変化

 ――今しかない。





 アキラはそう思う。





 クルミの具合がよくなったようだし、どうやらまだポーンの部下による革命も始まっていない。この今を逃せば、これからどうなるか解らない。クルミはまだ戦える状態にはないが、その回復を待ってはいられない。





 そう覚悟を決めて、昼食後、再びベッドに横になったクルミにアキラは言った。





「クルミ、私、クイーンの所に行ってくる」


「では、私も――」





クルミは慌てた様子で起き上がろうとする。だが、アキラはその肩を押さえて、





「いや、今のクルミじゃ戦いには連れていけない。クルミはここで休んでいて」


「なぜですか? 私はあなたの妻です。あなたの傍にいなければ――」


「ダメだよ。今のクルミじゃ、自分自身の身を守ることもできないかもしれない。そんな状態じゃ連れていけないよ」





起き上がろうとするクルミの身体から、しょんぼりと力が抜ける。アキラは笑って、





「大丈夫、なんとかなるよ。キッコさんだって協力してくれるんだし……終わったらすぐに帰ってくるから」


「……いや」


「え?」


「いやですっ! 置いて行かないでっ!」





 クルミが起き上がり、ガバッと飛びつくようにアキラに抱きついてきた。





「え? ちょ、ちょっと、クルミ……?」


「あなたの言うことは解ります! 今の私では、あなたにとってなんの役にも立たないかもしれない……! でも、それでも連れて行ってください! 置いて行かれるのは……置いて行かれるのだけはイヤなんですっ!」


「…………!」





やはり、あの晩――ナイトが脱走を試みた晩から、クルミは急激に変化している。





 何にも期待せず、喜ばず、悲しまず、この世界には絶望しかないと全てを諦める。





 そんな考え方に染まりきっていたはずのクルミが、まるで別人のように望みを口にする。その変化の前に、アキラはただただ驚くことしかできない。





 クルミは必死な、食い入るような目で見つめてくる。





「お願いします。私も連れて行ってください。迷惑をかけることになるとは解っています。でも、私はあなたから離れたくないんです!」





ここまで言われてしまうと、置いて行くことなどできるわけがない。アキラは渋りつつも、頷いた。





「……解った。じゃあ、一緒に城の傍まで行こう」


「傍まで……?」


「うん。私とキッコさんがクイーンからハートのカケラを奪えるまでは、城の中に入っちゃダメだ。それまではチナツさんと一緒にいること。これは絶対の条件だよ」





 もし万が一、クルミにケガをさせるようなことがあっては、プリンセスを目覚めさせることに成功したとしても、彼女に合わせる顔がない。





 こちらの意志の固さを察したのか、解りました、とクルミは不満顔で頷き、そして再びアキラの胸に顔を寄せて抱きついてくる。





「えーと……クルミさん? いつからこんな甘えん坊に?」


「解りません。もしかしたら、ずっと昔から……なのかもしれません」





 クルミは囁くように言って、こちらを見上げる。





「甘えん坊な私は……嫌いですか?」


「い、いや、そんなことは全然ないけど……」





むしろ、その逆。クルミは守るべき子供のはずなのに、思わずドキリとしてしまう。





 だが、ダメだ。何より、今は仲睦まじく抱き合っている場合なんかじゃない。





 アキラは一旦クルミをベッドに横たわらせてから『セクシーナイト・ムーンウォーカーコーデ』に着替えて、『風の言葉ウィンド・レター』でキッコとチナツに言葉を飛ばした。





「これから、クイーンのもとへ向かいます」

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