JCの訪問

「疲れた……」


 思わず、疲労を滲ませた言葉が漏れる。


 本日は、編集部に担当との打ち合わせのために行っていた。現在は打ち合わせも終了し、アパートに戻る途中だ。


「あのクソ担当……何が『先生、頭は大丈夫ですか?』だ! お前こそ正気かよ!」


 今日の打ち合わせの内容は、『JSは最高だぜ!』の五巻に関するものだった。


 俺は『五巻の話し作りのためにJSと混浴か王様ゲームがしたい!』と要望したが一蹴された。


 意味が分からん。俺は、担当こそ頭がおかしいのではないかと疑ってしまう。


「つうか、もう次の巻の話とか早すぎるだろ」


 正直、まだ四巻も発売していないので五巻の話し合いは早いと思うが、作家には休みという概念がない。


 編集部は、原稿のためならば作家の健康を食い潰す悪魔にしか見えないがどうだろう? 今度他の作家に訊いてみよう。


「まあ、贅沢な悩みではあるけどな……」


 実際のところ、絶えずに仕事が来るのは作家にとって幸せであることは理解している。


 仕事のない作家は無職と一緒。ヘタすると、後からデビューした新人に出版枠を食い潰されてしまうことだってある。


 それに比べれば、多少忙しいのは充分しぎるくらい恵まれているだろう。


 まあ、時にはこうして愚痴を溢したくもなるが。


「……まあ、やるしかないか」


 グチグチ言っても始まらない。今は与えられた仕事をこなすだけだ。


 それから数分間色々と考えてる内に、気付けばアパートの前に着いてた。


 俺が住んでるのは築二十年のボロアパートだが、東京では家賃月三万とかなり安い上に編集部との距離も、徒歩十分程度でかなり近い。


 そんな、俺のためにあるようなボロアパートの二階最奥にある自室のドアノブに手をかける。


「ん……?」


 俺はドアノブを回し、わずかにドアが開くと同時に違和感を覚えた。


「俺、鍵は閉めたよな?」


 何も考えずに開けようとしたが、俺は出る前に鍵をかけていたことを思い出した。


 しかし、今は鍵が開いてる。これはまさか……泥棒か?


「ははは、まさかな」


 自分の下らない考えに、思わず笑ってしまう。


 残念ながら、俺の部屋には金目のものは皆無だ。置いてあるのは、JSに関する資料だけ。


 俺のようなJSをこよなく愛する紳士にとっては財宝だが、それ以外の者にとっては盗む価値はないに等しい。精々事案が発生する程度だ。


「まあ、開ければ分かるか……」


 一応、何が起きても対処できるようゆっくりとドアを開く。するとそこには、



「おかえりなさいませ、師匠!」



 知らない女の子が、玄関前で正座をしてた。腰まで伸びた黒髪とセーラー服が特徴的な少女だ。


「誰?」


 少女を見た俺の第一声は、そんな疑問だった。


「え……覚えてないんですか?」


「ごめん。さっぱりだ」


 俺の言葉で少女が顔を歪める。


 そんな顔をされると思い出してあげたくなるが、俺はJS関連のこと以外は三歩歩けば忘れてしまうので諦めてほしい。


「……覚えてないのなら仕方ありません」


 少女がいきなり立ち上がる。


「私は菊水きくすい華恋かれんと言います! 十四歳の中学二年生、彼氏はいません!」


「お、おう……」


 唐突な自己紹介だな。しかも、最後の方で何かおかしなことを口走ってた気がしたが、気のせいだな。そうに決まってる。


「俺は菱川透。十八歳だ」


 一応礼儀として、こちらも自己紹介をしておく。


「それで……菊水さんでいいか?」


「華恋とお呼びください!」


「わ、分かった。ええと……華恋、君はどうしてここにいるんだ? というか、どうやって入ってきた?」


「それはですね――」


 華恋は隣に置いてたカバンから、JCには不釣り合いなゴツい箱を取り出した。


「これは?」


「工具箱です。これを使って開けました」


「…………」


 まだ工具箱を具体的にどう使ったか聞いてないのに、耳を塞ぎたくなる俺はおかしいだろうか?


「それと余計なお世話かもしれませんが、ここの鍵は替えた方がいいですよ、師匠」


「本当に余計なお世話だな」


 少なくとも、ピッキングした人間のセリフではない。


「つうか、師匠って誰のことだ?」


「もちろんあなたですよ、師匠。私は、あなたに弟子入りするためここに来ました!」


「弟子入り? 俺、別に竜王とかじゃないぞ?」


「いえ、私は別に将棋の弟子入りに来たわけではないんですけど……」


「それなら何の弟子入りに来たんだ? 他に俺に弟子入りすることなんて何も――」


「ありますよ」


 華恋がきっぱりと断言する。


 しかし、弟子入りされる覚えのない俺としては首を傾げるしかない。


「私はラノベ作家としてのあなたに弟子入りしに来たんですよ――JS太郎先生」


「…………!?」


 俺は、今までメディアに顔出しをしたことはない。そのため、JS太郎の正体を知る者は編集部の人間に限られてるはずだが……。


「調べました」


「マジか……」


 何でも調べれば分かる現代社会は怖いなあ。


「そんなわけで、私を弟子にして――」


「断る」


「どうしてですか!?」


「お前がJCだからだ! 俺に頼み事がしたいなら、JSになってから出直せ!」


 より具体的には、十歳くらいで赤のランドセルを背負ってるのが望ましい。


「ううう……なら仕方ありません! 私の身体を好きにして構いませんから、弟子入りさせてください!」


「いらねえよ! ちょっ、服脱ぎながらこっちに来るな!」


 俺は十二歳過ぎたババアに興味はねえ!


「さあさあ師匠! 食べ頃のJCですよ!」


「腐りかけの間違いだろ!? 食べるなら熟れたJSがいい!」


 色々な意味で。


「まあまあ、そう言わず! 腐りかけが一番とも言いますし!」


「うお……!」


 華恋が飛びかかる。俺は回避しようとしたが、場所が狭い玄関であったため、思うように動けず押し倒されてしまった。


「は、離せえ!」


 冷たい床を背中で感じながら、俺に跨がる華恋を退けようとするが、丁度太ももの辺りに乗られてるので下半身に力が入らない。


「さあ、師匠も服を脱いでください!」


 華恋が伸ばした手を掴み、押し退けようとするが、


「お前本当にJCか!? 腕力強すぎるだろ!」


 俺の抵抗をものともせず、華恋の腕がどんどん迫ってくる。


 半ば引きこもりみたいな生活をしてる俺だが、自分より年下の女の子に力負けするのは地味にショックだ。


「ふっふっふ……覚悟を決めてください、師匠!」


「嫌だああああ! JCに犯されるうううう!」


 クソお! 何か……何かないのか!? この状況を打開できるものは!


 周囲を見渡すが役に立つものはない。万事休すか!?



「何してるの?」



 この世には神も仏もないと思ってたが、どうやら違ったらしい。


「紅葉助けてくれ! JCに犯される!」


 いつの間にかドアを開け、玄関の前に立っていた紅葉に助けを求める。


「…………」


 しかし紅葉は応じることなく、俺と華恋をじっと見つめる。


「……なるほどね。大体分かったわ」


 紅葉は肩掛けのカバンからスマホを取り出し、軽く操作してから耳に当てる。


 ……嫌な予感しかしない。


「もしもし、警察ですか? 実はJSに留まらずJCにまで手を出す変態について、情報提供をしたいのですが――」


 おかしいな。どう見ても、襲われてるのは俺だろ。


 それに、俺が求めたのは助けであってポリスメンではないのだが……。

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