「でも、口で説明しても間に合わない。心を直接つないで、ダイレクトにミティアくんが動いてくれるくらいじゃないといけない」

「俺には、守りたいものがある。ここでまだ、死ねない」


 強い瞳だ。やっぱり、ミティアくんはちゃんと生きてきた人なのね。


「分かった。契約する。確かにおまえ、頭は良さそうだ」


 信じてくれるんだ。ありがとうね。


 わたしは、左手の人差し指の青い糸をミティアくんに向かって投げた。


 糸がミティアくんの右手の人指し指に絡まって、結ばれてゆく。



 ひゅーるるる。とくん。



 ああ、この感じ。三度目だわ。


 わたしの心と、ミティアくんの心が重なってゆく。わたしはミティアくんで、ミティアくんはわたしになる。


 ちょっと変な感じ。


 契約は初めてじゃないんだけど、やっぱりまだ慣れないわ。


 あ、そういえば。


「恥ずかしいこととか、隠しておきたかったこととかもお互い知られてしまうけど、イイ?」

「そういうこと、ギリギリで言うなよ。いい。もう半分、おまえの心が伝わってきてる。けっこうイイやつだ。俺の剣、おまえに預けるよ」


 契約はなった。


 もうどこまでも、わたしとミティアくんは、いっしょに行くしかない。こういうの、言葉は知ってる? 一蓮いちれん托生たくしょう。あるいは、運命共同体ね。


 心と心が繋がっているから。


「ミティア……くんが一番大切にしているもの。信念が伝わってくるわ」


 ミティアくんが一番大事にしている存在ものは、妹さんだった。


 ミティアくんは、妹さんをとても大事に想っている男の子だった。


 そうか、妹さんちょっと病弱なんだね。


 だから、ミティアくんが強くならなきゃって。妹さんを守らなきゃって思って生きてきたんだね。


 努力してきた。


 強くなりたかったから、毎日体を鍛えて。


 人よりも多く、剣を振ってきた。


 ようやく騎士隊長にまでなったけれど。


 それでも、まだ妹さんは守れないと思ってる。


 優しい人だ。


 ミティアくんが涙を流している。


「あ。ご、ごめん」


 そうだった。わたしの心の方もミティアくんに伝わっちゃうから。


「わたしが経験した『破綻はたん的な出来事』について、ミティアくんまで心にダメージを負うことはないからね。別なところに意識を向けていて」


 口にしながらわたし自身も、昔、現実世界であった「破綻的な出来事」に意識が向いてしまいそうになって、あわてて別なことを考えようとする。


「わたしのことで 特に、七歳の頃の出来事からしばらくの間の記憶には、触れない方がイイわ」

「そういうおまえの方が、どうして泣いているんだ?」


 え。


 気づかなかった。そうか、わたしがわたしの中の「破綻的な出来事」から意識を離したとしても。


「これは、ミティアくんの、痛み?」


 反省。どこか、つらい体験をしてきたのは自分だけって思ってるところがあったわ。誰だって、悲しいことも抱えながら生きてるよね。


「ノギク、指示をたのむ」

「生き残ろう、ミティアくん」


 わたしとミティアくんは、顔をあげた。


 悲しいことも伝わり合うけれど、良い感じのことも伝わり合っている。


 ミティアくんの心は、少しヴェドラナと似てる。


 男の子と感覚を共有するのは初めてだから、ちょっと変な感じだけど、さて。


 わたしの得意なことのひとつ。観察。


 ミティアくんという男の子。足腰の鍛錬たんれんはばっちり。スポーツだったら、基礎トレーニングを毎日ちゃんとやってるタイプの人だわ。うん。地道に基礎練習を続けられる人間は、信用できるね。


