(5)

 かれんは昴と木村家へ行く日曜日を待たないうちに、何か「莉子と妙子が口を聞かなくなった理由」がわかればと思い、機会があれば莉子にそれとなく理由を訊いてみた。

 でも、結果はすべて思わしくないものに終わってしまった。

 莉子は普段、かれんやかれんの母親と普通に接しているが、妙子のことや家のことが話題に上ると、途端に思い詰めたような暗い表情になってしまうのだ。

 あの「天然」と言えなくもないかれんの母親も、彼女なりに頑張って莉子から何かを聞き出そうとしたらしいが、全て失敗に終わってしまったようだった。


 その週の土曜日、かれんと莉子は約束通り新潟市の繁華街である万代へと遊びに行った。

 そして夜、夕食を済ませて莉子がお風呂に入っている時に、明奈がかれんに話しかけてきた。

「本当に、莉子ちゃんと妙子の間に何があったっていうんだろうね?」

「そうだよね。莉子ちゃん、全然何も話そうとしないんだもん。妙子おばさんも何も言わないんでしょ?」

「そう。妙子、『このままじゃあ、莉子ちゃんとずっと離れ離れになっちゃうかもだよ』って私が言っても、何も言おうとしないの。妙子があんなに頑固だったなんて……」

 明奈は言いながらため息を吐いた。

「明日、昴と一緒に妙子おばさんのところに行ってみるから、何かわかるかもしれない。おばさんが何も言わなくても、透おじさんから何かヒントになるようなことが聞き出せるかもしれないし」

 とりあえず、明日はあの謎解きの好きな昴に任せてみるか、とかれんは思った。

 まあ、昴に頼むのがモヤモヤすると言えばモヤモヤするけど……。


「昴も相変わらずだね。小さい頃からヘンに勘が良い子どもだとは思ってたけど。あの古町のレコード屋も調子良いんだっけ? 本気出せば何だって出来そうなのに、何かいつも力半分みたいな感じなんだから」

 母親が言うのを聞きながら、やっぱり親子で感じることは似ているんだな、とかれんは妙に感心した。

「本当にね」

 かれんは大きく頷いた。

「昴が本気出したのなんて、あのレコード屋を開店させた時くらいじゃない? 3ヶ月後くらいに貯金通帳持ってきた時は本当にビックリしたけど……。ふふ……」

 明奈はいきなり何かを思い出したかように笑いだした。

「もーっ、お母さん、何がおかしいの?」

「だって、未だに昴が貯金通帳持ってきた時のこと思い出すと、おかしくておかしくて……。あの時のお父さんたちの表情かおとか」

 母親がまた「ふふ……」と吹き出すのを見ながら、かれんは「もーっ」と心の中で呟いていた。



* * *


 翌日の日曜日。

 かれんは莉子に「友だちに会ってくる」と言って、実家を出た。

(――まあ、昴とは幼馴染だし、「友だち」と言えば「友だち」と言えなくもないかもしれないけど)

 かれんは車を運転しながら2・3回バックミラーを覗いて、実家から莉子が自分の姿を見たりしていないかを確認した。

 莉子が見ていないとわかると、すぐに近所の昴の家へと車を向かわせた。


「かれんちゃん、おはよう」

 昴の家の前に車を停めると、昴が笑顔を見せながらすぐに家から出てきて、車の元へとかけ寄ってきた。

「おはよう、昴」

「うん、かれんちゃん。じゃあ、行こうか。――あっ、これ、母さんが」

 昴は助手席に乗り込むと、持っていたトートバッグからペットボトルの飲み物を取り出した。

「ああ、ありがと」

「後、CDも持ってきたから。かれんちゃん、どれ聴きたい?」

 昴はバッグからザ・ジャムのCDを何枚か取りだした。

 かれんは(この男は……)と心の中で思った。

 本当に昴はいつでもどこでもマイペースなのだ。


「昴、前にも同じこと言ったかもしれないけど、別にドライブに行くわけじゃないから。妙子おばさんの家へ、莉子ちゃんのこと調べに行くんでしょ?」

「うん、それはもちろんわかってるよ。でも、どうせ行くなら良い音楽聴きながら楽しく行きたいじゃない。それにかれんちゃん、ポール・ウェラーがお気に入りだし。かれんちゃん、どのアルバム聴きたい?」

 まだ、自分が音楽雑誌のポール・ウェラーを見て「わあ、カッコ良い」と言ったことを根に持っているかのように言って来るか……とかれんは心の中でため息を吐いた。

「わかった! じゃあ、そのアルバムにする」

 かれんは一番手前にあったCDを指さした。

「ああ、これ、「オール・モッド・コンズ(All Mod Cons)ね。ザ・ジャムの3枚目のオリジナルアルバムで、前作に比べて商業的にも大成功した名盤なんだ。モータウンサウンドにも影響を受けて……」

 ザ・ジャムの曲が流れ出す中、昴が突然饒舌に語り始めた。

(――あーあ、また長くなりそうだな)

 かれんは車を運転しながら、一方的にザ・ジャムの話を語っている昴に「ふーん」「そうなんだ」と適当に相槌を打ち続けた。




 木村家はかれんや昴の家から車で20分くらいのところにある。

 昴の家はかれんの家よりも大きいが、木村家は昴の家よりもさらに大きかった。

 莉子の父親の透はかなり稼ぎが良いらしく、莉子は私立の中学校に通っているし、妙子は結婚した時からずっと専業主婦をやっていた。

 かれんは木村家の立派な家を見上げながら、この家から自分の家に行きたいと言った莉子にはよっぽどの事情があるのだろうな、と思った。


「莉子ちゃんの家、大きいんだね」

 さすがの昴も、木村家の大きさには少しは驚いたようだった。

「うん。私も昔からこの家にお邪魔するの、妙に緊張しちゃって」

「莉子ちゃんがかれんちゃんの実家にいるってことは、今、この家には莉子ちゃんのお母さんとお父さんしか住んでないの? この広い家に?」

「そう」

 かれんは返事をしながら、インターフォンを押した。


 少しして、玄関のドアが「ガチャ」と開いて、家の中から莉子によく似た小柄な女性が出て来た。

 かれんはドアから顔を覗かせた莉子の母親の妙子を見ながら、やっぱり莉子に似ているなと思っていた。

 つぶらな奥二重の黒い瞳に、黒い髪。

 如何いかにも「大和撫子やまとなでしこ」とか「しとやか」とか、そういう奥ゆかしい言葉が似合うような容姿だ。

 かれんは思わず妙子の胸元にキラリと光るペンダントに目が行ってしまった。

 ホワイトゴールドのダイヤモンドのペンダント。

 あのペンダントが、母の日に透が妙子にプレゼントしたものなのだろう。

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