 心を繋いでみて、気づいたこと。ミティアくん、体に関してはとても強い。これなら、体の使い方さえしっかりしていれば。


 一回心を繋いだ以上、死ぬまでいっしょだわ。これからは、ミティアくんのイイところ、わたしが見つけてあげないとね。


「わたしがイメージする通りに、体を動かしてみて」


 糸を通してわたしが伝えたイメージを受け取りながら、ミティアくんは腕を回して、軽くジャンプした。


 ミティアくんの体が私の体になっているみたいな、ちょっと変な感じ。


「体が軽くなった。なんだ?」

「ミティアくん、今まで無駄な動きが多かったの」


 わたしの心がミティアくんのベストな体の動きを伝えて、ミティアくんがその通りに動けば、もっと速く、力強く動けるってこと。


「これなら行けそうな気がする。どうする、トロールの横を走り抜けて逃げるか?」

「いえ。あのトロールは退治しましょう」


 ミティアくんは、ちょっと意外そうな表情をみせた。


「強気なこと言うんだな。レキジョっていうのは、正義の騎士か何かなのか?」

「戦争中なんでしょ? ここでわたしたちが退治しないと、あのトロールは街の人たちを襲うわ」

「わかった。だが、剣は折れてしまったぜ?」


 わたしは、ミティアくんと心を繋いで理解した、ミティアくん自身も気づいていない秘密について伝えた。


「ミティアくん、のんきだったね。自分の実力だけで騎士隊長にまでなったと思ってた?」

「どういうことだ?」


 わたしは、ミティアくんの胸についているブローチを指さした。わたしが観察してみたところ……。


「ミティアくんの家に伝わってきたっていうその魔法石。ちょうど、聖剣のつかにはめられると思わない?」


 ミティアくんはハっとした様子で。


「本当だ。初めて、気づいた」


 やっぱり、ミティアくんは深く考えたり、身の回りのことを洞察したりは苦手な男の子らしい。


「この魔法石が、聖剣にゆかりある物だから、俺は贔屓ひいきされてたってことか。実力が評価された訳じゃなかったのか。ちょっと、がっかりだな」

「今は、がっかりしてる時じゃないわ。さあ、魔法石を聖剣にはめてみて」


 ミティアくんがブローチから魔法石を外して、折れた聖剣の柄にはめると、聖剣が輝きだした。


「これ。なんか、すごいな!」


 ミティアくんが歓声をあげた。それは、光の剣だった。剣が折れた先から光を発して、折れた部分を補うように、光り輝く聖剣が現れたのだ。


「さながらエクスカリバーだね。じゃあ、あとはお願い」


 糸を通してわたしはミティアくんに作戦を伝えた。


「わたしが分析したところ、両手持ちの方が、ミティアくんの剣は生かせるわ」


 ミティアくんからわたしが盾を借りるかたちになる。ずっしりと重い。これを軽々と持ってたなんて、ミティアくん、やっぱり体力があるのね。


 私が心で伝えた作戦に、ミティアくんはちょっとためらったけれど。


「分かった。信じる」


 すぐに、そう言ってくれた。


 だったら、作戦開始だ。


 わたしは、盾を背負いつつ、袋小路の横のへいをよじのぼった。


 こういうのは、ちょっとだけできる。子どもの頃、ヴェドラナとよくブロック登りをしたからね。石と石の間の隙間すきまに指をかけるのがコツだわ。


 わたしは塀の上に登ると、そのまま塀の上を広場の方まで移動した。盾を構え直して、トロールに向かってあえてここにいるってことをアピールする。


 トロールはすぐにわたしに気がついた。ゆっくりとこちらに近づいてくる。かなり、こわい。


 そう。これは、わたしが囮になって、ミティアくんがトロールを攻撃する作戦。


 いわゆる「陽動ようどう」作戦を、二人だけでやるの。


 世界の歴史上、様々な戦場で使われてきた作戦だわ。まあ、けっこう陽動部隊の方が全滅しちゃったりするんだけど。縁起えんぎでもないわ!


 なんでそんなに詳しいかって? 歴女だからよ。


 わたし、古今東西の戦略・戦術がたくさん頭に入ってるの。ちょっとおごってるかもしれないけれど、わたしが軍師だったら戊辰ぼしん戦争で奥羽越おううえつ列藩同盟れっぱんどうめいは新政府軍に負けなかったって思ってるからね。何を言ってるか分からないって? 興味があったら、日本という国の歴史の、幕末から明治と呼ばれる頃の本を読んでみたりして。


 そういうわけで、作戦を立てることには自信があったりするのだけど。


 するのだけど……ミティアくんはすぐに走り出した。まだ早い! わたしはあせる。糸を通して伝わってきた気持ちは、わたしを危険にさらしたくないという彼の優しい気持ちだったのだけど。


 トロールは、すぐに自分に向かってくるミティアくんに気づいてしまった。棍棒をふりあげる。


 あぶない! このまま棍棒を振り下ろされたら、ミティアくんはつぶされてしまうわ。


「こっち!」


 無我夢中で、わたしは塀から宙に向かってジャンプした。


 トロールの意識が、わたしの方に向いたわ。標的をミティアくんからわたしに変更して、棍棒を空中のわたしに向かって振り抜いてくる。


 わたしの体を衝撃が走り抜けた。トロールの棍棒がわたしをとらえたんだ。


 でも、丈夫な盾で受けた。大丈夫。死んじゃうほどのダメージじゃないわ。


「今よ!」


 頑丈な盾を作ってくれた盾職人の人に感謝しながらわたしが叫ぶと、ミティアくんが疾風のように駆けた。棍棒をわたしの方に振るったから、トロールの胴体はがら空き。


「とあぁぁぁっ!」


 気合の声をあげて、ミティアくんはトロールの胴に光の聖剣の突きを撃ち込んだ。


 糸で心を繋いでみて知ったこと。ミティアくんは突きの名手なんだ。


 光の剣がトロールの体を貫通して、光の波が怪物の巨体をかけめぐった。トロールは、そのまま意識を失い、大きな体を前のめりに倒してゆく。


 勝ったわ。


 でも、今度はわたしが着地しなくちゃ。トロールの一撃で別方向の塀に向かって吹き飛ばされていたわたしは盾を手放して、左手の薬指の糸でクッションを編んだ。


 塀に叩きつけられる前に、何とか間に合ったわ。糸、私の能力はこういう使い方もできたりするんだ。


 なんとか無事地面に着地したわたしに向かって、ミティアくんが駆け寄ってくる。糸を通じて、安堵あんどの感情が伝わってくる。


 何とか立ち上がったんだけど。緊張していて気づかなかった。わたし、足が震えてる。怖かったんだね。トロールも。ミティアくんと心を繋ぐことも。


「魔法……じゃなくて、こんな『能力』があるんなら。ノギク一人だけだったら逃げることはできたはずだ。どうして、俺まで助けようと思ったんだ?」


 そんなこと言われも、わたしの言葉は決まってる。どうして助けたかですって?


 このポーズ、この言葉、わたしが考えたんじゃなくて「あの人」の受け売りなんだけど。


 てのひらを右目にかざしてから、右腕を横に振り抜いて、体はちょっと斜めにする。


 知ってる? こういうの、中二病ちゅうにびょうっていうのよ。


 わたし、もう高校生だから笑われるかもしれないけれど、尊敬する「あの人」がやっていたのだから、これは譲れないわ。


 大仰おおぎょうなポーズをとって、わたしはミティアくんに向かって答えた。


「人助けに、理由が必要なの?」



  /第一章「理由が必要なの?」・完

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